言えなかった「ありがとう」


俺がまだ学生をやっていた頃の話。
バイト先の会社の社員の山口さん(仮名)からお金を借りたことがある。
夜になって仕事が終わってから、その職場の人たちと飲みに行くというシチュエーションだった。
給料日前の金欠状態だった俺は金を持っていなかった。まだ給料日まで幾日かあったのにもかかわらず俺はその会に参加したかった。金が無ければ参加するのをやめておけばいいものを俺は金を借りて参加したのだ。
借りた金額は2000円。

「ちょうどパチンコで勝ったお金があるから、返さなくてもいいよ。あげるよ。」
そう言って山口さんは快く金を貸してくれた。

そして、給料日後。
いくら「返さなくてもいい」と言われたお金でも、さすがに返さなくてはと感じた俺は山口さんに金を返しに行った。
「これ、やっぱり返しときます。」
2000円を差し出しながら、俺の口から出た言葉はこんな失礼なセリフだった。
いつも温厚な山口さんのその時の表情は、心なしか引きつっているように思えた。

「このお金で助かったかい?」
2000円を財布にしまいながら山口さんは俺に聞いて来た。
その時の俺は何と答えたか忘れてしまったのだが、結局「ありがとうございました」というお礼の言葉は一言も言わなかった。


・・・それから、少し長めの年月が過ぎだ。
山口さんはその会社を辞めて、別の会社で働いている。
そして、俺は山口さんが働いていた会社の社員として、今現在働いている。

なぜ、あの時、「ありがとう」の一言が言えなかったのか?
思い出すたびに、後悔の念で胸が少しだけ苦しくなる。
誰しもがこういう失敗を積み重ねて、少しずつ社会人として成長していくのだろうか?


お礼の言葉が送れてしまいました。
「ありがとうございました。」




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