はじめての吉野家


吉野家に行った事ある?

そう、牛丼を食わせる店だ。
24時間営業で、牛丼を食わせる店。
どんな時間帯に行っても、ほとんど待たされることなく温かい牛丼が出てくる。
ちょっと独特の雰囲気があって、女性は入りにくいかもしれない。
一人で入って来て、食べること以外の行為を一切せずに黙々と食べ、そそくさと店を出て行く男性客の比率が高いのが、その独特の雰囲気をつくり出しているのかもしれない。

最近になってこそ「牛鮭定食」などのメニューが追加されたが、基本的にこの店は牛丼しかメニューにない店である。
サイドメニューとして'おしんこ'、'卵'、'味噌汁'、などがあるのだが、牛丼を食わずにこれらのサイドメニューだけを注文することは、普通の人はしないであろう。というよりそういう変わった人を見たことがある、もしくはやったことがある、という人がいたらぜひ詳しい状況報告を聞きたいものだ。
吉野家は牛丼を食わせる店なのである。

牛丼の分量としては、並、大盛り、特盛りの3種類がメニューに載せられている。特盛りというのは比較的最近になって追加されたようで、「ご飯は大盛り、お肉は並の2倍」というコピーで売り出されたことを記憶している。
肉だけの'牛皿'や、白い'ご飯'だけのメニューもあるので、客の好みに応じて、ご飯と肉の分量のバランスを調整して注文することも可能だ。そういう注文の仕方をしている人を俺は今まで見たことがないが。
いや、一回だけある。特盛りの牛丼を食べ終わった後、'ご飯'だけを追加で注文して食べている人を見たことがある。俺には理解しがたい行為だったので、はっきりと覚えている。ご飯と肉を一緒に食べるから牛丼なのであって、別々に食べるのは邪道ではないだろうか?と考えるからである。いや、それより「よく食うなぁ」という印象の方が強かったから覚えているのかもしれないが。

吉野家の牛丼は、ここで改めて言うこともないと思うが、非常に旨い。これより旨いものも確かにたくさんあるのだが、他の何にも真似の出来ない美味しさが吉野家の牛丼にはある。価格と質と量というコストパフォーマンスまで考慮すれば、マジで吉野家の牛丼にかなう食い物は存在しないかもしれない。
そのくらい吉野家の牛丼は旨い。俺は好きだ。

俺が吉野家で牛丼を食う時のスタイルはだいたい決まっている。
注文の仕方は「大盛りと卵!」、もしくはあまりお腹の空いていない時は「並と卵!」だ。お茶を手にした店員が「御注文はお決まりでしょうか?」と注文を取りに来る時に、最後まで相手がしゃべり終えぬうちに相手の言葉をさえぎるように、相手の目を見て注文することに決めている。特に意味はないのだが、これから食ってやるぞ!という気合いを入れるための儀式みたいなものなのだ。
大抵の場合、牛丼よりも先に'卵'だけが運ばれてくる。殻を割って中身だけが小さな入れ物に入れられて運ばれてくるのだ。割り箸を蓋付きの入れ物の中から静かにとり出し、運ばれて来た卵を溶きつつ牛丼が運ばれてくるのを待つ。
程なく運ばれて来た牛丼に、あらかじめ溶いておいた先程の卵を上から静かにかける。牛丼を一刻も早く食べたい気持ちを抑えつつも、静かにゆっくりとかけるのだ。
卵をかけ終わったら次は紅しょうがである。カウンターの比較的奥の方に置かれた黒くて四角い入れ物に紅しょうがは入れられているのだが、はっきり言ってこれは取りにくい。俺はその取りにくさを克服するため、まずは黒い容器ごと持ち上げて牛丼の近くまで持って来る。それから蓋を開いて中の紅しょうがを牛丼の上に乗せるのだ。
吉野家に備え付けの紅しょうがは少々甘い味付けになっている。ぜんぜん辛くないのだ。牛丼の表面積の6割くらいが赤い色で埋まるような感じで紅しょうがを盛り付ける。この動作も慎重に静かに行い、黒い容器を元のあった場所に戻し終えたらいよいよ食べる準備完了である。

食べる時はひたすら食べる。かき込むようにして食べる。左手で持った丼は途中で降ろされることはない。一度持ち上げられた丼が次に降ろされるのは、全部食べ終わった後である。ゆっくりと味わって食べることよりも、とにかく早く食べることの方が牛丼に対する礼儀だと俺は勝手に考えている。
食べ終わったら、今度は少し時間をかけてお茶を飲む。飲むと言ってもせいぜい3口くらい飲んで終わりにするのだが、それに少しの時間をかけるのである。
最後に勘定をすませるために店員を呼ぶ時の言葉は「ごちそうさま!」と言うことに決めている。「すいませーん」では駄目なのだ。ビシッと大きな声で「ごちそうさま」と言わなくてはすっきりしないのだ。


俺が初めて吉野家に行ったのは、大学に入って間もない頃だったから18歳の時だった。当時のその町には吉野家は無かったのだが、電車で1区離れた隣の駅前にはあった。電車で行けばいいものを片道180円という運賃を節約するため自転車を飛ばして隣町まで牛丼を食べに行った。
一緒に行った友人は確かその時「並と卵」と注文したことを覚えている。俺は注文の仕方がわからなくて「牛丼のみ」と言葉を発して友人に笑われた。「のみ」と言う言葉がその友人にとっては新鮮な言葉であったらしい。
友人が注文した時に「牛丼」という言葉を一言も使っていないのに、ちゃんと牛丼が運ばれて来るという事に驚いたし、またかっこよくも思えた。そして卵を牛丼にかけて食べるという行為に少し驚いた。

いつしか俺は吉野家のとりこになっていた。多い時には週に3回くらいのペースで吉野家で牛丼を食っていたような気がする。注文の仕方も覚えたし、'卵'を一緒に頼むことも普通の事となった。と言うより卵が無ければ吉野家で牛丼を食う気になれなくなった。'卵'の価格が50円というのはかなり割高な気がするが、まぁ'牛丼'本体の価格が安く設定されているので大目に見てやることにする。

吉野家で出される'お茶'だが、その製造行程って見たことある?
夏場は冷たいお茶がガラスのコップに入れて出されるが、普通は暖かいお茶が湯呑みに入れられて出て来る。どちらの場合でもそうなのだが、濃縮されたお茶液に冷水かお湯を注いで持って来るのである。いつでもすぐにお茶を出せるように、たくさん並べられたコップか湯呑みに少しずつお茶液があらかじめ入れられていて、いざ出す時になってから冷水かお湯を注いで'お茶'を作って持って来るのだ。
カルピスの原液みたいな'お茶液'が吉野家にはあるのだ。これははっきり言ってすごいアイデアだと思う。濃縮果汁還元と言う言葉なら聞いたことがあるが、濃縮茶還元方式なのである。この'お茶'は吉野家オリジナルの商品なのだろうか?他のファーストフード店でも普通に使われているものなのだろうか?

うーん、吉野家の事について書き出すときりがないので今回はこの辺にしておく。

1998.7.22.




HOME