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K's Room Odds & Ends

野比海岸 都心からお手軽なお散歩コース



 神奈川県の三浦半島の南端、東京方面から向かえば、三浦海岸の少し手前に「野比海岸」という場所がある。品川から京浜急行線で1時間くらい、「YRP野比」という駅で降り、そこから徒歩でだいたい10分くらい歩いた場所にある海岸である。

 一応海岸という名前なので、狭いながらも砂浜もあり、夏になれば海水浴も可能である。もっとも僕は真夏にそこへ行った事がないので、正確な様子は分からないのだけれど。

 以前、この「YRP野比」という名の京浜急行の駅は、単純明快に「野比」という駅名だった。駅前にはわずかな商店がギリギリ並んでいるだけののどかな場所で、辺りには畑もちらほらと見え、低い山に囲まれた田舎町の風情がそこにはあり、間延びしたような「のび」という名前が、なんかピッタリだなあ、などと僕は勝手に思っていた。

 ところがである。ある日通勤で京浜急行線を利用した際、車内の路線表示を何気に見上げてみると、「京急九里浜」駅の一つ先、今まで「野比」と堂々と書かれていた場所に、なにやらシールーがペタリと貼られ、「YRP野比」なる文字に変更されていた。
 「YRP?」。何とも駅名としては理解しがたいアルファベットの文字が、よりにもよって「野比」の字の前に堂々とくっ付けてある。まるで、うだつの上がらないプロレスラーのリングネームのようだ。こんなにアンバランスな言葉を、何の躊躇もなく駅名としてしまう京急のセンスはいったいどうなっているんだろうと、その時の僕は思わずにはいられなかった。

 そして、「野比」はいったいどうなってしまったのか?「野比」にいったい何が起こったのか?こんな事はきっと誰も気にも止めないには違いないが、こだわり屋の僕にとって、その事は猛烈に興味をそそられる出来事だった。

 後で分かったことだが、この「野比」駅に近いところに、NTTの広大な研究施設「横須賀・リサーチ・パーク」なるものが建設されたらしい。その施設と京急の一駅との間に何があるのかは分からないけれど、その施設の頭文字が、そのまま「野比」駅の頭につけられて、新駅名「YRP野比」が誕生したようである。
 で、この駅、そしてこの「野比海岸」たる場所が、いったい何なんだというと、僕にとってこの場所が大変お気に入りの場所なんだということを、書こうとしているわけである(また、前置きが長くなってしまった・・・)。

 よく事あるごとに、僕は電車に乗ってこの場所を訪れている。人生における大きな選択を迫られた時、誰一人他人を信じられなくなってしまった時、恋に破れた時(う〜う、くさ)、ヘアピンをミスった時(爆笑)・・・くだらない動機はともかく、かっこよく言わせてもらえば、男には一つくらい存在する、ハードボイルドの世界、自分にとっての隠れ家がこの場所なのである(隠れ家を、発表してしまった?!)。
 ここで思いっきり引かれてしまうと困るのだけど、まあ暇なときにぶらぶらするには、おつな場所ですよ程度に聞いていただきたい。

 京急品川駅から真っ赤な車体の快速電車に乗る。この電車、二人掛けで前向きのシート、窓は大きく非常に快適で、乗車券だけで乗れる車輌としてはずいぶんとデラックスだと僕は思っている。最近では新型車輌も登場し、発車の際にジングルを奏でながら走り出すアイディアは、ちょっと気が利いている。
 もうかれこれ十数年前(ううっ、またまた年を感じる!)、この電車にはじめて乗った時には、余りの車両のデラックスさに、「この電車は絶対に“特急料金とか”が必要なはずだ」と、勝手に思い込んだ程だった。検札が来ないのが変だなあなどと思いながらもこれ幸いと、ムラムラと沸き立ったいたずら心に押されるまま「このまま降りてしまえ!」と、電車を降りた駅の改札口に、どさくさにまぎれるようにヒヤヒヤ乗車券を投げ出し、足早に駅から遠ざかった事を憶えている(キセルする気だったんかい!)。当然、改札口で渡したキップのとおり、乗車区間分だけの料金で良かったわけで、後で考えてみれば、くだらないことで肝を冷やしたものだと思った次第であった(情けない・・・ホント)。

