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K's Room Odds & Ends

ダブルエスプレッソ2



 人がしている「くしゃみ」の音を聞いていると、実に様々なバリエーションがあるものだなあと感心させられる。引きつっているような遠慮がちなものから、「こいつ、わざとやってるんちゃう?」みたいな大音響の物まで、まさにその人の人となりを映し出しているようにも思える。

 電車の中など、比較的人が密集していて、限られた範囲の場所となれば、必然的にいくつかのマナーが存在する。例えば携帯電話の使用とか、走り回らないとか愚にも付かないそんな事だ。

 そんな中で「くしゃみ」はどうだろうか。

 出てしまうものは仕方がないだろうと、開き直られればそれまでなのだが、大音響を伴うくしゃみには、「はっ!」とさせられると同時に、正直その無遠慮さに、「うむー!」とせずにはいられないシーンにぶつかったりする。

 例えば昼下がりの比較的空いた静かな電車の中などで、はっきりと言葉で、しかもまったく遠慮なしの大声で「はっくしょん!」と、突然やられた時など、辺りに居合わせた誰もが、ドキリと心臓を止め、寿命を縮めさせられる。

 そんな時、ジロリとその音の発生地点を睨んだ先で、清清しい表情で、まるで何事もなかったかのように新聞にでも目を走らせている音の主などがいると、胸中穏やかな気分ではいられないのである。

 思う存分のくしゃみは確かに気持ち良かろうが、辺りが静かなところでは「少し遠慮しましょうよ」と言いたい僕なのであった。

 スキーウエアにスキー靴という恰好で、町の中を歩いた経験のある人がいるだろうか?

 ずっと以前の事、友人と二人車でスキーに出掛けたことがあった。

 車で行くスキーはやはり便利なもので、男二人だけとなれば、着替えも車で出来るし、駐車場代を気にするくらいで、何も考えずにスキーを楽しんで帰ってこれる、その時の僕等は実に安易にそう考えていた。

 その日、群馬県と栃木県の県境に位置する山奥深いスキー場で、僕等は日が暮れるまでまで目いっぱい滑り、クタクタになって駐車場に止めてある車まで戻った。

 雪が降り積もる駐車場は、取って付けたような照明に照らされ、他にはもう何台も車は止まっていなかった。

 「キーがない」と、その時突然友人が言った。

 車は友人の担当である。「冗談だろう、落ち着けよ」などと言いながら、二人で友人のスキーウエアのポケットを片っ端からひっくり返してみた。着替えの服も、靴も、財布以外はすべて車の中である。さんざん探してみたが、どこにも車のキーなどない事が分かった。どうやら、スキーの最中どこかに落としてしまったらしい。

 友人は僕の顔をただ呆然と見詰め、僕は「このやろー」と、パンチしたい気分をぐっと押さえた。

 駐車場の入り口の小屋にはもう係員の人影もなく、群馬県の山奥深く、余りの突然の絶望感に僕らは打ちひしがれた。

 しかし、幸いな事に財布だけはしっかりと二人とも身に付けていた。明日には仕事があり、どうしても今日中に東京へ戻らねばならない。もうこうなったら仕方がない、そう開き直った僕らは、なりふり構わず新幹線で東京まで帰る道を選んだ。

 ロッジで何とかタクシーは捕まった。最寄りの新幹線の駅まで急行してもらうと、新幹線の時間にも間に合い、何とか東京駅まではたどり着くことが出来た。

 東京駅に到着後、在来線に乗り換える時には本当に参った。何せスキーウエアにスキー靴なのである。ガチャガチャと音を響かせ、「まるで“機動戦士ガンダム”じゃないか」と、僕は自分の姿を思った。自宅まで帰るその道中、否応なく周りの人達の冷たいーい視線を浴び、本当に顔から火が出るほど恥ずかしい経験であったのだった。

 

