風邪の記憶


俺は健康が取り柄である。
痩せているせいか、病弱なんじゃないかと他人からは思われる事もあるようだが、病気なんて滅多にしないし、寝込まなくてはいけないような風邪をひいた事も無いような、健康体である。この事については親に対して本当に感謝している。
いや、実は風邪をひいて寝込んだ事が1回だけある。
あれは社会人になってすぐの冬のことであった。
ものすごい高熱が出て、もうどうにもならない。寝ていても世界がぐるぐると渦を巻いて回っているのが気持ち悪かったのを覚えている。
近所の病院へ行って薬だけでももらおうかと考えたのだが、希望もしていないのに、熱を下げるための注射を打たれることとなってしまった。
年配の看護婦が面倒くさそうに言った。
「おしりに注射しますから、下着をさげて下さい。」
たとえ病院であっても、また高熱で苦しんでいる状態であっても、人様の前でパンツを降ろす事になろうとは思ってもいなかったので、俺は一瞬躊躇したのだが、ここでたじろいでしまっては、相手の思うつぼだと考えを改めて、平静を装って一気にパンツを下まで降ろした。
何故だか知らないが、看護婦と医者は、固まったように見えた。
俺にはとても長い時間に感じられたのだが、きっとそれはほんの短い時間であったに違いない。
その長く感じられた時間の後に、看護婦は俺を馬鹿にしたかのように言い放った。
「注射をするのは腰ですから、下着は少しずらすだけで結構です。」
・・・・。
おい。
ついさっき、「おしりに注射する」って言ったじゃねーかよ。
ちょっとばかし(かなりか?)格好悪い姿をさらしてしまったが、ものすごく痛い注射 を打たれた事によって、嘘のように高熱は下がった。
市販の風邪薬を飲んでいただけじゃ、きっとこうはいかないであろう。

ちょっぴり恥ずかしくて、そして痛かった「風邪の記憶」である。

2000.9.19.




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