lemon











「今更だけどさ。フランソワーズ、なぜ君はジョーとくっついたんだい?」


あと数時間で台風が到来するという或る日の、午後。

レースでヨーロッパを転戦してるジョーを除いた各メンバーは、台風に因って各自の予定が突然なくなってしまったため、他に何をするでもなく朝からリビングで時間を持て余していた。そんな折、ピュンマが何気なくボソっとフランソワーズに訊いたことから、フランソワーズの災難が始まったのだった。


「・・・え!?」


今、聞こえた質問がピュンマから発せられたことが信じられないまま、彼女はキョトンとする。ジェットやグレートだったなら普段から、囃し立てたり、からかったりしているので、そんな質問を口にすることもあるだろうし、多分そうであるなら彼女は苦もなくスルリと質問をハグラかして躱したに違いない。
しかしこの時の彼女は、真面目一辺倒といってもよいピュンマが問うたということで、動揺をそのまま顔に出してしまっていた。


「・・・ど、どうしたの、突然?」
「いやさ、前から不思議だったんだ。もちろん、別に二人の恋路を邪魔する気はないよ。ただねホラ、まぁボクは除くにしてもさ、ここにはジョーの他にも魅力的な男がたくさん居るじゃないか。その中で、どうしてジョーだったのかなぁ、と思っててね」


飽くまでも論理的に質問の意図を告げるピュンマに彼女の戸惑いは増すばかり。


「どうしてって・・・そんな・・・」


困惑し、逃げ場を探して視線を周りに泳がす彼女であったが、既にその時には暇に飽きていた他のメンバーがズズイっと彼女を取り囲んでいたのだった。いつもなら助け舟を出してくれるイワンは、生憎と朝からギルモア博士と地階の研究室に篭っているので当てには出来ない。


「ホッホッホ、そうアル、何が二人をそこまで燃え上がらせたアルね?」
「オレも聞きてぇなぁ、是非よぉ」
「いい機会だ。オレも聞いておこう」


いたずらっぽく言う大人やジェットばかりか、ハインリヒまでが保護者然として立ち塞がったのを見て、フランソワーズは天井を仰いだ。


『なんで? どうして? 私、ことし日本で云われる厄年だったかしら?』


そう心で呟きつつも、ピュンマの言葉をキッカケにして、ジョーとの本当の意味での「馴れ初め」の記憶が、どうしようもなく深奥から湧き上がってきてしまったのには、彼女も苦笑するしかなかった。



そう・・・あの時、彼女は確信したのだ。
この男性(ひと)こそが自分の生涯の伴侶なのだ、と。
それまでも気に掛かってはいたし、好きであったのは事実だ。
それが恋と呼べる気持ちだったと言ってもよい。



でも、生涯を共にする、と心から思えたのは、あの日。

二人が出会ってから最初の春。

この邸のすぐ外の浜辺でのファーストキス。

ジョーの誕生日前日の初キスから、四日後の。

そう・・・あの日の、あの時に。

今から2年前の、このリビングで・・・。




彼女は当時を思い返すように目を閉じ、そして、脳裏に鮮やかに蘇る映像に思惟を漂わせていった。











         lemon
      【微熱の先はキスと共に・・・】   <<namakoさん作「微熱」への返礼SS(?)>>                                                 'Sound of Wish'













・・・・・・静かなリビング。
聞こえるのは、かすかな衣擦れの音。


「・・・・・・ふぅ・・・・・・ん・・・」


乱れた呼気に混じった、細く弱い鼻から抜ける声。
それは、密やかに且つ隠微にフランソワーズから零れおちる音。

白く明るい部屋にはそぐわない、その響きはソファーから天井に向かって漂い出ており、空中に小さく留まる吐息の下で彼女は、上体を起こしたジョーの腕に肩を抱きかかえられていた。

白い喉を逸らして仰向いた体勢のフランソワーズは、唇を彼に吸われている。
不自然にねじれたサマーセーターの裾がソファーの肘掛にかかり、白い脚の片方が宙に浮いてしまっているのは、強引にジョーに抱き寄せられたことの証左だろうか。その時のフランソワーズは抵抗の動きを既に見せてはいなかったが、ジョーの胸に弱く突いた形の手に、それが唐突だったことの名残りがあった。

