英彦山登山日記

平成11年5月3日(月)

 今年のゴールデンウィークの前半は、行楽日和でしたね!春の日差しに誘われて、家族4人で英彦山登山を思い立ちました。子ども達にとっては、初めての登山です。頂上までたどり着くことなく、下山することになるだろうと思いつついざ出発!!

 

  

 駐車場から茶店通りをすぎると、いよいよ階段です。登りはじめの階段としては、結構「ハーハー!」いってしまいました。しかし、子ども達は、まだまだ元気満々でした。最初にたどり着いたのが、奉幣殿(ほうへいでん)<写真(左)>です。残念なことに、ご覧の通り工事中でした。社務所の横には、御神水(英彦山銘水)<写真(中)>が流れていました。冷たくて、とってもおいしいお水でした。御神水の由来の説明<写真(右)>が下記のようにしてありました。おいしいお水でのどをうるおした後、さっそく、山頂に向かって出発しました。

天之水分神<あめのみくまのかみ>(龍神)

御由来

 当英彦山神宮御龍神水は、修験行者は入峰時に必ず水筒に入れ、峰中の保健飲用とお守りとして用いたものである。近来は、不老長寿の御神水としていただく参詣者が多く、水源は岩の間より流れる「圓通の瀧」よりきている霊水であります。

 

  

 登り初めて中間地点くらいに、休憩所がありました。そこからの眺めは、絶景でした。写真(左)は、田川市方面の風景です。やや右寄りに、油木ダムが見えます。

 休憩所でのどをうるおした後、気合いを入れて登りはじめてしばらくすると、石碑<写真(中)>がありました。その説明<写真(右)>が近くにあり、次のように書かれてありました。

関銭の跡(下乗)

 英彦山参拝の信者は、ここで感謝の気持をあらわすため通行料を納めたところです。これは現在の入山料と思われます。また、勅使大名、高位の人達もここから乗物(馬・かご等)より降りて徒歩で参拝したといわれています。

 

  

 頂上まで4人そろって登りました。この子ども達のすがすがしい顔<写真(左)>を見てください。子ども達の元気の良さに、わが子ながら感心しました。山頂の売店<写真(中)>で買ったビールとおでんが最高でした。ついついビールを2本も飲んでしまいました。昼食をとって一息ついた後は、山頂の記念碑<写真(右)>前で記念撮影です。ちなみに、英彦山の標高は、1,200メートルです。山頂には、英彦山の説明が書いてある掲示板があり、次のように書いてありました。

英彦山

 英彦山は昭和25年、耶馬渓、日田と共にわが国最初の国定公園に指定されました。山は、数百万年前に噴出した安山岩質の溶岩台地が浸食されて深い谷や峰となったものです。山頂は、中岳・南岳・北岳の三峰からなり、阿蘇・九重・雲仙の山々や周防灘が眺められます。

 

  

 写真(左)は、下山途中の子ども達です。この元気いっぱいの表情を見てください。結局、親2人を大きく引き離して、飛び跳ねながら下山してしまいました。「恐るべし!兄弟パワー!!」

 登るときは気がつきませんでしたが、奉幣殿から茶店に向かう階段の横に、広瀬淡窓先生の詩碑<写真(中)>がありました。詩碑の説明<写真(右)>がその横にありました。

広瀬淡窓先生の詩碑について

 この詩は、文化7年9月(1810年)、広瀬淡窓先生が病気平癒祈願のため、この英彦山に登り作られた名詩である。淡窓先生は、幕末、天領日田が生んだ大詩人・大教育家で、安政3年(1856年)75歳で逝く。

 

           

 英彦山下山後は、車で「英彦山湯遊共和国」までひとっ走り!お湯にゆったりつかり、汗と疲れをとりました。子ども達のすがすがしく、満足した顔を見てください。でも、ちょっぴり疲れちゃったかな?今度は、どの山に挑戦しようかな!

 

家族連れで、気軽に登れる山を紹介してください。下山後、温泉に入れれば Very Good !!

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