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K's Room Odds & Ends

東京メトロポリス 都庁舎展望ロビーに上ってみた


 仕事の関係で新宿の都庁まで出掛けた。

 午後一番からの予定に少し早く着いてしまったので、昼食後の時間潰しに展望ロビーに上ってみる事にした。

 なにを「おのぼりさん」みたいな!と、言われそうだが、よくよく考えてみれば、数百メートルの高さからの景色を無料で眺められるというのは、暇つぶしとしては絶好である。都庁に展望ロビーなるものがあり、無料で入れるという事は知っていが、やはり少々気後れがあり、わざわざ訪れてみるような事は今までなかった。

 都庁も完成してから、早いもので10年が経過したようである。今となってはそれほど話題性のある建物とは言えないと思う。そういう意味では、完成して誰よりも早く行ってみたりとか、まだ真新しく話題になる1,2年の内にわざわざ予定を立てて出掛けてみたりなどというより、タイミングとしては、何ともいいんじゃないかと、よく訳の分からない事を一人考えてみたりした。

 時はあのアメリカのテロ事件、世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ事件発生からひと月と経っていない頃であった(この事件が遠く忘れ去られた頃に、もし誰れかがこの文章を読み返した時のために記しておけば、この事件は、2001年の9月のことである)。

 新宿の高層ビル街、ガウディーの建築物のようにそそり立つ都庁第一本庁舎ビルの麓から、展望ロビーはどのあたりだろうかと見上げてみると、突如、なんとも言えない不安感が湧き出てきた。テレビで何度もリフレインされていた、旅客機が突っ込むあのシーンがリアルに目の前に浮かび上がってくるのだ。確かにテロリストが日本を狙うとすれば、都庁かなあ、などと誰もが思い付くであろう。いずれにしても、世の中がまだそこまでピリピリしていた頃であったのだ。もっとも、トム・クランシーの小説の中では、富士山が標的だったけど・・・

 まあ、しかし、せっかくの機会だから飛行機が突っ込んでこない確率に賭けてみることにした。

 本館の一階の入口には、大人の背丈よりも遥かに大きな立て看板が、「厳戒体制中」と告げ、いざ正面玄関の自動扉をくぐろうとすると、スーツを着込みイヤホンを耳に突っ込んだ、体躯の良い懐に拳銃を隠し持っていそうな男が、ジロリと僕を一瞥した。

 巨大な自動扉をくぐりいざ建物に入ってみると、外での物々しさはどこへやら、館内には意外なほど平穏な空気が流れていた。ワイシャツにネクタイ姿の昼食に出掛ける職員達が行き交い、諸届けに訪れた人々や物見ゆうざんの観光客風の人々の声が、大きな吹き抜けのホールの中に反響している。

 正面に設けられた案内板に目をやってみると、展望ロビーは北と南に分かれていて二ヶ所あるという事が分かった。階数にして45階、それぞれ地上にして202メートルの高さまで専用のエレベーターで昇るらしい。北と南とはそれぞれは繋がっていないので、どちらの展望ロビーに行くのか、まず一階で決めなければならなかった。 

 仮に両方の展望ロビーに行きたいのであれば、一度一階に戻ってから、もう一度違うエレベーターで昇り直さなければならないわけだ。そうなると、わざわざ両方に上ってみようとも思わないので、せっかくここまで来て、何だか半分しか目当て物がもらえないような気がして、少しがっかりした。

 いずれにしても、南北どっちにしようかと考えたのだが、まあなんとなく南にすることにした。多分どちらかといわれれば圧倒的に南を選ぶ人の方が多いのではないかと、なんとなく思った。

 

 都の施設だというのに、一階のエレベーターの前には、観光地のようにきちんと案内の人も存在していた。やっぱりこの人達も都庁の職員なんだろうかと思う。

 その日、20人ほどが乗れるエレベーターは、平日の昼下がりに、10人ほどの乗客だった。ほとんどがおじいちゃん、おばあちゃんで、その中では背広姿の僕と、それからリュックを背負った外人のカップルが妙に目立っている気がした。

 55秒でエレベーターは南展望室に到着した。もちろん計っていたわけではなく、パンフレットにそう書いてあったのだ。

 ぜんぜん余談になるのだが、エレベーターに乗る時に良く考える事がある。それは、もし何らかの理由でこの箱が制御不能となり、そのまま落下するような事故が起きた場合に助かる術があるのだろうかという事である。

 理に適っているかどうかは別にして、僕が思うウルトラCがある。まさか200メートルの高さから落下して、この方法が通用するとは考えてはいないが、それは、箱が地面に落ちる寸前に、衝撃を受けないようジャンプするのはどうかという事である。もちろんどのタイミングで箱が地面に接触するのかを、落下中に正確に判断しなければならない訳で・・・。

