おやすみ、樹(いつき)


彼女の飼っていたハムスターの樹(いつき)が死んだ。
小屋の中で木屑にくるまって、静かに眠っているかのようなその亡骸はとても安らかで、苦しんだ様子がないことから寿命であったのだと思われる。

寂しがり屋で、一人暮らしの彼女にとって、かけがえのない家族の一員であった樹は、彼女の大きな心の支えであったに違いない。
「樹は私がいないと生きて行かれないから」というのが彼女の口癖であった。

ハムスターは夜行性なので、昼間は静かにしていることが多いが、夜になると、伸びた歯を研ぐ為か、カリカリといろんな所をひっきりなしに噛み始めたりして、その存在感を常にアピールしていた。
今は夜になっても、静かなままの小屋が寂しい。

ペットを飼うという事は、その悲しい最後を見届ける事も覚悟の上での行為である。それを承知で人はペットを飼う。命の大切さを学ばせるという事で、小さな子供にペットを飼わせる人もいるようだが、現実問題として、愛した家族の一員が突然目の前からいなくなってしまう事は、ペットを飼った事がない人にとっては想像を超える悲しみであるに違いない。

深夜、まだ雪の残る小さな公園の大きな木の根元に穴を掘り、暖かい木屑でベットを作り、大好きだったひまわりの種と一緒に、樹を弔った。
樹は彼女とその生涯をともに出来て、きっと幸せだったに違いない。樹のその安らかな表情を見て、そして彼女の純粋な涙を見て、そう思った。

おやすみ、樹。

2001.2.26.




HOME 伝言板