過去に掲載された ♪今週の1フレーズ

(1997.6.8 〜 1997.8.10)


ルールだとかモラルとか一体誰のためのもの
顔色ばかりうかがって 何を守り続けているんだろう


引用データ
曲名 トラブルメイカー
アーティスト名 相川七瀬
作詞者名 織田哲郎
CD発売元 AVEX D.D.


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。

あらためて説明するまでもなく、ルールだとかモラルというのは、種々の考え方や行動様式を持つ人々が、互いに気分を害さずに社会生活を送るために設けられている物です。
しかし、わざわざルールだとかモラルを意識して、日々の生活を送っている人はあまりいないでしょう。特に意識していなくても普通に生活している分には、守られていて当然の事ばかりなのが、ルールやモラルであるべきはずだからです。
ルールというのは明文化されている場合が多いので、もしルールが判らない人がいたとしても、それを見る事によって確認出来る事がありますが、モラルというのは暗黙の了解的な意味合いが強いようで、人によって解釈の仕方が違っていたりするものみたいです。

馬鹿正直、いや、小心者とでも言えばいいのでしょうか、私自身の事です。
もっとのびのびとしている事が出来たら、気分が良いだろうなぁ、とかいつも考えています。 このフレーズに出会って、ひょっとして自分は、ルールだとかモラルだとかを必要以上に気にし過ぎなのでは?と考えさせられました。
真面目なのが悪いとは思わないけれど、自分で自分を分析してみると、どうやら私はこのフレーズの通り、他人の顔色ばかりうかがって日々の生活を送っているみたいです。
本当、いったい何を守り続けているのでしょうね?
「自分らしく」が私が自分自身に課したテーマでしたが、これを機に「のびのびと」も 付け加えることとしましょうか。
(1997.08.10.)


※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。

たった1つの迷いが
チャンスをだめにする


引用データ
曲名 TRY AGAIN
アーティスト名 FIRE BOMBER
作詞者名 K.INOJO・福山恭子
CD発売元 Victor


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。

誰しも過去を振り返ってみた時、あの時こうしていれば良かった等という後悔みたいなものの1つくらいはある事かと思います。
特にチャンスというものはそうそう巡って来るものではありません。チャンスというものは本当にタイミングが命です。
じっくりと考えた上で選択出来る問題もたまにはあるでしょうが、考え過ぎているとチャンスを逃がしてしまう事の方が多いものです。
チャンスをものにするためには、日頃から常にチャンスをものにする事を考えていなければなかなか難しいのではないでしょうか。
問題意識を持ってどうすればより良い結果が得られるのか、そういう意識があれば、突然巡ってきたチャンスにも慌てふためくことなく、ためらいなく正しい選択をすることが出来る事でしょう。
せっかくめぐってきたチャンスは逃すことは本当に悔しいものです。
何度もやりなおしがきく事だったらいいのですが、そうでない場合も多いです。
その時がやってきた時に、迷うことなくチャンスをものに出来るようにしたいものですね。

この詞は、優柔不断な私に渇を入れてくれるという意味で、非常に心に残るフレーズだったので紹介しました。
(1997.08.04.)


※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。

目指す場所は いつも 変わるけれど
信じてるものは いつも 変わらない


引用データ
曲名 ダイナマイト
アーティスト名 JUDY AND MARY
作詞者名 YUKI
CD発売元 Epic/Sony Records


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。

すごくかっこいい詞ですよね、これ。
私はくじけそうな時にこれを聴くと勇気がわいてきます。

毎日の生活・仕事・恋愛、何にでもあてはまりますが、誰でも、常に何か目標を設定してそれに目指して突き進んでいくことと思います。
目標にまっしぐらに進む事が出来る時もあれば、その歩みはゆっくりでなかなか目標に到達出来ない時もあります。
たまには寄り道や、回り道をしてみたり、道そのものからはずれてしまう事だって、ある事でしょう。
誰でも「自分の意志」というものを持っているはずなのですが、置かれた環境やその他の諸々の影響で、周りに流されて、いつしか自分を見失ってしまったりする事もあるかと思います。
どんな環境の中でも、どんな小さな目標に向かっている時にも、周りを気にすることなく、周りに影響されることなく、自分らしく生きていきたい。
他人にどう思われようが、何と言われようが、自分が信じている事を、自分が決めた事をしっかりと心に持って、目標を目指していきたい。
なかなか出来ない事ですが、常にこういう生き方をしたい、と考えている私の気持ちを代弁してくれている詞です。
自分を見失いそうになった時には、この詞を思い出すと勇気がわいてきます。
(1997.07.28.)