ピタリと合わさった互いの唇の間から、湿った音がもれる。閉じた瞼も彩紅色の頬もボーッと上気させながらフランソワーズが甘く鼻を鳴らして、ジョーへと倒れかかった身をよじると、華奢な肢体を包んだ着衣がソファーの表面を擦って微かな吐息に別の音を和していた。

フランソワーズの態度は飽くまで受動的なものではあったが、彼女もその行為に熱意を以って応えていることは明らかだった。

・・・・・・やがて、ジョーが口を解いて微笑みを浮かべた所で、濃厚なキスは小休止した。


「・・・・・・ふぁ・・・・・・はあ・・・・・・」


フランソワーズは解放された口を開けて、新鮮な空気を求める。 半ば開いた眼で、少しの間ぼんやりととジョーを見上げたあと、細い呟きを洩らした。


「・・・・・・また・・・・・・ここで、こんな・・・こと、を・・・・・・」


弾む息を整えながら文句を言う彼女を、微笑んで聞くジョー。彼が見つめる彼女の瞳は潤み、眼元も頬も鮮やかな血の色を昇らせていて、彼女が機械などではなく確かな女であることを切ないまでに訴えかけ、ジョーを居ても立ってもいられない気持ちにする。

しかも。濡れて、しどけなく緩んだ唇から洩れ聞こえる声は、恍惚に震えているように彼の耳朶を打つのだから堪らない。彼女がどんなに柳眉を逆立てようが、少しも怒っているように聞こえてこないのだ。


「・・・・・・いけないわ・・・・・・こんなとこで・・・・・・いつ皆んなが・・・」


恨めしげに、ジョーを上目遣いに見る表情も、かすかに甘い媚びが滲んでいるように思えてしまう。事実、いけないと言いながらもフランソワーズは彼の腕に中に身を委ねたままであり、片手はジョーのシャツの胸元を掴みしめて放そうとはしないのだ。そんな彼女に「いいじゃないか」と囁きながら言葉を継いでいく。


「ここには今、僕とフランソワーズ、二人きりしか居ないんだから」


顔を寄せられて、ことさらに秘密めかした声息が、彼女の耳朶に吹きかけられると、フランソワーズはゾクリと甘く粟立つ感覚に細い首をすくめて。


「・・・でも、いつ誰が降りてくるか・・・・・・ん、もうっ・・・」


構わずに顔を寄せてくるジョーを押し留めつつ、もう一度、彼を責めるように口にしてみるのだが、そんな自分の発する言葉の一つ一つが、どうにも言い訳じみていることは彼女自身にもわかっていた。

あの夕陽に照らされた浜辺での、初めての口づけから、四日。

彼女にしてみれば、気になっていた彼を元気づけるための、茶目っ気たっぷりの、限りなく挨拶に近い意味を持たせた彼へのキスの筈だった。確かにほんの一瞬、他の人とのキスとは違う気はした。でも、その感覚は掴み取る前にあっけなく霧散してしまったような・・・・そんな他愛ないキスに過ぎなかった筈なのに。

今では、彼とのキスは心の底にまで届くような、暖かで確かな、そして大切なものへと姿を変えていた。

あの時から挨拶代わりにジョーの頬にキスをすることが何度か繰り返される内に、二日もすると主導権はいつの間にか彼に移ってしまい、今度はジョーがことあるごとに彼女を抱き寄せてキスをしかけてくるようになったのだ。そして彼女は、彼のイタズラっぽい笑みを浮かべた瞳に見つめられてしまうと一度たりとて、それを拒み切れたことがなかった。

それどころか、回数を重ねるほどに、抵抗は短く弱くなって。ジョーの強い腕に抱かれて、長く濃密な口吻の戯れに酔わされてしまう。何故か彼の唇に触れると、ピリリと微弱なパルスが痺れるように奔っている気にさせられ、そんな不思議な感覚をフランソワーズの身と意識とに刻む込むのだ。そしてそれは、とても快いものであった。

