東京高判昭和30年10月4日(昭和30年(行ナ)第16号)

1.判決
 請求棄却。

2.判断
「一 原告主張一及び二の事実は,当事者間に争がない。
二 よつて先ず代理人によつて特許出願をなし,右代理人が当該事件についてなされた拒絶査定に対し抗告審判を請求する権限を有する場合,特許法第25条にいう「其ノ責ニ帰スヘカラサル事由」の有無は,代理人についてもこれを判断することができるかどうかを考察するに,同条は,法律が一定の期間を守らなかつたためその行為をすることができなくなる不利益を規定している場合,若しその期間を守ることができなかつたことが当事者の責めに帰することができないようなときには,これをそのまま放置することは,正義衡平の観念に反するので,その救済として一定の期間を限り,法律上は一応できなくなつてしまつた行為の追完を許した趣旨と解せられるところ,たとい当事者本人についてはそのような事由があつたとしても,同人に代りそれらの行為をする権限のある代理人が存在し,この代理人には何等そのような特別の事由がなく,同代理人においてその行為をしようとすればすることができたような場合には,特に後にいたり,行為の追完を許し,これを救済しなければならないような必要は考えられない。すなわち前述の事由の有無は,そのような代理人についても考慮することができるものと解せられる。
三 次ぎに特許出願につき出願者を代理した代理人が,特許願と共に特許庁へ提出した委任状に,他の権限と併せ「抗告審判(中略)ノ件」が与えられている場合には,その代理人は,ひとり本人が決定した意思に基いて抗告審判を請求しその手続を代理して行う権限ばかりでなく,拒絶査定に対して抗告審判を請求するかどうかの,原告のいわゆる選択決定の権限をも与えられたものと解するを相当とする。けだし代理人は,他人の決定した意思の伝達を為すに止まる使者と異なり,他人に代つてみずからその意思を決定し,それに基いて行為をすることができるものであり,「抗告審判ノ件」について与えられた代理権限は,かかる意思決定をなす権限をも含むものと解するを相当とするからである。そして既に他人に代つてみずから意思を決定する権限を有する以上,本人についてその責に帰することができない事由があつたとしても,これが当然に代理人について同様の事由となるものとは解されない。
四 本件において,その成立に争のない乙第1号証によれば,原告が本件特許の出願に当り,特許庁に提出した委任状には,原告は訴外弁理士A,同Bの両人を代理人として,「一特許願ニ関スル一切ノ件並ニ本件ニ関スル取下出願変更出願人名義変更証明申請抗告審判及提出物件ノ下附ヲ受クルノ行為」等の権限を委任する旨を記載されていること(尤も右引用文言のうち「特許願」以外の文字は,全部印刷されたものである。)が認められ,これによれば,右弁理士A,Bの両名は,原告を代理して,右特許出願に関する手続と共に,拒絶査定について抗告審判を請求する権限をも与えられていたものと認定するを相当とする。
 原告代理人は,右委任状における権限に関する事項の記載は印刷にかかるもので,いわゆる不動文字の例文にすぎず,更に1ケ年以上も以前に提出した委任状に,単にこのような文字が書かれているとしても,前述のような認定をするのは事情に合致しないと主張するが,委任状における権限の事項が印刷されたものであり更にこれが1年前の作成にかかるものだとしても,これがため常に当事者がこれによる意思がなかつたものと解することはできず,本件について特に当事者がこれを例文としてこれによる意思がなかつたとの事実を認めるに足りる証拠は全然ない。
五 最後に原告代理人は,「原告本人は昭和29年春頃から神経衰弱症の症状にあり,同年10月頃から病勢昂進し,医師の命により,一切の業務を禁止して,他人との面会を謝絶し,絶対安静の状態にあつた」ことを理由として,本件手続追完の理由とするとともに,本人の身上に生じた右の事由は,代理人についてその責に帰すべからざる事由だと主張するが,すでに代理人として本人に代り意思決定をする権限を有すること,前段認定のようである以上,本人について生じた右の事由は,代理人がその権限に基き意思を決定し,抗告審判を請求することを妨げるものとは解されない。その他右代理人等自身について,何等抗告審判の請求をすることができないような事由のなかつたことは,弁論の全趣旨に徴し明かであるから,原告は,前記行為の追完をすることができないものといわなければならない。
六 以上の理由により,審決には原告の主張するような違法はないから,原告の本訴請求はその理由がなく棄却を免れず,訴訟費用の負担について,民事訴訟法第89条を適用して,主文のように判決した。」