 くだらない冗談です。

 ちなみに、以前エレベーターの点検の業者の人にエレベーターの落下について聞いてみた事がある。それによると、エレベーターには安全装置がついていて、万が一箱が落下するような事故があっても、箱についている爪のような物が即座に辺りの物に食い込んで、最悪でも宙ぶらりんで済むというような事だった。

 まあ、いずれにしても、その日乗ったエレベーターは落ちることなく無事に展望ロビーへと到着した。

 ロビーの広さは大雑把に中学校の体育館のような広さだった。中央に喫茶コーナーがあり、天井高も充分で明るく清潔感のあるスペースだ。当然展望室であるので、壁には出来うる限り一杯に、まるでガリバーの住む家にあるような大きな窓ガラス設けられ、エレベーターを降りた瞬間から上空200メートルからの都内の風景を目にする事が出来た。

 その日の都心は絶好の晴天で、遠くには富士山も顔を覗かせていた。以前都庁が建設される当初、建物の東側にあたる京王プラザにある「富士の間」から、その部屋の売り物だった富士山が、都庁の建物に邪魔されて見えなくなってしまうという騒ぎがあったのを思い出した。あの部屋の名前が今「都庁の間」などとなっていれば面白いかな、とくだらない事を考えてみた。

 巨大なガラス窓に近づき、都庁から南側に広がる風景を覗き込んでみた。

 おもわず足が竦む。

 あれほど大きいと思っていた眼下のいくつかの覚えのある建造物が、あたり前ながらミニチュアのように地面に広がる。地上での人の動きはもはや気にならない程度のノイズでしかなく、首都高を走る車の渋滞の列が、ミ二チュアの建物の間を縫って這うヘビのように見え隠れしていた。遠く東京湾上では黒い点と化したタンカーが水面に浮かび、その上空を羽田空港に離発着する旅客機がゆっくりと移動していた。あの飛行機が突如方向を変えてこの場所に突っ込んできたら、到底逃げる時間はないななどと思った。

 それぞれの窓の上には、その窓から見える風景の写真が巨大なパネルになっていて、要所要所の建造物にはその名前が記入され、風景の案内板となっていた。

 少し変色しているそのパネルは、おそらくこの展望台が出来た当初からそこにある物らしく、実際の風景と比べて訂正すべき点がたくさんあった。新しく出来た大きな建物があまりにも多く、写真と実際の風景が当てはまらなくなっているのだ。今ではもう確認できない建物がいくつもあり、都庁のすぐ隣に出来た新しい高層ビルによって、ほとんど景色が失われてしまっているような窓もあった。

 しばらく景色を眺めた後、中央の喫茶コーナーでお茶でも飲もうかと思ったが、片隅に自動販売機があったので、小遣いをけちって缶コーヒーで済ませる事にした。ゴミ箱や、公衆電話の置かれた展望ロビーの片隅、缶コーヒーを飲みながら、一回り小さい窓から間近に迫る都庁の北側の棟を眺めていた。すると、突然、大きなカラスが風に煽られてふらつきながらも、壁伝いに建物を昇ってゆき、上空に飛び去って行った。いったいカラスが何の理由で都庁の壁面をよじ登るように上がってくるのかは分からないが、はっきり言ってこれにはびびった。こんな高さまで自力で昇ってくる生物としてのパワーの強さ。これではもはや人間はかなわないなと素直に思った。

 展望室の中、北側の壁際のスペースが土産物屋になっていた。いったいどんな物が売ってるのだろうかと覗いてみると、「Tokyo」と書かれたボールペンやクリアファイルなどのステーショナリーが豊富にあり、その中に混じって、キーホルダーや絵葉書などお約束の物も並べられ、壁には「江戸」などと大きくプリントされたTシャツが貼ってあった。一体誰が買うのか知らないが、おそらくこんな物を売っているのはどう探してみても、ここと、あとは東京タワーだけだろうななどと思った。

 昇ってきたエレベーターで、再び一階のロビーに戻った。わずか30分くらいの暇つぶしではあったが、降りた時には、なんとなくほっとした。いくら無料でも、死の危険を感じる様ではしょうがない、「命あっての物種」とは、まさにこの事であろう。

 そんなこんなと考えながら、もう少し平和になったら、今度は子供の頃に行って以来訪れていない東京タワーにでも上ってみようかと思った。もっとも、向こうは「有料」だったなあ、などと考えている今日この頃の僕である。

東京都都庁舎展望ロビー関連HP

 

(01.11.23)

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

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