稲荷さまのお祭り

 暑い夏が終って秋風が吹き、赤とんぼが出る頃になると、愛宕神社の稲荷さんの祭りがやってきた。

                                      


 昔は、秋季皇霊祭といって、天皇陛下がその年にとれたお米を、伊勢神宮へ奉納しなる儀式が行なわれる大事な日やと、学校の先生から教えられたもんや。
 今は彼岸の中日と呼んで、お墓に参って先祖の供養をする日になっとるが、昔の子供にとって、 この日の来るのが待ち遠しかったな。

 朝、ふとんの中で寝とると、小学校の下の方の子が、「稲荷さまのお祭りや、夜が明けたら参とくれ」と太鼓の音に合わせて,節をつけて呼びながら、表を通って行った。小さい時分は、その太鼓が叩きとうてしやなかったが、昔は上下のけじめがしっかりしとって、上級生の指名がないと太鼓が叩けなんだんやで。

 この日は、赤谷の子供は愛宕の稲荷さまに何回も参って、公園の芝生の上でごっそうまんまを腹いっぱい食べることのできる日やった。その時分は、おっかさんがごっそうまんまを炊きなることが、年に数回しか無かったもんで、それにありっけるってことは最高の贅沢やったんやで。

 太鼓の音が、遠くの方からだんだん近づいてくると、もうじっとして寝ておれなんだな。おっかさんが朝早う起きて炊きないた、牛蒡や人参、あぶらげの入ったごっそうまんまを、弁当箱につめてもらって、向かいの一ちゃんや宏っさん、上の実ちゃんたと連らって、夕方になるまで3回も4回も草原に腰をおろいて、もう氷たんぼの上の山の栗がはぜる頃やで、今度の休みに拾いに行くことや、もう堀越の高谷のあけびがえむ頃やで、ここへも行ってみまいかとか、鬼谷の用水のしじみが出る頃やでご飯を食べながらよう話いたな。

 女の子では、小森の咲ちゃん、片桐の富美ちゃん、野田の八重ちゃん、和田のすみちゃんなんかよう来といでたな。
 昔は、稲荷さんは愛宕神社の横の岩に囲まれたとこにあったが、長い間の風雨に曝され崩れてしっまって、今のところへ移転したりして、愛宕公園全体も昔とかわってしまたんやで。
 自然の中で町内の同じ年頃の子供達が、朝から夕方近くまでようあそんだ幼い頃が懐かしいな。

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