ハイアイアイ通信 1号


Oct.4

 日本を発ってからすでに丸3日が過ぎた。私はようやく夢にまでみた鼻行類の島、ハイアイアイ諸島に辿り着こうとしている。詳しい位置は明らかにできないが、ハイアイアイ諸島に最も近い(と言ってもゆうに80km以上離れているのだが)島から小さなボートに乗って揺られること1時間半、目の前に熱帯性の植物に覆われた島々が見えてきた。思ったより大きな島(ハイダディファイ島だろう)もみえる。船はその隣のマイルーヴィリ島に向かって進んだ。
 島を半周して着いた東海岸にこの島で唯一の人工建造物、ダーウィン研究所がある。すでに建てられてから数十年が経過しているはずなのでもっと汚ない建物を予想していたのだが、なかなかきれいである。船を動かしている現地の青年(後で知ったのだが彼はフアハ=ハチ族の唯一の生き残りである)に尋ねると、ごく最近(といってもかれこれ8年ほど前なのだが)に改装工事を行なったのだという。
 船が簡単な船着き場に接岸すると建物の方から一人の男が歩いてきた。歳は40歳ぐらいだろうか、ジーンズにTシャツという格好で、大股で歩いてくる。ヨーロッパ人らしいのだが、船を動かしていた青年と同じくらいに日焼けしている。私が桟橋に降り立つと嬉しくてたまらないといった様子で握手を求めてきた。身長180cmの私でも見上げるような大男だ。
 彼は船からいくつかの荷物を降ろすのを手伝いながら聞きなれぬ言語で青年となにか言葉を交わし、船が船着き場から去ってゆくのを見送った後、私を促して建物に向かって歩き出した。彼はレイといい、アメリカの出身で(ニューヨークに住んでいたと見た。英語にニューヨーク訛りがあったから)ここにはあの核実験以前から住んでいるのだという。多分、そんなことを言ったと思う。何しろ彼はとてつもなく早口で喋り、英語の苦手な私にとってはそれだけを聞き取るのがやっとだった。この他にもいろいろなことを話していたようだったがさっぱり分からなかった。
 まず私が通されたのは粗末なテーブルと椅子が置いてあるだけの殺風景な部屋だった。テーブルの上には紅茶と何かビスケットのような菓子が置かれていた。「長旅でお疲れになっただろう。いま食事の用意をしているから、それまでこれでも食べていてくれ。」というようなことをレイは言い残すと建物の奥へと消えた。
 ずいぶんぞんざいな扱いだと思ったが、その方がこっちとしても気分が楽だ。とにかく目の前にある菓子をかじり、紅茶を飲んでいるうちに疲れが出たせいだろうか、いつの間にか眠りこんでしまっていた。(つづく)


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