本文へスキップ

K's Room Odds & Ends

伊豆半島最後の秘境 爪木崎と九十浜



 南伊豆の須崎半島に、爪木崎と九十浜という二つの海水浴場がある。
 須崎半島というのは下田から車で5分くらいの場所で、東京方面からは伊豆半島の国道135号線をひたすら南下し、白浜を通りすぎて1キロくらい先を左に曲がったところだ。
 その場所はかれこれもう10年くらい、僕が夏になると欠かすことなく通いつづけているお気に入りの海水浴場なのだ。

 伊豆の東海岸と言えば、熱海、伊東から始まって、今井浜や、白浜が有名所ではあるが、知る人ぞしるこの二つの海岸は、水質の良さや、魚の種類の豊富さではちょっと他とは比較にはならない。白浜の海は綺麗だ、などと言って満足してしまっている人には、ぜひ1度訪れて欲しい場所である。

 須崎半島に入って、くねくねとした上り坂を10分くらい走る。途中三叉路に差し掛かったら左へ、野菜の無人販売所や、リゾートマンションを通り越すと、皇室の御用邸に差し掛かる。その物々しい雰囲気にはなんとなく圧倒されるが、それから数百メートル走った左側に、九十浜海水浴場の駐車場がある。
 有料駐車場に車を止めると(去年までは無料だったのに!)、最初にここを訪れた人は必ず、「さて、どこに海があるのだろう」ということになる。
 実はここから先に、須崎半島最大の難所が待っているのだ。
 九十浜という海岸は、断崖絶壁に挟まれた、駐車場の位置から砂浜まできつい傾斜の斜面が100メートルくらい続く、砂浜の長さわずか数10メートルのまさに秘境中の秘境なのである。 
 この砂浜までのエントリーの方法は三通りあり。一つは、鬱そうとした林の中にくねくねと作られた階段を下りて行くコース。もう一つは、視界の先に見える砂浜まで一気に舗装された道を直線で降りるダウンヒルコース。もう一つは緩やかな坂で大きく遠回りして降りて行く迂回コースの三つだ。どの道も言うほど簡単には下りられず、重い荷物を持っての砂浜までの道は、汗だくなるのは必至である。

 僕は大抵駐車場から一番近い場所に入口のある階段コースを選んで歩いて行く。
 鬱そうとした林の中に入れば、ギンギンと照りつける太陽の光も届かず思いの外涼しい。でも、引っ切り無しにやって来る蚊の来襲には少々悩ませられる。
 やがて、いい加減道にでも迷ったんじゃないかと思い始めた頃に、木々の間に少しだけ開けた視界からエメラルドブルーの海が飛び込んでくる。僕はこのプロセスがたまらなく好きなのだ。このシーンに出くわした瞬間に、“ああ、夏だなあ”と、毎回一人感慨に耽っているのであった。

 砂浜は断崖が剥き出しの山に挟まれていて、北側の斜面は皇室の御用邸の敷地となっている。御用邸との境界には有刺鉄線の張り巡らされたフェンスが張られて、歩哨小屋まである。海に入ってから、ついつい夢中になって水面から顔も上げずにうっかり御用邸の領域へでも泳いで行こうものなら、たちまち警備の人に笛を吹かれて追い払われる事となる。それでも無視して上陸でもしようものなら、間違いなく射殺である(まあ、それはないか・・・)。
 それにしても、青い海と、真っ白な砂浜、そして、歩哨小屋というなんともアンバランスな風景が、またこの海岸の特徴なのである。
 海は遠浅で、所々で岩が顔を覗かせている。台風でも波が荒れない入江で、岩が多いという地形から、魚達の餌も多いらしく、実に様々な種類の海の生物を見る事が出来る。透明度が良い時ならば4、5メートルくらいの深さまでならゆうに海底を確認する事も出来る。
 今年の夏、この海へ行った時には、うんざりするほど続いた晴天のおかげで特に海の状態が良く、びっくりするくらい多くの魚達を見る事が出来た。
 マスクを付けて飛び込んだ瞬間に、何百匹というベラの大群の中に飛び込んでしまったり、砂に隠れている大きなひらめを見付けたり、ふぐや、ボラ、青や、緑の色の着いた様々な魚達を見る事が出来た。
 この砂浜には、海の家が一軒だけある。ここは、地元の村でやっている売店とのことで、とても愛想が良いおじちゃん、おばちゃんがいて、僕はこの店の感じがとても気に入っている。ただ食べ物は、カップラーメンと、“売れるだけのおにぎり”くらいしかないので、食事を考えている人にはちょっという感じである。特におにぎりは人気があり(爆笑)、お昼を境にあっという間に売り切れてしまうから要注意である。

 須崎半島の道を九十浜の駐車場に入らず、2、3百メートルも通り過ぎた突き当たりに、爪木崎という海水浴場がある。こんなに近い距離にありながらも、ここまで対比している海水浴場も珍しいのではないかと思うくらい、この二つの海岸の成り立ちは違っている。
 駐車場に車を入れると、その駐車場を取り巻く形で、みやげ物屋を兼ねた海の家が5件くらい並ぶ。呼び込みのおばさん達の賑やかな声も響き、ここではなんとなく一般的な海水浴場に来た雰囲気が味わえる。
 駐車場からの眺めが良く、百メートルくらいの小さな湾を見下ろすと、ぐるりと小高い丘が囲み、正面の小高い丘の上青い空の中には、湾に集う海水浴の人々を見下ろすかのように、白い灯台がそびえ立っているのが見える。
 海水浴場ではありながらもここ爪木崎の海辺には砂浜がなく、ごつごつとした小石を敷き詰めたような地面が広がっている。地面に直接ビーチマットを敷いて適当に場所を取ると、どこかのキャンプにでも来たような気分になる。
 もっとも、実際キャンプのようなスタイルを取る人達が多く、特にここ1、2年は巨大なテントや、様々なアウトドア用品完備で、大きく場所を占拠して、もうもうとバーベキューの煙を上げている人達が目立つようである。

 海には大きな岩礁が湾の中程にどっぷりと構え、この岩礁の周りにたくさんの魚達が集まっている。魚の種類は、九十浜にいるものとさして変わらないが、特にこの湾の“主”である、ウツボがいるのには気をつけなければならない。特に今年の夏に行ったときには軒並みウツボとにらめっことなり、少々うんざりした。

 この二つの海水浴場とも、小じんまりとしていて、どこかのどかな雰囲気が漂っている。“適当な場所に”ブイはあるものの、ライフガードなどは一切存在しないので、本当に自分の責任で沖に出ていかなければならないのが、スリルがあってまた良い。 

 エメラルドブルーの海や、色とりどりの魚などと言うと、「伊豆辺りで大げさな」などと言う人がいるかもしれないが、百聞は一見にしかず、そういった方にこそぜひ一度訪れて欲しい二つの海なのである。

 この文章を読まれて興味を持った方にも、だまされたと思ってぜひ一度行って頂きたい。その際には最低線、水中メガネをお忘れなく。

(00.8.21)

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

スポンサー広告