 さてさて、で、この電車、品川を出発すると、横浜を抜け、金沢文庫を過ぎた辺りからは都会の風景も一変して、緑の多い山間の道、トンネル、のどかな田舎の風景の中を列車はひた走るようになる。ときおり左手には海のキラメキが見え、わずか1時間くらいの乗車時間の中、都会を離れた小旅行気分がこの電車は充分に味わえると僕は思っているのである。
 やがて、目指すは「YRP野比」に到着する。改札を抜けると、駅前には小さなバスターミナルが広がっている。ターミナルの道沿いを左に進み、小さな商店街を抜けると、134号線にぶつかる。ちなみにこの134号線、ここを起点として三浦半島を一度南下した後再び北上、そして、遥か湘南の海沿いを西へと走って行くのである。

 大抵週末には大渋滞を引き起こしているこの134号線の横断歩道を渡り、平屋の民家の間の小道を抜け、坂を下り切ると、そこに「野比海岸」がある。

 わずか2キロ程の砂浜が続くこの「野比海岸」、東京湾を挟んだ対岸には大きく迫り出す房総半島が構え、海岸線の南には三浦海岸が、北には巨大な火力発電所の煙突がそびえ立っている。海岸線は最近コンクリートで小さな公園のように整備され、週末ともなるとバーベキューや釣りなどを楽しむ家族連れなどで賑わっている。

 ゆったりと湾曲した「野比海岸」に沿って、たっぷりと幅のある車道が走っている。その車道の脇の歩道を僕はいつも北に向けて歩く。海岸沿いに整備されたこの道路、交通量が極めて少ない所が何とも良い。先ほどの134号線の裏道にあたっていて、わざわざ大回りしてこの道に紛れこんでくる車もないのだ。
 海岸で釣りをしている人や、犬をあそばせている人の様子等をボーッと眺めながら気ままに歩いていくと、やがて辺りに何もない小高い丘の上に国立久里浜病院が現われる。この病院は、やはりそういう環境からなのか、アルコール依存症の人達の療養所として有名なようである。そして、海を望む静かな環境という絶好のロケーションの中に立つこの病院は、北野武の「HANABI」や、長渕剛の映画など、何かというとよくロケに登場している。

 お散歩タイムはここで終わりである。そして、今度は、この病院の入口のバス停で久里浜駅行きのバスを待つ。ボーッと海に向かって、なかなかやってこないバスを待っているこの時間もなかなかおつな物である。バス停には、病院に見舞いに訪れた人、退院する人達等がいて、たいがいちょっとした人間模様を見ることとなる。
 
 たくさんのウインドサーフィンの帆が、色鮮やかに海の上を走る様を眺めながらバスは海岸線を走っていく。大きく左に海岸線を離れ、トンネルを抜けると、ペリーの来航のあった久里浜港へと入っていく。
 金谷行フェリーの発着所、ペリー来航の記念碑、自衛隊の駐屯地などを通りすぎるとやがてバスは「京急久里浜」駅へと到着する。そして、僕は京急が乗り入れている路線の沿線に住んでいるため、ここでは最低区間の130円のキップを買う。「京急久里浜」駅から再び同じ電車に乗り込み、はるばる自分の駅の改札口迄やって来ると、ここで、すました顔で定期を使って改札を出るわけである(って、また、キセルかい!!すいません、もうしません)。

 まあ、ざっとこんな感じで、この「野比海岸」小旅行は終わる。事あるごとに、こんなワンパターンの旅を僕は楽しんでいる。いったい何が面白いんだと、この文章を読んだ方の中には訝る向きもあろうかとは思いますが、機会があればぜひ天気の良い日などに足を運んでみていただきたい。「海を見たい」などという、キザな気分を満たす程度には、充分満足できる場所だと僕は思うのである。

(00.9.15)

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

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