※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。

ただ過ぎていくよで
きっと身について行くもの


引用データ
曲名 SWEET 19 BLUES
アーティスト名 安室奈美恵
作詞者名 小室哲哉
CD発売元 avex trax


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。

毎日一定のスピードで時間は流れていきます。
仕事に追われて忙しくしていようが、ただ何となくぼーっとしていようが、確実に時間は流れていくものです。
有意義に時間を過ごす事が出来れば、それは満足感という形で心を満たしてくれるので、気持ちの上では納得がいくものですが、今回はそうでない場合についてです。
毎日同じことの繰り返し、ただ何となく時間が過ぎていく、というように無駄な時間を過ごしてしまった事を後悔することは誰にでも経験がある事と思います。
過ぎ去ってしまった時間を取り戻すことは、どんなに頑張ってみても不可能な事です。
無駄な時間を過ごしてしまった事を後悔するだけなら普通の人です。
しかしこのフレーズを聴いて私は、物事は考えようだという事を知らされました。
発想の転換です。
無駄に過ごしてしまった時間は、決して無駄ではなかったと考えればよいのです。
良い事も悪い事も、何事も経験の積み重ねによって人は少しずつ成長していきます。
無駄な時間と思われるような事だって、貴重な経験の積み重ねの一部分を成していると考える事は出来ないでしょうか?
後悔するような時間の過し方をしてしまったという経験です。
特に意識して何か行動を起こしていなくても、それはそれで経験の一つなのです。
でもそれが過ちだったと判断される事ならば、あんまり同じ事は繰り返したくはないですけれどね。
心を満たし続けるような経験を積み重ね続ける事だけが、人の成長に必要なものだとは思いません。時には無意味だと思われる時間を過ごしてみるのもいいのではないでしょうか。きっと長い人生のうちにはその経験が役に立つ時が来ることもあるでしょう。
(1997.07.20.)


※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。

そう お互いに恋心抱くよりも
解り合える 語り合える
いつまでもそんな仲でいたいよ


引用データ
曲名 Dear My Friends
アーティスト名 Every Little Thing
作詞者名 Mitsuru Igarashi
CD発売元 avex trax


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。

先週の1フレーズの解釈の仕方で疑問として取り上げた内容に対する答えらしきものを、今週の1フレーズが私に教えてくれました。
先週の疑問というのは「好きなのにあえて距離を置く」という気持ちが理解出来ない、というものでした。
今週の歌詞では全般を通してストーリーのある構成となっているので非常に分かりやすいものです。内容を要約すると
友達としてうまくやってこれた関係が、2人の距離が近づき過ぎてしまってお互いの関係がおかしくなりそうだ。もう一度うまくいっていた昔の友達の関係に戻ろう。
というものです。
ずっと2人の良い関係を続けていたいから、という気持ちが根底に流れているんです。決して嫌いになったから、距離を置こうというわけではないんですね。
男と女がうまくやって行く関係は恋愛関係だけではない、という事ですが、私はずっとこんなのは奇麗事だと思っていました。友達関係で始まったとしても、ずっと友達関係が続いていくのではなくって、恋愛関係に変わるか、もしくはその2人の関係はだめになってしまうのではないかと思っていたのです。
でも最近になって、男女の友達関係もありかなって、おぼろげながら考えられるようになりました。友達といってもいろいろな解釈の仕方があるのでしょうが、相手の気持ちを理解してあげることの出来る心の通じ合った関係の事ですよ。
私は2人の関係がうまく続けていくことができるのだったら、恋愛関係に進行した方が良いと思うのですが、そういうのは無しで友達関係でいくのもありかなって、少しだけ考えられるようになったという事です。

蛇足になるかもしれませんが、今週の1フレーズは私の疑問に対する回答になったというだけで、先週の1フレーズに対する解説とか回答という内容ではありません。先週の1フレーズで取り上げた歌詞の中の2人は、結婚したい関係なのに距離を置こう!と言っていたのですからね。
(1997.07.12.)

