たこ焼きと缶コーヒー


俺がまだ学生をやっていた頃の話。
下宿先のぼろアパートには風呂が無かったので、線路を越えた先にあるこれまたぼろい銭湯に通っていた。
線路を越えると言ってもアパートも銭湯も線路沿いにあったので、本当に線路を越えるだけなので距離的にはまあ近いもので、陸橋を渡るために少し遠まわりをしなければならなかったのだが、それでも時間にしたら歩いて5分くらいの距離だった。
その銭湯は夜11時までしかやっていなかったので、ちょっと気を抜いてゆっくりしているとすぐに時間をまわってしまい風呂に入りそびれてしまうことも何度かあったが、風呂好きの俺としてはその銭湯に通うのが楽しみの一つだった。
石鹸とシャンプーとタオルと風呂桶、そして着替えを布製の簡単なずた袋に詰め込んで銭湯に向かう。駅から急ぎ足で家路に向かう会社帰りのサラリーマンとすれ違いながらてくてくと歩いていく。
はじめの頃は銭湯なんて行ったことがなかったし、けっこうドキドキしながら風呂に入っていたものだったが、慣れてくるとそれはそれで楽しいものだった。
見知らぬ人同士でも裸の付き合いって言うのだろうか、簡単な挨拶とかくだらない世間話をしたりするようにもなったし、シャンプーや石鹸の貸し借りをすることもあった。
お湯が熱すぎて湯船にゆっくり入れないような状態の時に我慢して入っていたら、自分で蛇口をひねって水を出してぬるめていいということも教わったし、ぬるめ過ぎて叱られたこともあった。
銭湯は何がいいかって、やっぱり風呂がでかいこと。このでかさだけは家庭用の風呂では絶対にまねが出来ない。でかい風呂につかって何も考えずにぼーっと過ごすときの気持ちいいこと。
風呂付きのアパートで暮らす友人を誘って一緒に銭湯に行ったこともあった。ユニットバスの風呂では体を伸ばして風呂につかることなんか無理だもんね。
風呂っていうのは体を洗う所じゃなくて、心を洗う場所なのかもって思うよ。

銭湯からアパートへの帰り道、陸橋の下でいつも屋台を出しているたこ焼き屋があった。俺はそんなにたこ焼きが好きなわけではなかったが、なんとなく買って帰ってみた事があった。8個入って300円だったかな。そしてアパートのそばにあった自販機で缶コーヒーを買う。
風呂上がりに食ったたこ焼きと缶コーヒーはめっちゃ旨かった。ちょっとした贅沢って感じ。

この寒い時期に夜中に缶コーヒーを買うと思い出す。
ろくに勉強もせずに学生だと名乗っていたあの頃。




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