キスだけなのに弛緩しそうなってしまう自分が悔しくて、毎回、開放された後に、つけ足しのようにジョーの強引さを責めてみるのだが、半ば夢見心地なので発する言葉は弱々しいものにならざる得ず、情けなく感じもする。だが心の中には、その悔しさとは別の想いが在ることも否定できない。


(・・・・・・もう少し・・・・・・こうしていたい・・・・・・)


そしていつも、歓びに蕩けさせられた思考は最期には、そんな素直な願望に支配されることになる。いつもの長いキスの後と同様に、今も頭や心だけでなくて指先や身体も、すぐには再起動できそうになかった。深い愉悦の余韻に痺れて力が入らないのだ。


(そして、いつまでも・・・・熱が、引かない・・・・)


身体の裡にこもっている微熱が、いっそう気だるさを強めているのを、彼女は意識する。そこにジョーの声が囁くように被さってくると、もうダメ、降参だ。


「ずっと、こうしていたいな」
「・・・・・・」
「こうして、君を抱きしめたまま、いつまでも過ごしていたい」


フランソワーズの肩を抱いた彼の手に、力がこもる。


(・・・・・・あぁ・・・・・・)


ジョーが、同じ想いでいてくれることに、泣きたいような幸福を感じる。この人しか居ない、という観念が・・・・漠然と、しかし確信を以って全身に隈なく染み渡っていく。


「・・・・・・でも」


今この時の、この歓びが、逆にフランソワーズに未来への悲観を思わせるのだ。


「・・・ジョー、・・・私たちは・・・戦士だから・・・・・・」


いつ別れが来るとも判らない。しかも、それは遠い先のことではないかもしれないのだ。彼女の意識の醒めた一部が、その不安を忘れさせてくれない。幸せに感じるからこそ、そういう恐れを抱いてしまう。


「・・・・・・闘いがある限り・・・・・・、一緒には・・・なれない・・・・・・」


慄きながらもフランソワーズに、敢えてその不安を呟かせるのは、彼女が常に心に留め置こうと努めている覚悟ゆえであり、余りジョーに、のめりこまないようにとの理性の戒めでもあるのだろう。戦士で居続ける限り、冷めた心を保つのも、また重要なことであると彼女は身を以って知っているのだ。


「まだ、そんなことを言うのかい?」
「・・・・その方がイイのよ、きっと。その方がジョーにとっても・・・っ!?」


分別めかしたセリフが半ばで封じられる。ジョーの唇によって。


「んんっ」


驚き、咄嗟に振りほどこうとするフランソワーズの抗いを、頬にかけた手で抑えこむジョーは、しかし、どこまでも優しかった。


「・・・ん・・・・・・ふ・・・・・・」


スルリと潜りこませた舌の動きは、瞬く間にフランソワーズから抵抗を奪う。
一度、口を離したジョーは、コツンと額を合わせるようにして、フランソワーズの、早くもトロンと霞がかった瞳を覗きこんだ。


「聞きたくないから、塞いじゃったよ」


涼やかな笑みを目元に浮かべて、そう言った。


「これからも、そんなこと言うたびに、同じようにするよ」
「・・・ジョー・・・・・・」
「それとも最初からこうしてほしくて、そんなこと言うのかな? フラン?」
「そ、そんなこと・・・・・・」
「信じさせてあげる。ボクのことを、もっと」


そう宣言して、再び、彼は顔を寄せた。フランソワーズは、今度は僅かな抵抗も見せず、そっと目を閉じてジョーの唇を受ける。この続けざまの口吻に、ジョーは、ついばんで焦らし立てるようないつものプロセスを省略して、いきなり激しい勢いでフランソワーズの瑞々しい唇を捕らえると可憐な舌先を絡めとっていく。フランソワーズも、この荒々しい交歓を喜ぶようにフウンと鼻を鳴らし、思わずジョーの胸元を掴んだ手にギュッと力がこめるのだった。


