LA FEMME CHINOISE


出勤途中のとある決まった場所でよく目にする光景がずっと気になっていた。
東南アジア系の女性数人がグループで出勤する風景である。
車に乗った俺は、大きな国道に交わる交差点で信号待ちの時間が長い為、彼女らの行動を観察するのがほぼ毎日の風景であった。
最初の頃は俺の中の偏見からか、風俗系の仕事に携わっているんだろうなぁ、なんて思って見ていたんだけれども、早朝の時間帯である。必ず彼女らは5〜10人くらいのグループで小走りに交差点の横断歩道を渡っていくのである。
幾度も彼女らを目にするうちに、どうやら水道関係の部品を取り扱う工場に向かっていることが分かってきた。共同で暮らすアパートから職場へと向かう途中らしい。
いつもいつも彼女らは小走りである。朝7時を少しだけ過ぎるかというくらいの時間なのであるが、小走りなのは横断歩道を渡る時だけではなく、その前後もずっとそうなのである。その光景に俺はずっと違和感を覚えていた。

だが、今朝だけは違っていた。
いつもは手荷物など持たない彼女らが、キャリー付きの大きなサイズのスーツケースを引っ張り、ゆっくりと「歩いて」いるのである。集団で歩く彼女らのその数は20人は越えていたかと思う。
いつも小走りだった彼女らは、今朝だけは何かを名残惜しむような感じでゆっくりと歩いていた。自分たちの国へと帰っていくのであろうか、そういう雰囲気である。
詳しい事情などはまったく分からないが、寂しげな雰囲気だけは俺にも伝わってきたし、交差点を渡りきった彼女らが何度も振り返るアパートの前には、これまた寂しげな表情をした女性が、行け行け という手振りをしているのが印象的であった。
去る者、残る者である。
工場の前では経営者の関係者だろうか。日本人の女将さんらしき人が彼女らの肩を抱いている。信号待ちの俺の左手では女将さん、右手にはアパートの前で涙ながらに見送る同郷の女性である。

正直、どうでも良いことなのだが、気になる出勤途中の光景の1つが明日から少しだけ変わるらしい。どういう風に変わるのだか。


2005.3.8.




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