子供の頃、一度寝転んでしまうともう起き上がるのが面倒くさくて仕方がなかった(・・)。そんな時ボーッと天井を見つめては、天井から体操の吊り輪のようなものが垂れ下がってきて、掴まるだけで自動的に体を引っ張り上げてくれたらどんなに楽だろうかと、アホな空想に日々明け暮れたりしていた。
僕は元来メチャメチャものぐさな人間である。まあ誰でもそうなのだとは思うが、何もせず日々生き続けていけるのならば、そんな素晴らしい事はないと本気で思っている。
極端なものぐさだから、必要がないと判断した事はバシバシと省きまったく見ないことにしている。どっちにしろやらなければならないことは、概ね目の前から消えていく訳ではないので、必要のある事だけを単純に迅速に済ませられるように日々模索している。ものぐさと合理主義者は半身一体でもあるのだ。
まあ、別に今回自分の性格のことをあれこれ言おうかなどというのではないのだが、そんな「面倒くさがり屋合理主義者」ゆえに、何とか少しでも楽が出来ないものか、無駄なくシンプルにまとまらないものかと、あれやこれやとくだらないことをよく思い付いたりしている。
十代の頃、カセットテープのウォークマンを日々通勤電車の中で聞いていた(ううっ、もう二十年近く前の話しだあ・・・)。電車から下りる時などに、このウォークマンをカバンにしまう際、イヤフォンのコードを本体に幾重にも巻き付けてカバンの中に入れていた。しかし、いざ今度はそれを取り出す時、このコードがほつれてしまいグチャグチャに絡まり合ってイライラする事がしばしばであった。
そんな時、僕は考えた。このコードを掃除機の電源コードのように巻き取る方式にしたらどうだろうかと。掃除機のコードのように、ボタン一つでイヤフォンのコードを本体に巻き込んでしまう。こうすれば取り出す時も“シューッ”と伸ばすだけで実にスムーズで、カバンの中でグチャグチャに絡まるようなこともない。実際にカタログで調べてみたが、どのメーカーからもこれと同様な機能を持つ機種は販売されてはいなかった。
「これは、凄いアイディアではないかあ?!」
このくだらないアイディアに興奮した僕は、さっそくこれをメーカーの開発室へ提言してみることにした(・・・)。もしこの案がうまく採用され、巷で発売されている携帯型ステレオのスタンダードなどとなれば、凄い事になるんじゃないか、一攫千金も夢ではないのではないかと思い描いたのである。
そして、一枚の便箋に、このアイディアが実現すればどんなに便利であるか、どんなに使い勝手がよくスマートであるかなどをつらつらと書き連ね、これを読んだ人がイメージが湧くようにと、幼稚なイラストまで挿入して、メーカー宛の提案書を作り上げた。
そして、「さて、どこに送ろうか?」と、考えた。
いくつかのメーカーが浮かぶ中、既に圧倒的なシェアを誇り、元々の開発元である「S」社では、訳の分からない社員の手に渡り「ふん!」と鼻で一笑され、丸めてごみ箱にでも捨てられるのがオチだろうと思った。そうであれば「S」社に追い付こうと、試行錯誤を繰り返しているようなメーカーがいい。様々なアイディアを取り入れ、どちらかというと性能よりも機能面で勝負しているメーカー。そこで僕は、ある一つのメーカーに狙いを絞った。実際のところ今は倒産してしまっているが、当時はオートリバース機能などを積極的に盛り込んだ機種や、安価な製品を販売することで市場を賑わせていた「A」社である。
開発室宛として、満を持して僕はそのアイディアを発送した。
数週間が経ち、そんな物を投函した事すらすっかり忘れてしまっていた頃、僕の元へ一通の封書が届いた。「A」社からであった。
「おおっ!あの時の返事が来たあ!!」
興奮しながら封を切り、一枚の便箋を開いてみると、そこにわずか数行の文字が目に入った。正確な文章は忘れてしまったが、およそ次のようなことが書かれていた。
○○殿
この度は弊社製品へのご進言賜り誠にありがとうございました。
残念ながら、貴殿のご提案された機能について、現在のところ製品の予定はありません。
今後も引き続き弊社製品をご愛顧いただけますようお願い申し上げます。
「A」社 開発室
すっかり時間が経ってしまった事も手伝だって、「やっぱ、くだらん思い付きだったよなあ」と、あっさりと諦め、僕はこの手紙をごみ箱に捨てたのであった。
そして、数ヶ月後の事だった。
普段の通勤電車の中、何気に見上げた車吊り広告の中に、思いもよらずあの時僕が提言したアイディアの製品を見つける事となったのである。
これは本当の話である!