『もっと、もっと・・・・。信じさせて。もっと・・・・』


紅く染まった意識の中で、フランソワーズは何度も叫ぶ。苛烈さの中で、確かな精緻を秘めるジョーの舌先が彼女の繊細な口腔を擦りたてるたびに、瞼の裏で小さな火花が散っていく。

こんな口づけは知らない。こんなに熱くて・・・こんなにも甘美なキスは・・・。

ジョーが教えてくれた・・・・いや、ジョーだから、自分がそう感じるのだ。他の誰からも与えられたことのない、ジョーだからこその、この浮遊感を。この幸福感を・・・・。

その回数を増やすごとに、フランソワーズの唇も舌も、この未知の感覚に馴染んでいく。そして馴染むほどに、より愉悦が深まっていくのが判るのだ。他の何事も追随を許さないほどに。


『もっと・・・もっと、伝えて。ジョー、あなたの想いを・・・・もっと教えて』


この初めて知る歓びにもっと浸らせてくれと、フランソワーズは自分からも強くジョーと舌を合わせる。ジョーの唾露が彼の吐息と共に喉を通って体内へと落ちていく。それに反応するように己の身体が血肉が熱に沸き立って、ジョーの色と香りに染められていく気がして身震いするような幸福を感じる。

長く濃厚なキスに溺れこむうちに、フランソワーズの体勢は崩れて、もはや完全に仰向けに倒れた状態になっていた。しかし、フランソワーズは、そんな変化を気にかける余裕もなく、その肢体に圧し掛かかって熱心に口を合わせてくるジョーの肩にしがみついているだけだった。そしてそれが、また何よりも幸せだった。

ウットリと閉じた眼元や、火照った頬が艶かしい桃色に染め上げて。鼻から火のような息を零しながら。濡れて輝く紅唇を、ジョーのそれへと押しつけ自らも舌を挿しいれ、幸せとともにジョーを味わうフランソワーズの姿も、また喩えようのない美しさで輝いている。

いつしか、細かな汗の珠を浮かべた白い喉が波打ち、フランソワーズの額も亜麻色の髪も、仄かに汗をはらんで彼女特有の甘い香を放っていた。

艶やかな色彩を帯びながらも、どこか清廉とした匂いを併せ持つ・・・・ジョーだけが知るフランソワーズの香り。その鼻腔の奥に届く甘い匂いに急かされるようにジョーは、フランソワーズの頬に当てていた手を滑らせていくと、隆く盛り上がって呼吸につれて上下している彼女の胸を、そっと撫でたのだった。


「フッ、アアッ」


フランソワーズは、ビクッと背を逸らして、ジョーの口の中に快感の声を吐いてしまう。それから愕然と両眼を見開いて、胸を覆ったジョーの手を掴んだ。


「・・・・・・だ、ダメよっ、ジョー!」


口吻をふり解いて引き攣った声を張り上げ、胸からジョーの手を引き剥がす。


「少しだけ」


甘えるようにジョーは言って、払われた手を、すぐにフランソワーズの胸へと戻そうとする。


「ダメっ!」


胸を肘で庇いながら、フランソワーズは身をよじった。しかし、起き上がろうとした動きは、首にまわったジョーの腕に阻まれてしまう。


「や、やめて、ジョー、こんな・・・・・・んんっ」


怯えた声で制止を叫んだ口は、またも強引に塞がれてしまう。捕まった舌先が強烈に吸われると、バストを柔らかく握りしめられた。


「ーーーーッ!?」


口腔と胸、ふたつの箇所から走る痺れるような波紋に、フランソワーズはアゴ
を反らして、くぐもった叫鳴に喉を震わせる。その叫びさえ吸いとって、ジョ
ーの口舌は、なおも容赦ない攻撃を続けた。その一方で、胸の裾野に置かれた
手は、力を緩めて柔らかに衣服ごしに優しく撫でさするような動きに変わって
いく。


