私が愛した世界の女たち

                  
vol.008


 中国 上海ホステス


 クラブの入り口に小姐が待っていた。
「さっき電話したとき、ぼくって分かった?」
「大体わかったよ、名前は忘れていたけど」
「なんで、分かるの?」
「日本人の発音だし、なんとなく」
 席に案内されたあと、彼女は5分くらい戻らなかった。
「あー疲れた」
「どうかしたの?」
「他のお客さんに呼ばれたの。中国語が勉強したいから家庭教師して欲しいって言うの」
「それで?」
「冗談と思ったんだけど、本気らしいから、出来ませんっていったの。でもあなたは可愛いし、是非やって欲しいって、しつこいの。断ったわよ。だって、おかしいでしょう。可愛いのと勉強とは関係ないじゃない」
「でも先生が可愛ければやる気がでるよ」
「そうかもしれないけど・・。日本人って、おかしいわ」
「上海で仕事してるんだから、それくらいじゃないとやってられないんだよ」
「ふうん、でも知らない人の家に行ったら危ないでしょ。怖いわ」
「大丈夫だよ」
「そうかしら?」
「ねぇ、ぼくが家庭教師して欲しいって言ったらしてくれる?」
「うん、するわ」
「なんで?怖くない?」
「大丈夫よ、あなたそういう人じゃないもの」
 彼女は黙り込む癖がある。そんな彼女の無表情の美しさに惹きつけられた。
「まだ22歳なの、若いわ、22歳、30歳、40歳。・・80歳、もう死んでるわ。面白くない人生ね」
 人生を空しく思っているにも関わらず、彼女は生活のために日本語を勉強していた。
「文法が苦手なの。選択問題とか良く分からない。会話はこうして仕事で使ってるからまだいいけど」
「勉強すればきっと大丈夫だよ」
「駄目よ、バカだから」
 閉店後、ぼくたちは近くの夜食屋にいた。彼女は黙ったまま鶏の足をほおばっている。愛おしいと思った。
「シューマイも食べる」
「ありがとう」
 ビールを飲み干すと少し眠くなった。時計の針は深夜の2時半を指している。
「明日、仕事でしょ。もう帰りましょう」
「ねぇ、家来ない?」
「え、何?」
「家来ない?」
「何しに」
「いや、何するわけじゃないけど」
「不行!(駄目ッ)」
 ぼくの人生も面白くない。
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(上海在住・風狂散人)

 

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