 道端で一万円札を拾ったことがある。

 一万円札といえば、単一の紙幣としてはもちろん最高額、100円玉を拾うのとは少々訳が違う。

 ある日の仕事の帰り、駅から自宅へと向かう夜道をとぼとぼと歩いていた。その時、薄暗い街灯の下、何やら紙幣らしいものが落ちているのに気づいた。近づくに連れ、それは紛れもなく一万円札だと分かり、僕は交番へと届けるべく(!)、腰を屈めてその一万円札を手に取った。

 と、その時だった。

 どこからともなく40代くらいの女性が、「それ、私ので−す!」と言いながら走り寄って来た。そして、なんて、ラッキーな日だろうと、一人ニヤニヤしながら立ち尽くしている僕の手の中から(コラコラ)、その一万円札を有無も言わさず掴み取ると、「ありがとう!」と一声残し、どこへともなく夜の闇の中へと走り去ってしまったのだった。

 あまりの一瞬出来事に、僕はその場に立ち尽くすばかりだった。

 紛れもない一万円札が、裸のまま道端に落ちていた事実。

 少し離れた場所から走り寄り、僕の手の中から躊躇なく一万円札をひったくった女性の存在。

 結局のところいくら考え込んでみても、その出来事の答えなど分かろうはずもない。しかし、やはり何がしかの弾みで、あの女性の財布から一万円札がはらりと滑り落ちたと考えるのが一番筋道が通っているような気はする。そして、風に吹かれて飛んでいってしまった自分の一万円札を、腰を屈めて拾い上げる人物を発見して、焦って走り寄ってきた。あれこれと考えを巡らせた結果、そんな仮説で自分を納得させている実に人の良い(!)僕なのであった。

 割と有名なので、知っている方も多いのではないかと思うのだが、JRの品川駅と田町駅の間に線路を横断するための地下道が一本だけある。

 僕は以前にそのすぐ近くに住んでいたことがあり、線路を通り抜けて高輪方面から芝浦方面へと出る際には、その道は格好の横断道路となっていた。しかし、この地下道、実に奇妙な作りなのである。その奇妙さというのは、トンネルの一番低いところでは、路面から天井までの高さが1メートル50センチほどしかないのである。

 もちろん地図にもきちんと記されているし、一方通行ながらも車も通れし、長さも100メートルではきかないというのにである。

 高輪側から足を踏み入れた時、この地下道、最初は「少し低いかな」程度に感じるくらいの天井の高さである。180センチある僕の身長でも、特に問題なく歩いていける。しかし、もう更に歩を進めると、やがて「あれ?」と感じることになる。ある地点から突然に背を丸めなければ通れない高さへと変わるのだ。この瞬間、誰もが引き返そうかと思いを巡らすはずである。しかし、もう既に半分近くまで来ている。当然戻る術もなく、誰もがここを渡り切ってしまう事を考える。そして、なんとこの低い天井、そこから先数十メートルは悠に続くのだ。背を丸めメチャ窮屈な姿勢となりながら、悠然と走り抜ける子供を羨ましがり、時折通る頭上の列車の轟音に驚かされながら、頑なに歩を進めるしかない状態へと陥るのである。それはまるでジャングルの奥地の洞窟探検隊のような様相である。

 そして、この地下道、車にとってもなんとも気持ちの悪い物であるらしい。

 当然トラックやワゴンなどは通行する事はできないが、高さ的に通行可能な乗用車でさえ、理論的にはぶつからない事は分かってはいながら、押しつぶされそうな天井との距離感に相当肝を冷やすようだ。タクシーでも、高さ的には通行できると聞いていたが、最近出たクラウンのコンフォートタイプでは、タクシーの社名の表示灯が天井に擦ってしまうらしい・・・。

 こんな地下道でありながらも、オレンジ色の照明はなかなかデザイン的にも美しく、安全柵で仕切った歩道もあり、テレビドラマのオープニングタイトルなどでも使われたほど整っていて、その使い勝手の悪さとのアンバランスさに、なんとも混乱させられてしまう。

 この道路、いったいどういう趣旨で作られてしまったものなのか、つくづく建設省にでも聞いてみたいと思う今日このごろなのである。

(01.04.13)

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

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