「・・・・・・フ・・・・・・ム・・・・・・ンンッ・・・」


たちまち、フランソワーズの脳髄は痺れて、眼を開いていることさえ出来なくなってしまう。苦悶するように眉根を寄せても、鼻から洩れる息はどうしようもない昂ぶりを切なく告げていた。右胸を覆うジョーの手にかけた指にも、抵抗の力は伝わらずに、ただ、こらえきれぬ感覚を訴えるかのように、ジョーの手の甲に力なく爪を立てているに過ぎない。バレエで鍛え上げられた白い脚先が、いつの間にか床から浮き、フランソワーズの身悶えにつれてスリッパが頼りな気に揺れていた。

やっと、ジョーが遊ばせていた舌先をフランソワーズの口腔から抜いて顔を離した時、彼女は唇を大きく開いて、酸欠状態になりかかった頭と身体に空気を送りこんだ。ハァハァと喘ぎながら、苦労して眼を開く。


「・・・・・・ジョー・・・もう、やめて・・・おねがい・・・・・・」


荒い呼吸の中で、弱々しく懇願した。キスは解かれても、ジョーの手は、いまだフランソワーズの身体に置かれていて、やんわりと、繊細なタッチで刺激を与え続けている。


「もうちょっとだけ」


フランソワーズの熱い頬に軽く口づけながら、ジョーは囁く。


「フランソワーズの身体、とっても柔らかくて、キモチいいから」
「ダメ、いけない、こんなこと」


フランソワーズは、鼻から抜けそうになる声を、必死に励ましながら、わずかに力の戻った腕で、ようやくジョーの手を自分から引き剥がすことに成功する。
しかし、彼の指が離れても身体に刻まれた熱い感覚は消えない。帯電したように、ジンジンと疼き続けている。


(・・・・・・どうして・・・? こんなに・・・・・・)


着衣の上からの軽い愛撫に、これほどの感覚を喚起されてしまった自分の身体の異常に怯えすら抱いた。「微熱」は今や熱病のように大きくなっている。


「僕にふれられるのは、イヤ?」
「そ、そんなこと、ないけど」


あまりに直裁過ぎる彼のセリフに、思わず拒否の言葉も忘れてしまう。そんな自分が情けくも思え、余計に手も足もグッタリと重たくなり腰にも力が入らなくなってしまう。


「・・・でも・・・い、今は、ほ、本当に、もうやめて。おねがいよ、ジョー・・・」
「幸せで、感じ過ぎちゃうから?」
「やだ、そんなんじゃ・・・」
「だって、ほら」


ジョーの手が、フランソワーズの防御をすりぬけて。両の指先が、彼女の脇と
うなじとに当てられ、スーッと撫で掃いた。


「ファッ」


甲高い悲鳴を迸らせて、フランソワーズが感電したように仰け反る。スッスッと、さらに数度、撫で擦られてフランソワーズは断続した叫びを上げて身体を震わせたが、必死にジョーの手を掴みしめる。


「やめ、やめてっ・・・・ねッ、ねぇってば」


激しく首をふって訴えるフランソワーズの髪は、それまでより更に乱れて、ズレていたカチューシャを完全に外してしまった。


「あ、・・・ごめんよ・・・」


床に落ちたカチューシャの金具が奏でた音色が、甘い亜麻色の夢に酔っていたジョーをスッと現実に引き戻していた。身の裡に帯びた熱を意識しながらも、その澄んだ音色が、ごく自然に彼に謝罪の言葉を紡がせていた。

計らずものめり込んでしまい、彼女を困らせてしまったことを後悔しながらも、我を忘れるほどフランソワーズを好きになっている自分に改めて思い至ったジョーは、これから先、彼女を絶対に手放さないと心の中で誓うのだった。

