本佛寺ご母堂 佐野六十代様

大葬儀

平成31年2月15日

午前11時 寺院葬開式 

  

大本堂に御遺骨を供えての祭壇 

  

行列出発

午前9時45分

  

大奥様の御遺骨を抱いて前明上人が戻って来られました。

  

  

  

  

  

  

師父の胸像前に報告される行僧方。

  

  

  

  

  

会葬者受付と同時進行の水行式

  

  

  

10時20分 水行

  

  

午前10時50分昇堂

  

  

開式之辞

去る、平成三十一年二月二日、午後七時四十二分、当山第九世ご母堂、佐野六十代大奥様は享年八十五にて安詳として御逝去なされました。
 大奥様は草野作太郎、千代恵女のもとに八人兄弟の二女として、直方市植木の地にてご誕生されました。草野家は法華経の信仰篤く、その信心を結集して草龍山代行寺を建立、今日まで御題目に生きる一家であります。
 その信仰をもって、昭和三十六年十二月四日、ご当山第八世佐野前暁日修上人との良縁あってご結婚。のち、二男一女をもうけられ、三人の母親として法華経お題目を根幹とする教育、育成に励まれ、ご子息二人は出家得度、現在の本佛寺第九世佐野前延僧正、そして、本日、全堂代表五行成満を終え、御導師を勤められる佐野前明上人であります。また、ご長女まこ様は、台東区谷中の佛心寺ご住職、神保泰晴上人の下に嫁し、東京にて法華経の法城を御守りし、お母様の意志を継承しております。
このように、在家にお生まれになり、地元直方で温かく育ち、東京の共立大学で学業を修め、豊かにお暮らしであった大奥様。この、本佛寺という山坊の鎮西身延に嫁して以来、異なる日常生活に戸惑いながらも、子弟教育、寺門繁栄へと尽力されたご生涯でありました。
六年前、日蓮宗加行所正伝師、東公園日蓮聖人銅像護持教会主管をお務めになられた夫、佐野前暁僧正遷化の後は、ここ本佛寺の守護神、永遠大明王のそばに仕え、暁六庵にて老後の余生を楽しんでおられました。五人のお孫様にも囲まれ、お茶、お花、声楽、ご友人との会食など、穏やかなる日々をお過ごしでありました。
そして、今月十日の荒行成満会を控え、ご次男前明上人をお迎えに行く準備を整えられ、その時をいまかと待ちわびておられた二日の夕刻、突如、ご長男である御前様を部屋に呼ばれ、笑顔のままに腕の中で息を引き取られました。
この訃報は、修行中の前明上人にも伝えられましたが、結界一百日の行はあまりに冷酷、すぐに駆けつけることは叶いませず。実母の訃報を耳にした前明上人の心中をお察しすると、いかに辛く苦しかったかが伺えます。
このような経緯から、今般共にご修行されました、平成三十年度九州並びに中四国教区の荒行成満各聖のご出仕をいただき、大奥様が心から待ちわびた五行成満 佐野前明上人御導師により、只今より、故佐野六十代様、體堂院梅薫日六大姉の本葬儀を厳修いたします。

一同合掌!法味言上!

  

  

  

  

700名を越える会葬者の方々。

  

  

  

  

  

  

司会の前啓さんより弔辞の案内。

  

高嵜宗務所長(湯川教修様)、松本修学副長、竹内妙子寺庭婦人代表。

そして思い出を語り悲しみの別れの言葉、お孫様全員と続きました。

  

焼香。御前様はじめ御遺族から…。

  

  

来賓焼香は本山から順にされました。

  

  

会葬者焼香。大本堂裏へと回わって頂きました。

  

  

延々と続く焼香行列。お題目に包まれました。

  

  

  

導師 佐野前明上人挨拶

  

山首謝辞

前略、亡き母へのご交情を今後も私共遺族へ宜しくお願い申し上げ御礼と

させて頂きます。本日は沢山のご会葬御厚志、ありがとうございました!

  

大衆法楽

  

  

特別祈祷

  

  

午後2時 大施餓鬼法要

  

こうして、荒行僧による葬儀という異例の法要を修めました。

荒行と共に生きた先代の奥様である大奥様に相応しい葬儀でし

たとの暖かいお言葉を皆様より頂戴しました。即身成佛の法門

を実践した葬送となり、大勢の檀信徒、友人方、茶会、声楽仲

間、そして共立同窓のご学友方、寺庭婦人会の皆様、親族等々

からのお焼香、御厚志を忝なく賜った法要でした。本当にあり

がとうございました。大奥様への感謝を忘れません。弟子一同

合掌 本佛寺編集部

通夜、密葬を見る