ミノダ さん


俺の場合、包丁を研ぐ事も仕事のひとつである。
切れない包丁では作業がはかどらない事は判ってはいるのだが、これがまた億劫な事でもありついついサボりがちなのだが、切れ味の悪い包丁をかなり気合いを入れて研ぎ直してみた。見違えるように生まれ変わった包丁を手に、昔の事を思い出した。

ミノダ さんという夕方遅い時間から出勤してくる洗い物専門のパートさんがいた。かなり年配のおばちゃんで、入社間もなかった俺にとっては、製造販売に従事しないこのミノダさんに対しては少しだけ心の距離を置いていた。朝からずっとひたすら製造販売の業務に係わる他のパートさん達は必死に業務に取り組んでいるのに、夕方遅い時間帯からの出勤で、いつものんびりとマイペースなミノダ さんに対しては何だか俺の中で許せないものがあったのかもしれない。
就業時間中にも係わらず、「ちょっとだけ買い物に行かせて」とおねだりされたっけなぁ。営業店舗においては本来は就業時間中の買い物など、許されない事なのだが。
ある時、俺が研いだばかりの包丁をミノダ さんが洗おうとしていた。ガシャガシャと無造作に扱われるのが嫌で、俺は声をかけた。
「研いだばかりだから気を付けてね。」
ミノダ さんはえらく感激した様子で、「そうねぇ、ありがとう。手を切らないように気を付けるわねぇ。」との返答。
包丁の刃先をぶつけたりしないように気を付けてね、の意味で俺が声をかけた事は言わずにおいた。

もう10年以上も前の話である。

2004.1.11.




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