だが、そうして優しく謝るジョーの囁きは、フランソワーズには揶揄にしか聞こえず、涙を浮かべた目で睨み仰ぎながら彼女は拗ねたように頭をふるのみだった。


「ジョーの・・・バカ・・・ッ」


激しい羞恥と、ズキンズキンと残響する鮮烈な感覚に、涙が止まらない。悔し涙なのか嬉し涙なのか何の涙なのか、彼女にも既に把握不可能な感情の迸りだ。


「ごめん・・・」


再度そう呟きながら、ジョーはまた彼女に顔を寄せる。ビクッと警戒したように、彼女はジョーの手を掴む。


「おね・・・おねがい、だから、ジョー・・・」


ジョーは笑って。汗を浮かべたフランソワーズの鼻にスっと口づけた。


「もう、変なことはしないよ」


そう言って唇を合わせてくるジョーに対して、フランソワーズはジョーを払い退けようと甲斐のない抵抗を示すが、実際にはどうすることも出来ず、緩く緩く押し流されてしまう。

ジョーが告げた言葉も、彼女の理性はそのままに受け取ることが出来ないでいるのに、それでも、ひとまずの安堵と、くすぐったいような喜びを胸に湧かせている自分が居ることが、フランソワーズには理解できない。そんな自分の理性と感情とのギャップが、余計に彼女を困惑の極みへと誘い、より一層とフワフワした中へと意識が昇っていってしまうのだ。

どうして、ジョーの唇は、こんなにも気持ちがイイの?
どうして、ジョーの手は、こんなにも心地イイんだろう?

気持ちが昂ぶるとか、身体が浮きそうになるとか、確かにそういう感覚があることも否めない。でも、彼女の心奥は、もっと別のモノを感じている。

そう、彼の唇は・・・・彼は、何よりも彼女に安心感をもたらしてくれるのだ。安心して身を預けることの出来る信和力。彼女の潜在意識が、身体の裡側が、本能的に感じ取って識ったからこその、ジョーへの想いなのだろう。だから、優しいジョーの唇の慰撫を受け入れて、その心地よさをどうしようもなく甘受してしまうのだ。


(こんなキスは知らない・・・)


再び同じ思いを抱く。今まで知らなかったキスの味。それを、ジョーがくれる。


(レモン・・・・?)


そう思った時、また鼻から息が抜けていってしまった。


「・・・んふぅっ・・・」
「どうしたの? くるしいかい?」
「・・・・・・ちがう、の・・・こんな、こんなに・・・・・・」
「こんなに?」
「・・・もう、イジワルっ・・・」
「クスクス。キレイだよフラン、とっても。・・・今の君の表情は・・・・・・」
「・・・ジョー、だからよ・・・・・・ジョーだから、こんなに・・・」


秘密を明かすように、ひっそりと彼女は呟いた。恥ずかしげに、しかし、甘い媚びを含んだ碧眼で愛しい彼を、見つめながら・・・・。


「うれしいよ」


ジョーは笑って、フランソワーズの頬に軽く口づける。伏し目になったフランソワーズの、長い睫毛が微かに震える。怯えと期待の半ばした慄きにとらわれながら、彼女はそっと待つ。ジョーがすくい上げた自分の喉元に沿って、彼が口を寄せてくるのを、フランソワーズはジョーの息吹と共に感じた。


「・・・・・・ア・・・ッ」


唇と唇が触れるのと、フランソワーズが昂ぶった声を上げて背を反らせるのとが殆ど同時だった。その瞬間、彼女の意識と感覚が急速に高まり、頭と胸と身体の中心の一点へと収束していって鮮やかに爆ぜた。圧し掛かるジョーの体を軽く跳ね上げるようにフランソワーズの肢体が数秒間、硬直する。苦しげな皺を眉間に刻みながらギューッと、ジョーの首を抱いた腕にも力がこもった。


「・・・ハ・・・・・・ア・・・・・・あぁ・・・」


数瞬の空白世界から戻っても、フランソワーズには、なにが起こったのか解らなかった。ジョーのキスを受けた刹那、意識が白光に包まれた。覚えているのは、それだけだ。


「・・・・・・あ・・・? ・・・わ、たし・・・・・・」


呆然と呟いて、頼りなく揺れる眼が、ジョーをとらえる。ジョーが、フランソワーズの汗を含んで乱れた髪を優しく手で梳いて、何も言わずに彼女を抱きしめてくれる。

ジョーの心地よい腕に護られながら数拍おいて、ようやく、意識が跳んだらしいとフランソワーズの胸に理解が湧いた。


「・・・・・・恥ずかしい・・・」


ポツリと、フランソワーズは洩らす。声には何度目かの涙が滲んでいた。こんなことは初めてだ。嬉しいような誇らしいような顔を覆いたくなるような甘酸っぱいような、そんな幾つもの渦が身体中から芽吹いている感覚。


