ハイアイアイ通信 4号


Nov.27

 私がごく弱いものながらも風邪のウィルスを持っていた所為で収容所から出してもらうのに思ったより時間がかかり、外に出られたのはおよそ2週間が経ってからだった。外界に出た私がまずはじめにしたことは思う存分太陽の光に当たることだった。収容所にも日光が射し込むような工夫がされていたとは言え、やはりこのジリジリと熱い夏の日射しは直に当たるのに限る。研究所の職員たちはそんなに急に太陽に当たっては体に毒だと心配したが、私は自分の皮膚がどんどん紫外線で焼かれてゆくのを感じながら充実した気分に浸っていた。ただ、はじめの2〜3日は全身真っ赤になってしまい、痛くて寝返りも打てなかった。
 2週間もの間室内で生活していたため、随分と運動能力が低下していた。もともと大した筋肉もついていない身体だったが、いっそう筋力が衰え、一気に歳をとったような心地だ。鼻行類の生息地を早速案内してもらおうと思っていたのだが、移動は船と徒歩だと聞いてしばらく体力の回復を待ってから出発することにした。
 その間を利用して研究所にある鼻行類についての資料に目を通しておこうと思った。研究所が設立されてから数十年が経っているのだから、さぞ膨大な資料があるのだろうと身構えていたのだが、思ったよりその量は少なかった。ただ、その内容はどれも充実していて、ほとんど完璧といってよかった。どうやら過去の研究の成果をまとめ直し、無駄な資料は処分したらしい。
 それでは一体彼らはいま、何を研究しているのだろうか。これ以上の研究成果というものはあり得るのだろうか。という様なことをレイに聞いてみた。すると「研究?ああ、そんなことはもう10年以上誰もやってないよ」という答えだった。「実はね、そこには書いてないけど、10年ほど前、我々は鼻行類の言語を理解するに至ったんだ。そして彼らと話しているうちに研究なんてものは結局、つまらない人間の思い上がりだと気付いたのさ」
 私は思わず、こんなことを何でもないことのように言ってのける彼らの精神状態を疑いそうになった。でも彼らに異常なところは見当たらなかったし、それは本当のことのようだった。動物と会話するなどというのは全くの物語で、現実にはあり得ないと信じていた私は呆然としてしまった。
 「君、ロフティングの『ドリトル先生』は読んだことあるかい?」もちろんある。あれは子供の頃の愛読書だった。「あれはね、特にはじめの何作かは半分以上実話なんだよ。ロフティングは動物たちと会話することができたし、それを活かして優れた獣医として有名になったんだ。もちろん胴体の両側に頭がついてるオシツオサレツだとか、ガラスの殻を持った巨大な巻貝なんてのはフィクションだけど」
 この島で彼らもまた、ちょうどドリトル先生のように鼻行類たちの医療活動を行なっているのだという。かつて西洋人の持ち込んだインフルエンザによって大打撃を受けていたハナモドキ類も最近ではすっかり元通り、ということだ。(つづく)


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