夏一番の蝉


この夏、最初の蝉(セミ)を見た。
そいつはうるさく鳴くでもなく、コンクリートで固められた地面の端の方で仰向けにひっくり返っていた。よく見るとまだ足がわずかに動いていたので、死んではいないようだ。
幼虫時代を暗い地面の中で何年も過ごした末に、人に注目される成虫時代はほんの1週間かそこらだと言うのに、お前はそんな所にいていいのか。


アニメーションとしても有名な「ムーミン」の小説の一節を思い出した。ムーミン谷ではその春いちばん最初に見た蝶々の色によって、その年の運勢を占うのだそうだ。詳しい事は忘れてしまったが、白い蝶々なら平穏に過ごせるとか、黄色い蝶々だったらとても幸せな1年になるとか、確かそんな感じだった。

俺がこの夏一番最初に見た蝉は死にかけの蝉だった。
いや、ひょっとしたらまだ地上に出てきたばかりで、これから夏の声を人間たちに聞かせるのかもしれないが、残念ながら俺にはそういう風には見えなかった。

俺はまだ蝉の声を聞いていない。




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