「どうして? 恥ずかしがるようなことなんか、なにもないじゃないか」
「・・・だって・・・・・・あんな・・・」
「とっても可愛かったよ」
「いやっだ・・・」
「クスクス・・・」



笑うジョーの左手がフランソワーズのアゴにかかって、そっと向き直らせ、熱い視線を交し合うと彼女は眼を閉じ、七たび、ジョーの唇を受けいれた。



そうして二人は、空腹となったメンバーが二階から降りてくるまでの間。


夕陽がゆっくり落ちていく海原を、リビングの窓から眺めながら、ただただ身を寄せ合い、しっかりと手を繋いで静かな時を過ごしたのであった。




- - * - - * - - * - - * - - * - - * - - * - - * - - * - -




「ヘッ・・・こりゃあよ、エラク具体的に語ってくれたもんだ、参ったね」
「ほんまにそうアルね、年甲斐も無く照れてしまったコトよ」


ジェットと張大人がそう嘆いた声に、フランソワーズはハッと我に返る。


「え、わたし、今・・・?」
「フン、意外だな、お前がここまで俺たちに明かすとは、な」
「・・・フム・・・・・・」
「まさしく。かのシェークスピアも、こうもあからさまには語りますまい」
「見ろよ、ピュンマなんか呆けちまってるぜ」


まさか、まさか・・・・と、フランソワーズは青ざめる。もしかして今、自分は何か言葉を口走っていた? 目を閉じて、大切に胸の奥に仕舞っていた想い出を頭の中で再現している内に・・・・それがそのまま口を衝いて出てしまっていた?


「キャー!!」


窓を震わすほどの大音響で叫ぶと、真っ赤になったフランソワーズは、バタバタと床を踏み抜きながら自室へと逃げ帰ってしまった。ジェロニモをも数メートル突き飛ばし巨漢の彼に尻餅をつかせたのだから、流石、メンバー内で最強との謳われる彼女だけのことはあると言えるだろうか。後に残されたのは、苦笑し、憮然・呆然とするメンバー5名。


「でも、なーんかよ、今イチ、気に喰わねーよなぁ・・・・」
「同感だ」
「ま、そんだけジョーの奴が、マドモアゼルには大切な存在ってぇこった」
「だね。今度は皆んなでジョーの口を割らせるってのは、どうかな?」
「それがいいアル。それで今日の仕返しに溜飲を下げるアルね」


そう話している輪の中に、地階から顔を出したギルモアとイワンが合流する。


「ん? 皆んな揃ってなんの話をしてるんじゃね?」
「それが博士、ジョーとフランソワーズの馴れ初めなんですが・・・」
「ヤツらの恋愛の始まりってのを、懇々と聞かされちまってね」
「まさか、こんなにも懇切丁寧にノロケられるとは思ってもいなくて・・・」
「のろけッテ、ナンノコト?」
「簡単に言やぁ、キスが熱いんだとよ。イワンにゃ百年は早いぜ」
「ほぉ、003がそんな事をのぉ。あのコにしては珍しいこともあるもんじゃて」
「何でもピリっとレモンの味がしたそうですよ」
「しっかしレモン味たぁ、お子様だわなぁ。そもそも第一世代ってのは表現も時代遅れで古典的で・・・・」


そうグレートが第一世代の古臭さを評し始め、ハインリヒが電磁ブレードを彼の喉下に突きつけた所で、ポンッとギルモアが手を打った。


「レモン味の、あーその、なんじゃ・・・・二人のキスはいつ頃の話だったね?」
「二人が出会ってから最初の春、だそうですよ」
「ふむ・・・すると・・・やはりあの頃じゃな・・・」
「え、何だよ、何か裏があんのか?」
「・・・・まぁ、もしかすれば、じゃが・・・・」
「博士、勿体ぶらずに早く言うがヨロシ」
「良いか皆のもの。これは二人には・・・・今は、間違いなく相思相愛じゃからして、・・・・良いかの、絶対に絶対に、ぜーったいに、二人には秘密じゃぞ・・・・」


