記事にされた人たち


Vol.012 谷本澤子
       
〜 宝塚ジェンヌを娘に持つお好み焼き屋「杏奈」 〜  



 東京在住の女の子が大阪にやってくるとお好み焼きのはしごをする。大阪イコールお好み焼きという図式は全国的に定着したようだ。お好み焼きチェーン店「鶴橋・風月」の三田さんは「お好み焼きは自分の家で食べるのが1番です。2番が風月です」と上手いコメントをしていた。さて、今回はお好み焼き屋「杏奈」である。
 この店は他のお好み焼き店とは少し雰囲気が違った。女性客のほとんどが宝塚ファンである。店のオーナーでおかみさんでもある谷本澤子さんの自慢は苦労して作り上げた特製ソ−スと宝塚歌劇団にいる娘さんだ。
「ほんまは喫茶店をするつもりやったんやけど、不動産の人がお好みがええと勧めたんよ」
 娘の初舞台と同時にお好み焼き「杏奈」を開店させた。娘さんは宝塚・花組の町風佳奈。
「初舞台の娘の踊りを見たけど、あれやったらウチのほうがうまいと思たわ、こんなん、いうたら娘に怒られそうやな」
 谷本さんも若い頃にダンスを習っている。
「クリスマスパ−ティはタンゴ・バンドで踊ったわ。そやけどウチは洋裁学校生やったから男性がおれへんの。パ−トナ−を捜すのが大変やったわ」
彼女はお気に入りの相手に(シャル・ウイ・ダンス)と言ったのだろうか。
「ホンマはウチが宝塚に入りたかったんやけど、母親が高校を出とかなアカンてゆうたから」
 その母は孫が宝塚に入ったことを知らずして他界した。
「モダンな人でレビュ−や映画が大好きでね。娘のことを知ったらどれだけ喜んだことやろか・・・」
父は老人ホ−ムに入り老人たちにダンスを教えた。その父は谷本さんにビリヤ−ドを教えている。
「16歳から始めてそこそこ自信がついたので大会に出ようとしたんやけど。女は出場でけへんの。昔はそんな時代やったんよ。悔しかったわ」
青春時代はハスラ−だった谷本さんは負けん気が強い。その血は娘にも流ているのだろう。宝塚に入るのは大変だ。お好み屋には娘の町風佳奈の写真が飾られてある。この母にして、というよりは、鳶が鷹を生んだ。そんな感じがするほど娘さんはフランス人形のように可愛い。
「ウチとこは元々『生駒餅』という和菓子屋をしてたんよ。子供の頃は砂糖漬のような女の子と言われてたんやで」
 ペロペロと舐めたくなるような女の子だったのだろうか。今の写真からは想像できない。
「ちゃうがな、お菓子ばかり食べても歯がええ女の子やった、ということやんか」
 谷本さんは今でもきれいな歯並びをしている。彼女はいったい幾つなのだろう。
「宝塚は年齢がないの。だから内緒」
 お好みが焼き上がった。
「こうして元気で働けるのがええの」
 母の願いは娘が結婚して幸せになること。その願いを娘、町風佳奈がかなえるのはいつだろうか。谷本さんはスミレの花咲く頃と口ずさむだけであった。

この取材から数年後、谷本さんは店を閉めた。娘は結婚したのだろうか。04年春、歯科医で偶然に会った時は「まだやねん、誰かええ人おれへん」と複雑な顔をして笑っていた。

(写真「日刊ゲンダイ」川西正治)

 

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