※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。

君に逢いたくなったら・・・
その日までガンバル自分でいたい


引用データ
曲名 君に逢いたくなったら・・・
アーティスト名 ZARD
作詞者名 IZUMI SAKAI
CD発売元 B-Gram RECORDS


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。

遠距離恋愛中のすべての恋人たちにこのフレーズを贈ります。
このフレーズの部分だけを聴くと、こういう意味に取れるんですよね。逢いたくてもなかなか逢う事の出来ない恋人同士の切ない気持ちを歌っているのかと・・・。
私もずっとそう思っていました。

しかしこの曲の詞を始めから終わりまで、全部通して聴いてみるとちょっと意味合いが違う事に気がつきました。
本当に好きで好きでたまらない相手と、もうゴール寸前の雰囲気なんだけどそうなる前に、少し距離を置いて冷静な目で二人の関係が本当にこれでいいのか見つめなおす時間を作ってみよう、という意味合いなんです。
つまり逢いたいのに逢えないのではなくて、逢えるのに逢わないという関係をわざわざ作ってみようという詞なんです。
今の私にはちょっと理解に苦しむ内容なんですが、本当にこういう気持ちになる事ってあるんでしょうか?
詞の内容は相手の事が好きでたまらない、という気持ちが手に取るようにわかる内容となっている事から考えると・・・うーむ、ますます私は理解に苦しむのです。
創作の詞だと考えれば、別につじつまが合おうが合うまいが、どうでもいい事なのかもしれませんが、非常にリアリティあふれる詞なんです。

詞の本当の意味を理解できずにいるのはちょっと気分がもやもやして、あんまり気持ちの良いものではないのですが、聴く人それぞれの立場に置き換えて理解すればいい事だと私は考える事に決めました。
ですから私はこれからも、冒頭で書いた通りの意味を持つ詞として、このフレーズを心に刻んで置く事にします。つまり逢いたくても逢えない切ない気持ちです。ちょっと無理矢理かもしれませんがそういう意味に取った時にはじめて、私はこのフレーズに共感を受けるのです。
現在自分がそういう立場に無くても、まだ見ぬ将来の相手に対してこのフレーズを私は心の中で口ずさむ事にします・・・・・なんてね。(1997.7.6.)

※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。

♪今週の1フレーズ

外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
「いませんでした」「いませんでした」


引用データ
曲名 Jam
アーティスト名 THE YELLOW MONKEY
作詞者名 Kazuya Yoshii
CD発売元 NIPPON COLUMBIA


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。
詞の内容に感銘を受けると言ってもいろいろなパターンがある訳ですが、今回のは日頃から自分が考えている事を上手く代弁してくれているパターンです。
日本国外で起きた大事故・大事件で死者が出た場合、ニュース報道で必ずと言っていいほど発せられる言葉「乗客に日本人はいませんでした」。
ニュースが事実を伝えるという性格の物である以上、気にしなければそれで済んでしまう事なのかもしれないけれど、気になりだしたら、妙に気持ちの悪い言葉なんですよね。
この詞を聴いた時、私は「自分と同じ考え方をする人がいるんだ!」という嬉しい感動を覚えました。
ニュース報道を見たり聞いたりして、安心する人がいると同時に、それとは逆の立場の人がいる事も忘れてはならない事実なんです。
それは同情とか、哀れみとかそんな物ではありません。日本人向けのニュースだから、日本人の犠牲者がいなくて嬉しいニュースとなるはずなどないのです。普通に考えても当たり前の事なのです。
日頃から感じている違和感を持ったこの言葉について、私は今まで他人に感想や意見を求めた事などありませんでしたが、偶然出会ったこの曲の中の1フレーズに出てきたので、自分と同じ考えを持つ人がいるんだという事実に感動しました。
自分だけが偽善者ぶるつもりはありませんが、きっと世の中の多くの人がこの言葉に違和感を感じている事を信じたいと思います。(1997.06.29)

