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K's Room Odds & Ends

コマーシャル



 テレビのコマーシャルが実におもしろいと思う。

 生活の中であまり定期的に見る番組を持たない僕としては、分けの分からないドラマや、くだらないお笑い番組などよりは、よほど感心させられる作品が多いように感じるのだ。

 あまり期待感がなく、なんとなくオマケで見ているような余裕もあり、ハッとさせられるほど完成度の高い物や、爆笑させられるようなCMに思わず出会ったりすると、目の色を変えてテレビの前で喜びまくっているのである。

 考えてみればテレビはスポーンサーがあってこそ。送り手側から見れば、CMこそTVの核心と言えるのかもしれない。しかも、あれだけの短時間の中で、制作側はいかに商品を印象づけるかに心血を注いでいるわけだから、自ずとそのレベルが高いのも納得できる気がする。

 そんなCMの中でも、やはり昨今の会社の勢いからか、消費者金融のCMには良くも悪くも眼を引く物が多いような気がする。

 例えば、姫と爺の小気味良いテンポの「そうだんです!」のプロミ○のCM。

 このやり取りの絶妙な間は、役者の力量というよりも、編集が生み出した妙といえるのではないだろうか。

 その後このシリーズも、第二弾、第三弾と続けて制作されているようだ。しかし、続編にはどうも悪乗りや、「ヅラ」の不自然さなどばかりが目立ち、今一つ前作を上回る物が出来ていないような気がする。結局のところ、「そうだんです!」編がスタンダード作品として、いまだ流し続けられているようで、見る側にしてもなんとなく安心感を持っていたりするようだ。

 同じ消費者金融のCMで、その元祖といえば、やはり武富○のダンス編ではないだろうか。あの訳の分からない英語の曲に乗って、ただひたすらレオタード姿の女性たちが踊っているあれである。

 今でこそニューバージョンも登場したようだが、あのワンパターンのCMを深夜放送の枠の中で、うしろめたそうに“こそっ”と流していたあのスタイル。聞いたことあるようなないようなオリジナルの曲(ちなみにこの曲のタイトルを「シンクロナイズドラブ」といい、CDまで発売されているらしい)、妙に一生懸命踊っているダンサーの女性達、カット割りだけの編集のシンプルさ、当時は誰もが安心してみていられた“サラ金”会社の定番CMであったのだ。

 ところがこのCM、世紀も変わったというのにいまだに流し続けられているのみならず、最近では、朝の番組やはたまたゴールデンタイムと呼ばれる時間などにもお目に掛かるようになった。

 朝っぱら寝ぼけ眼で、「Let's go !」の掛け声から始まるこの曲を聴くと、なんとも居場所のないような気分にさせられる僕なのである。

 そして、実は、数ある消費者金融のCMの中でも、僕が最も気になるのは、「ほのぼの○イク −○イクエンジェル編−」である。

 こののCMに登場する「○イクエンジェル」。三人の外人の女性がそれぞれ作る、○、イ、クの決めのポーズの人文字。真ん中の女性の作る「イ」の文字は、バランス的にかなり無理があり、何通りかあるどのバージョンでも、必ずふらついているか、カットが妙に早い。

 ちなみに「ク」はキャイーンのポーズであり、このCMを見るたび一人で喜んでいる僕なのである。

 

 最近のCMの傾向で、少々気になる事がある。

 昨今の不況の影響からか、何とも売り手側の主張が強引になって来ていて、「そりゃ、おかしいだろう!」と叫ばずにはいられないようなストーリーに多々お目に掛かることがあるのだ。

 たとえばあるクレジット会社のCMである。

 旅行雑誌を片手に海外旅行を思案する若いカップル。グアムから始まり、サイパン、ハワイとその費用を交互に読み上げていく。そして、最後にプーケットうん十万という項目にぶち当り、二人は大きなため息を吐く。

 女の子が一言「無理だね」と言う。すると、男の子が「無理じゃないさ」と、叫び立ち上がる。次の瞬間二人は○○○○カードがあることに気づき、無事プーケットのビーチで幸せ一杯トロピカルドリンクを飲むのであった。

「これって・・・、おかしくないっすかあ??」

 一昔前の青春ドラマの脚本だったら、「江ノ島しか連れて来れなくて、ごめんね」と夕陽を背にした男が烏帽子岩を見つめながら言い、肩を寄せた女が「私はどこでも良いの、あなたと一緒だったら」と、胸を掻き毟りたくようなセリフで一件落着の筈である。

 それを「旅行に行きたいが、金が無い イコール 借りてでも行く」

 こんな短絡的な発想がいかにも正しいようなCMの作り方が堂々とまかり通っても良いものなんでしょうか?

 それとも世の中の流れはもう既に、「金がなけりゃ借りればいいさ」程度の、軽い「乗り」へと変わってきているのだろうか?

 

 ある住宅メーカーのCMではこんなのもある。

 海外旅行から帰ってきた一家族。

 開いた玄関は典型的な公団住宅の作り。

 一人娘と思われる女の子が、ソファーに寝転び「ああ、やっぱり家が一番」と、呟く。

 それを背中越しに聞いた父親。家の中を見渡すと天井にはシミ、ベランダの外は雑草が背高く生え、すぐ目の前に迫る隣の建物。

 所狭しと並べられた家具や荷物に囲まれての夕食時、どこか元気なく父親は「お父さん、がんばるから」と呟く。そして、最後に住宅メーカーのテロップ。

 一見、なにも問題ない家族愛のドラマにさえ見えてしまう。

 しかし、しかしである。

 ひと昔前の「寺内貫太郎一家」の小林亜星扮する親父だったらどうだろうか(ふ、ふる・・・)。

 娘がくったくない笑顔で「ああ、やっぱり家が一番」と呟けば、間髪いれずに娘の肩を叩き、「そうだなあ、やっぱり家が一番、狭いながらも楽しい我が家ってな!ガハハハ」と親父は高笑い、こめかみにバンソウコウを貼ったお母さんも一緒になって一盛りあがりあるはずである。そして、エンディングともなれば、「お父さん、生まれ育ったこの家が私は大好きだよ」の娘の一言で、がんこ親父は滝のように涙を流し、また次の日、風呂屋の薪を割る日々の仕事にも一際力が入る筈である。

 テレビというメディアは、圧倒的な一方通行であるだけに実に恐ろしいと感じる。

 何を大袈裟にと言われるかもしれないが、昨今のCMを見ていると、どこか肝心な部分がないがしろにされているようなものが多い気がしてならない。そして、自分自身もとても大きな流れに、知らず知らずの内に呑み込まれていくような気分になる。

 まあ、なんだかんだと相変わらずごねている僕ではあるが、街角で貰えるポケットティッシュは、消費者金融のものばかりで、どうしてタダで貰えるのか、消費者金融には未だお世話になったことのない僕としては、なんとも感謝して止まない今日この頃なのである。

(01.8.25)

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

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