| 編集長のひとこと | <ENGLISH> |
人間生きていれば、頭に来ることもあるし、許せない思いをしたりもする。
悲しい事に、私には、
“もう二度と会うことはないだろう”
という、いわゆる「絶交状態」の人が何名かいる。
そこまで激しくはなくとも、相手の態度にカチンときての「音信不通状態」の人は結構いる。
その多くは、私の性格が律儀すぎることが災いしているのだとは知っているのだが
簡単には相手の失礼を許せない、
頑固な自分の性格は早々には変えられない。
(単にわがままなだけですって?はい、わかっております。)
そんな私でも、ふっとある時
相手のそれまでの数々の無礼をすべて許してあげたくなることがある。
別に特別な理由やきっかけがあるわけでもなく
感動的な映画や音楽にも関係なく
その瞬間は、
突然やってくる。
本当に突然に。
私はその瞬間が訪れる日を密かに「菩薩の日」と名づけて楽しみにしている。
とにかくその日は気持ちがいい。
その日には、私は限りなく心から優しくなれるのだ。
人生にちょっと疲れているアモーレの国の人には
長い時間を割いて辞書を片手に人生は素晴らしいと励まし
ちょっとした失言で私の逆鱗に触れ
“怒らせちゃった”
と怖がって私を敬遠していた人にも、
こちらから「元気?」のメールをし
さらに、長い間手をつけていなかったいわゆる頼まれごとにも素早く着手する。
もう、その日の私は、スーパーだ。
何でも許してあげられる気分になれる。
みんなの幸せのために私にできることなら
何でもやってあげようと、
心から思える。
でも、「菩薩の日」はそう簡単にはやってこない。
ほとんどは不本意にも「天邪鬼の日」を送って、
つまらない心のもやもやを日々作り出してる。
いつも「菩薩の日」だったらいいのになー。
どうすればいいのだろう。
そうか、意識して、毎日菩薩の日のように生きればいいのか。
なーんて、そんなことは到底無理だろうし
そうなったら、本当の菩薩になってしまう!
まだ早い!
まだまだ娑婆は魅力的だ。
え?まだ、私からのお許しメールが来てないって?
もう少しお待ちください。
私に「仏の日」が来るまでの辛抱です。
(ストーン編集長 2002.09)