「な、なぬう?!」
発売元は「A」社。そして、それは紛れもなく僕が思い描き、幼稚園児のようなイラストまで描いて提言した物と同じイヤフォン巻き取り式のウォークマンであったのだ。その新製品はイヤフォン巻き取り式という部分を、はばかりもなく大々的に前面に押し出し、「世界初!」のようなコピーまで付けて威風堂々と宣伝してあった。
この時の僕の憤慨やるせなさったらなかった。
しかし、黒光りした斬新なボディーを写した写真、派手なキャッチコピー、そんな物を目の当りにした時、不思議と自分のアイディアが具体的な製品となったような喜びが沸いてきたりもしていたのであった。
まあ、当たり前ながら、何かを思いついたからといって、それを喜び勇んでメーカーに手紙を出しても、何ら成果を得ない事を身を持って体験した出来事でもあった。
高校生の頃、和菓子屋を経営する家の息子に、「大福の皮の中に、アイスクリームを入れたら絶対にうまいぞ!」などと、本気で言ってみた事があった。すると、その和菓子屋の息子は「和菓子と、洋菓子が一緒になってるから、そういうのは無理だよ」と、簡単に言ってのけたのである。ちなみに、その和菓子屋は「文寿堂」といい、その息子が支店まで出し、今でも群馬県桐生市に実在している。
僕は、なんとなく腑に落ちないながらも、「そんなもんかなあ」などと思ったりした。
それから数年後、誰もがご存知の「雪見だいふく」という製品が、某社より発売された。もちろん僕が某社に提言したなどという訳ではないが、その時のその友人には、「だから、人のアイディアをまじめに聞いておけば!」と、さんざん文句を言い、思い付きで言ったような事が現実の製品となった事に、2人で驚いていたのだった。
これも、かれこれ十数年前、車に乗る時、キーに埋め込んだ装置で、外からドアの鍵の解錠が出来たらどんなにいいだろうかと思い付いた。夏場などサウナと化した車内に乗り込む前にエンジンを掛けて、エアコンがあらかじめ動いたりしたらいいだろうなあなどと考えていた。今ではこんな事は当たり前の装備になっているようだが、1980年代の前半に本気で僕はそう思っていたのだ(って、今更こんな事言ったって仕方ない!)。
そして、現在もっとも力を入れて思い付いているのが、鏡付き携帯電話である(・・・)。二つ折りの携帯電話、まさにあれは女性が使う「コンパクト」ではないかと僕は思っている。誰もが持っている携帯電話で、ふと電車の中など狭い場所でも手軽に化粧のチェックが出来る。男性だって目にゴミが入った時など、鏡が必要な場面がある。そんな時、携帯電話に鏡がついていたらに絶対便利だと僕は思うのだ。具体的には、裏側のボディーの一部分を開いて、埋め込んである鏡が現われるでもいいし、液晶画面が何かの技術で鏡に早変わりすれば、なんと素晴らしい!・・・
昨今、「イヤフォン巻き取り式のウォークマン」などという製品は、まあ、すっかりお目に掛る事もなくなっている(これって、ダ、ダサイっすよね!)。そして、相も変わらずくだらない事を、あれやこれやと思い付いたりしている僕ではあるが、通勤電車の中、どちらかといえばご年配の男性が、競馬放送でも聞くのだろうか“シューッ”っという音をさせて、ポケットラジオのイヤフォンを引き出してる様子を目にした時、「おい、おい、それは、僕のアイディアだよ!」などと、ついつい言いたくなってしまう今日この頃なのであった。
(02.10.19)