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K's Room Odds & Ends

ラジオ


 高校生の頃工場でアルバイトをしていた事があった。ステンレスの棒を加工してネジやノズルの先など非常に細かい部品を作っているような工場の中で、油煙をもうもうと上げ大変な騒音を響かせる何台かの機械を監視するのが僕に与えられた仕事だった。

 個人で経営している工場であり、社長一人と従業員は交代のバイトが二人、まあ早い話が常時いるのは社長とバイト一人だけといった状態だった。当然雰囲気は「ざつくばらん」であり、仕事中もカセットテープを掛けたり、ラジオの放送を聞いたりしていて、おざなりながらも5インチ程度のテレビが常時点いていたりもした。

 一応機械の監視が仕事であるわけで、目をいつもテレビに移しているわけにはいかず、プロ野球のある時間などはもっぱらラジオ中継を大音量で聞いていた。

 “ピッチャー振りかぶって、第一球を投げました”

 毎度おなじみの実況が工場の中に鳴り響く。

 “打ったー!!”

 あらん限りの声でアナウンサーが叫ぶ。

 ここで、ただ聞いているだけであれば、その声の大きさに匹敵するような打球のアーチを勝手に想像し、胸を躍らせていればいい。しかし、これがテレビの映像と同時進行となるとそうはいかない。この声に興奮した僕と社長は仕事を放り投げて5インチの画面の前に顔をぶつけ合うようにして飛び込む。どちらのチームを応援しているかによって、ここでそれぞれの心の動きが正反対となって現われるわけで、ちなみに当時社長は熱狂的なドラゴンズファンであり、僕はそれに熱狂的に反発したジャイアンツファンであった。

 「なーんだただのレフトフライじゃん」

 中日の選手の打球に社長が落胆のコメントをする。

 そして、その横で僕は、“あー助かった”などと、胸を撫で下ろすのである。

 で、何が言いたいのか?

 えてしてラジオ放送の実況は、実に誇張気味であると言いたい(・・)。

 当然耳で聞かせるわけであるから、引き付ける為に少々大きな声を上げたり、表現が大袈裟になるのも致し方ないとは思う。しかし、テレビと同時進行でラジオ放送を聞いた時、実況のアナウンサーのその表現の余りの誇張振りに結構辟易させられたものであったのだ。

 しかし、そんなアナウンサーの実況に散々“だまされ”続けた当時の社長と僕は、正解を裏に含んだままで瞬時に表現するその大袈裟な実況振りにすっかりと慣れ、時に“ああ、この言い方だとただのレフトフライだなあ”とか、“あーこれはフェンスを越えたな”などと冷静に聞き分けられるようなアナウンサーキラーの耳を持つようになったりした。そして、そうそう5インチのテレビの前に駆け込むシーンも少なくなったものであった。

 同じラジオの実況放送として、先日サッカーの中継を聞く機会があった。年末の天皇杯の準決勝か何かの試合だったのだが、これがもう笑ってしまうくらい酷い代物だった。まだまだこういった放送が発展途上段階なのか、たまたまアナウンサーの力量が劣っていたのかは分からないが、肝心のシュートシーンや、すばやいパスの受け渡しなどとなると、アナウンサーの言葉がまるで着いていけず、もうまったく何が起きているのかも理解できないほどなのだ。

 誰が蹴って誰が受けたのか瞬時に判断のつかないアナウンサーは解説がどうしても後手後手となり、一足飛びにいきなりシュート!などと叫んだりする。コーナーキックからゴール前での混戦などとなると、もう何が起きているのかまったく聞き手は理解できない。どうなったんだよとイライラさせられた末に、やっと後からそれなりの説明が追いかけるといった繰り返しなわけである。

 皆さんにも機会があればぜひ聞いてみていただきたい。フラストレーションが溜まる事はもう請け合いである。

 そんなこんなで、最近ではラジオを聞く機会も少なくなってしまったが、友人の中には風呂場にまでラジオを持ち込み、自分をラジオ中毒と言ってはばかからないような強者もいる。テレビに映画にDVDなどといった目で楽しむメディアが圧倒的な今の時代で、耳で聞き入れ想像を膨らますラジオの仮想現実も、たまには良いだろうななどと思ったりする今日この頃の僕なのである。

(04.1.30)

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

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