五條探検隊

23 土倉庄三郎 NEW
22 策道  

21
楳図かずお
20 藤代昇の五條回顧
19 女子水泳王国
18 河崎なつ
17 青いぶどう3
16 青いぶどう2
15 青いぶどう1
14 二見城
13 和歌山線
12 昔の五條
11 西川と草谷寺
10 古代の真土峠
9 天誅組の門
8 まちや館
7 大澤寺
6 女性俳句会「紅樹」
5 柿博物館
4 五新鉄道
3 伊勢街道
2 吉野川
1 地名の由来



HOME

5 柿博物館へのハイキング

昨年、五條市の南に位置する吉野郡西吉野村と大塔村が五條市と合併した。旧西吉野村は近隣の下市町、御所市、九度山町など五條も含め、柿の栽培が盛んである。この地域は日本最大の柿の生産地なのである。
五條や西吉野の地図を見ると方々に○○団地の名が見受けられるが、これは住宅団地ではなく、山を開墾して造られた柿山の団地である。山を区画整理して開墾して、柿農家に分譲した名残であろう。
昔は和歌山県でその生産が有名なみかん栽培をこの地方でも行っていた時期もあったが、過去にそのみかんが冷害で全滅する苦い経験から、冷害に強い柿栽培が盛んになったらしい。吉野川紀ノ川沿いの地域で五條の西20kmにある和歌山県かつらぎ町までが、黒潮の紀伊水道に近いぶんだけ暖かいのか、今は柿からみかん栽培への分岐点になっているようだ。
この地域の柿栽培には農林省も力をいれてきたようで、西吉野村のある柿団地の山の頂上に柿栽培の県の試験所があり、品種改良や柿農家への技術指導を行っている。併せてそこには日本で唯一の柿博物館があり、柿に関する様々のものが展示されている。
4月初めの晴天の日にその柿博物館までサイクリングで出かけた。以下はその道筋の写真である。

国道168号線

五條の中心の本陣交差点の南にある大川橋を渡ると野原地区。野原地区からの五條市街の写真。対岸の河川敷は公園に整備中で土手に芝桜が植えられていた。 国道をさらに南下すると五條で最大で唯一の五條病院。病院の先の角を左に曲がる。角に大きな辯天宗総本山の掲示板が立っている。

切通しの上り坂

角を曲がると切通しの上り坂。土手の桜は満開。この上に野原小学校がある。 坂上に野原中学校50周年の記念碑。この背後が野原中学校で野原小学校と道を挟んでいる。

最初坊墓地と弁天宗御陵

しばらく進むと辯天宗の教祖様の御廟がある。五條の花見の名所になりつつある。 その横が十字路でここを右に曲がる。左手は丘全体に墓石の立つ最初坊墓地。この十字路を曲がらずに直進すると栄山寺に至る。

山里の道

最初坊墓地の裏手からは田園風景になる。遠くに見える山はこれから訪れる場所。 12倍の望遠写真。一の木ダムが見える。山の斜面は開墾された柿山。

一の木ダム

一の木ダムのダム下。右の建屋は揚水ポンプ場。ダムの突堤への道は左右に2つある。右の道はダム下を通る道で、左の道は直接上る道。 一の木ダムは吉野川(丹生川)の支流の古田川を堰きとめた潅漑目的のダム。ポンプで水を汲み上げて柿山に給水する。

上り坂

突堤の左の上り坂を進む。道がいいので車だとすぐだが、自転車を押しながらの坂道は少しつらい。 坂道の途中からのダム湖。2つの谷が湖になっている。この東方向の奥は低山が連なりながら下市町、さらに吉野町になる。柿山がずっと続く。

柿博物館

坂を上りきった頂上に柿色のドームの柿博物館がある。右の建屋の奈良県果樹振興センターの付属設備。柿農家の育成支援が本来の目的。 柿博物館内は柿に関する様々な知識を提供しているが、写真はそのコーナーの1つの柿の加工製品。柿羊羹、柿饅頭、柿茶、柿ジャム、柿ワイン等いろいろ展示されているが、左下の柿の葉ずしは五條名産として定着した。五條の製造販売所には「たなか」と「ヤマト」がある。その他、淡い染色の柿染も展示されている。

柿博物館からの見晴らし

柿博物館の周辺は柿栽培の試験場でハウス栽培なども行われている。柿栽培は出荷時期の調整が課題のようだ。冬に大量の柿が畑の片隅に捨てられているのを見かけたことがある。 西方向の五條市街の望遠写真。中央の白い線は開通したばかりの高速道の京奈和。

智弁学園と本山如意寺

帰りは最初坊墓地の十字路を直進する道を取った。十字路のすぐ先が高校野球で有名な智辯学園。退校時間だったので電車通学の学生のため、五條駅までの奈良交通のバスが来ている。 野原旧市街の中にある辯天宗総本山如意寺。毎年、元旦に初詣している。正月にはこの寺の前の細い道に露天が並ぶ。