※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。



いっぱい泣いた恋も 最高の夏の日も
全部私を組み立てた部品だ


引用データ
曲名 パイロットになりたくて
アーティスト名 PRINCESS PRINCESS
作詞者名 中山加奈子
CD発売元 Sony Records


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。
少年・少女時代を懐かしむようになってしまったら、もう年をとった証拠でしょうか?この曲は1992年に発表された曲ですが、リアルタイムで聴いていた時は特に何とも感じなかったのですが、今になって聴いてみると妙に気になるフレーズが含まれていた事が判明しました。
少年・少女時代に体験したあらゆる出来事、いい事も悪い事も全部含めて、それらの経験の積み重ねで今の自分があるという事を、この歌詞が非常にうまく言い表してくれているのです。
私の勝手な思い込みかもしれませんが、「恋」と「夏」と言うのは何だかすごく密接に結び付いているような気がしてならないのです。きっとそういう経験を積んできたからに他ならないのでしょうが、今の自分はそれらの積み重ねで出来ているんだよ、と改めて私に認識させてくれたのがこのフレーズだったという訳です。
この歌詞の作詞者は、PRINCESS PRINCESSの代表曲とも言える「ダイアモンド」の歌詞も書いている人ですが、こちらの歌詞の中でも同じような意味のことを書いています。この作詞者はきっと大切な経験をいくつも積み重ねてきたのでしょうね。
経験の積み重ねによって人間が学習して、成長していくのは当たり前の事なのですが、誰にでも、夜寝る前に思い出すと眠れなくなってしまうような、切ない思い出とか、苦い思い出とか、少なからずあると思います。
他人には話せないような、出来れば記憶から消してしまいたいような、自分の心の中にだけしまってあるような失敗した思い出も、本当は今の(前向きな)自分を作るための「部品」だよねっ!!という事です。(1997.06.21.)

※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。



女らしい控えめさを 男は最後に愛すっていうけど
幸せになった友達に 心から控えめだったヤツなんていないわ


引用データ
曲名 Super Girl
アーティスト名 REBECCA
作詞者名 NOKKO
CD発売元 CBS/SONY


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。
前回私は、詞の内容に受け手側がどれだけ擬似体験出来るかで、感動出来るかどうかが決まるのではないか、といった事を書きましたが、今週はいきなりその理論をくつがえしてみたいと思います。
今回の詞の内容はと言うと、女性の視点から見た、女性の気持ちを発しているテーマの物です。
私は男性ですので、この詞が日頃から考えている自分の気持ちを代弁してくれている訳でもなければ、この詞の世界に私が特に感情移入して聴いた訳でもありません。
しかし、私はこの曲を初めて聴いた時に、確かに感動したのです。何が私を感動させたのかを分析してみたいと思います。
まず、受けて側である私は男ですが、その男に向かって「男はこういう考え方をしている」という前提で、この詞の中の女性は話を進行させています。そしてさらに「その考え方は間違っている!!」と結論付けているのです。
果たしてこの詞は、男性に向けてのメッセージなのか、それとも女性同士での親しい仲間どうしでする会話みたいな感じで書かれた物なのかは、判断が付きませんが、少なくとも男性である私はショックを受けました。
「女性は男性をこういう目で見ているんだ」と私はこの時、妙に感心した事を今でも鮮明に思い出す事が出来ます。そして、これだけの短い詞の中で、私にこれだけの事を考えさせてしまうという事実に感動したのです。今回の感動は前回とはちょっと意味合いが違うものでしたが、受け手側が詞の中の世界に擬似体験をする事だけが、人の心に残る詞ではない、という結論です。(1997.6.14.)

※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。



とがったココロいやしてくれる
きみに出会うため
生まれてきたんだと思うのさ


引用データ
曲名 Lovin'you
アーティスト名 渡辺美里
作詞者名 渡辺美里
CD発売元 EPIC/SONY


ここでは、私が深く感銘を受けた曲の1フレーズを週変わりでご紹介しています。
あなたは曲を聴いていて非常に感動した時に鳥肌が立つような経験をした事はありませんか?
鳥肌が立つというのは少々大袈裟な表現だとしても、いつまでも耳に残る曲に出会った事はある事と思います。
それは美しい旋律を持ったメロディーに対しての感動だったのか、歌い手の感情のこもった表現力に対しての感動であったのか、それとも詞そのものに対する感動だったのでしょうか?
ここでは詞そのものに対する感動に付いて取りあげてみたいと思います。
もちろんあるひとつの詞をとってみても、人によってその受け取り方は様々です。ではいったいどういった詞が人を感動させるのでしょうか。
美しい情景を上手く表現している場合でしょうか、かっこいい言い回しを表現出来ている場合でしょうか。
いえいえ、そんな物ではありません。
人を感動させる詞というのは、ずばり受け手側が擬似体験出来るかどうかだと私は考えます。
つまり自分が実際に経験した出来事、もしくは日頃から考えている状況などをテーマに、受け手側が言いたくても上手く言えなかった事を、代わりに表現してくれた場合。これにつきると私は考えます。
例えば恋愛をテーマにした曲の場合、自分の心の中ではいろんな感情表現を考えていたとしても、テレビドラマや漫画のようにはなかなかかっこいいセリフなんかは出てこない物だと思います。
そういった自分のうまく表現出来ない気持ちを代わりに表現してくれている詞に出会った時に、人はそれを感動という言葉で呼ぶのでしょう。(1997.6.8.)

※ここで取り上げている歌詞は著作権法第三十二条の範囲内で引用されています。




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