ギルモアが皆んなに語った推定に拠れば。

その頃のジョーは、加速装置を始めとする機器に若干の問題を抱えていたらしい。他メンバーと違って戦闘テスト期間が無いに等しく、サイボーグ体に充分に馴染まないまま実戦に突入し、その後は息つく暇なく激闘が重なっていたため、応急処置だけが優先され、デリケートな微調整にまでギルモアの手が回っていなかったのだ。

戦闘の一段落した0013との対決後に、ようやく博士がジョーの徹底的なメンテナンスを行うまでの間、ジョーの身体の幾つかの箇所からは微弱ながら電流が漏れており、静電気を帯電しているような状態だったのである。


「するってぇと、どういうこって?」
「つまり、フランソワーズがピリっと感じたっていうのは、ジョーの加速装置・・・・奥歯のスイッチから漏れていた微弱な電流に、彼女が軽く感電して、これが至上の愛だと勘違いしたんじゃないか、ってことさ」
「ついでに言えば、電気を帯びたヤツの口内がレモンを思わせるようなアルカリ・イオン水を醸成してもいたんだろう、よ」
「プッ・・・アハハハッ、そりゃーいいぜ!」


斯くして真相が暴かれたその日の夜、当事者二名を除いてギルモア邸は絶えることのない笑いに包まれ、メンバーの更なる結束力が強まったのである。




<< Fin >>


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少ぉし、エッチぃな(笑)、93ラブSSです・・・・ちょっとドキドキして頂いて、且つご笑納いただければ、幸いです。

時系列的な想定は、拙作の二人の初キスSS『Kiss of The Spring Wind』をベースにしておりますが、本位としてはnamakoさんの「微熱」の、続編というか発展形という位置づけのつもりであったりします(^-^)。

キスの一つすらしなかった「微熱」の初心(うぶ)なまでの二人に敬意を表し、こちらの二人も、もう少し進んだ関係でいながら、やはり素は初心なまま、なのでありました(^o^)。

フランの感じた「他の人とは違う」ジョーとのキスの味が、まさかパルス漏れの所為だったとは、お釈迦様でも気がつくまい(爆笑)。まぁ気の所為だろうが漏電の所為だろうが、初心な93も、ようやく周りも認める恋仲になったらしい、そんな頃のエピソードです。

ラブラブ部分だけを楽しみたい場合は、タイトルから下、ラストのオチ部分を外してお読み下さいませ。


from 'Sound of Wish' http://ringo.sakura.ne.jp/~yuuri/port/index.html




Soundさん、色っぽい!!!話をありがとうございます(>_<) 
よく考えたらキスしかしていないのに、物凄いことをしているかのように感じてしまう表現(笑)。大人〜な色気がすごいです。
いやあ、この手の色っぽい話は大歓迎!なのですが・・・が。
これがあの微熱から続いている話だということで、なんかマトモに直視できないこっぱずかしさが猛烈に込み上げてきまして、またもや背中がボリボリと痒くなってしまいました。うーん、微熱だと思うからいかんのでしょうね。
でもやっぱり余裕ぶっこいて、自分がシャイなのを忘れて煩悩のままに行動する島村を見ていると、無性に蹴り飛ばしたくなる〜。「ジョーのクセに何ハッキリ行動してんの!?」と・・・。ファーストキスから四日でこの攻め・・・侮れない男ですね。

し、しかしまあ、そんなジョーのクセに。
落ちはさすが、ジョーのクセに。
漏電ですか!(爆笑) 

Soundさんがご本人曰く、こういう作品は珍しいとのことですが、色っぽいお話を頑張って下さったので、私も頑張らせていただきました〜。
キスシーンは描くの難しいですけれど楽しいです ( ̄ω ̄)>いやあ、がんばった

namakochan