12月議会議会
竹内久幸
2000/12/15

 浅川ダムについて知事にお尋ね致しますが、 私の質問時間は10分でございます。
 浅川ダムの問題は大変重大な問題でございまして、幾つかの多くの質問したい内容がありますが、絞って質問を致します。したがいまして知事にお伺いしたい内容が多くございますが、本会議では地域の実情に絞って質問させて頂き、後は所管の土木住宅委員会への知事の出席を求め、残った課題について直接、お伺いすることをお許しを頂きたいと思います。

浅川ダムについて

竹内質問
田中知事は「神戸震災日記」の中で神戸市長に対し、同市の都市計画審議会で可決された「防災モデル都市」案について、その復興のやりかたは間違っているとして、「民主主義とは、たとい、時間が掛かろうとも愚直に話し合いを重ねて、しかる後に数の論理で決着を付ける制度です。・・・」と主張しております。
 また、今議会での答弁でも、「プロセスのためのプロセスではいけない。」 と答弁しております。 しかし、私は浅川ダム問題については、少し違った経過を経ていると思います。
 それは、知事自らが言っている「なぜ20年もかかっているのか。」ということです。
 あえて経過をお話しますが、浅川流域では過去280年間に、約5年半に1回の水害が発生しております。この事態に昭和48年には一市2町で構成する浅川改修期成同盟会が組織され、浅川の抜本的改修のため国、県に向かって本格的働きかけが行われて来ました。そして、昭和52年にはダム建設も含む抜本改修に向けた「調査」が採択され、天井川の改修やダム建設予定地の代替道路工事などの整備が行われて来ました。この間、この事業に関係する地域への説明や地権者交渉などに何回、何度と説明が求められ年月を要したことは言うまでもありません。
 また、全国的に公共事業の見直しが叫ばれ、地附山の地滑り災害以降、ダムの安全性が指摘される様になり、ご存じ通り県においては安全性を検討するための「技術検討委員会」が設置され専門の学識経験者により検討が行われました。また、議会の指摘もあり住民への説明会も行われています。
 私もこの経過の中で、ダムの安全性について心配しましたし、他の方法についても検討致しました。しかし、浅川が急峻な構造であり、下流域に土砂が運ばれ天井川を形成して来た歴史、上流の飯綱高原には干害用ため池が6箇所あり、もしこれらのため池が決壊すれば調整池では止められないこと。下流域のみならず人家の密集する中流域が水害の不安にさらされていることを考えると、地形的に上流部への調整池の整備は困難であることなどを考えると、「技術検討委員会」がダムの安全対策について結論を出した時は地域の皆さんと一緒に安堵致しました。
 私は、この経過について、阪神・淡路大震災の時その対応について、現田中長野県知事が当時、ボランティア活動を通じて一人の「私」(私として)として、「公」である神戸市長や兵庫県知事を強烈に批判した気持ちは分かります。でも、浅川ダムに関する経過は、私は、これまで災害に我慢して来た住民の気持ちがわかるだけに「プロセスのためのプロセス」では無いと思いますし、議会における本体工事の議案採択は、「しかる後に・・・決着を付け」たと確信しています。
 私は「神戸震災日記」を読ませて頂き、阪神・淡路大震災の同じ年の平成7年7月に、浅川が氾濫し1000世帯の住民に避難勧告が出され時のことを思い出しました。
 私も、この時、居ても立ってもいられず、避難場所へ行きボランティアを行いました。突発的な災害では行政にも混乱が生まれ、疲労が重なるに付けて及ばない点も出てきます。また、避難された住民の皆さんも自分の家は大丈夫だろうか、いつ家に帰れるのだろうか。と、イラダチが目立つ様になります。この時のイラダチは情報がなかなか入ってこないことでした。私は、何度も現場に行き情報を伝えたり、土のうの手配をしました。そんなとき、ある政党の皆さんが避難所に入って来て、避難されている皆さんにマイクを持って挨拶し帰って行くのを見て、私の横にいた方が「いったい、何をしに来たのか。」と呟くのが聞こえました。この災害は阪神・淡路大震災に比べれば比較にならないかも知れませんが、貴重な経験をされている知事であれば避難された皆さんの気持ちが何を望んでいたか、お分かり頂けると思います。
 また、千曲川や浅川、そして浅川へ流入する支川流域の区長さんや用水管理者の皆さん、排水機場管理者の皆さん、消防団の皆さん、そして私ども議員は、これまで集中豪雨などの度に大変な苦労の歴史を重ねて来ました。それは、その度に地区の皆さんの安全を守るために河川を見回りし点検することが役目なのです。用水管理者の中には浅川へ流入する水門管理のために年に100回近くは見回りに行くと言っておられる方もいます。浅川ダムも含む総合治水対策は、こうした長い水との戦いの歴史の上に、「現場主義」が否応なしに日常生活である、流域の皆さんの苦悩と努力によって積み上げられて来たのです。 昨日の答弁で知事は車の中に「水とビスケット」を入れていると言われましたが、私どもの車の中には「カッパとゴム長」必需品なのです。
 これまで水害と闘って来た皆さんの気持ちは、知事の現地調査や対話集会について「たったの一日で、判断出来る内容ではない。これまで積み上げてきた苦労は、どうなるのかと・・・・」とこう言葉となっています。
 今、これらの皆さんは「検討委員会を作って多角的に検討する」ことに不安を抱いています。なぜなら、あの対話集会の異常な雰囲気から賛成・反対それそせれの活動が活発化し対立色が強まったり、再検討した結果、前と同じ様に、もし一人でも反対する方がいれば、出口が無く身動き出来い状態になるのではないか。一端結論を出した「技術検討委員会」の学者の皆さんの多が、再検討と言っても受けてもらえないのではないか。こんどはどんな方に検討をお願いすのだろうか。ということです。
 そして、それらの皆さんの今の気持ちは「反対のための反対や、賛成のための賛成でなく、水害を無くし、地域住民の命と安全を一日も早く守るためには、どうするか、早期に結論を出して欲しい。」ということです。
 そこで、田中知事はいつ頃結論を出されるのか、明確な時期を示す説明責任があると思いますが、はっきりとした答弁を願います。
 また、新たに設置する委員会の委嘱する構成員メンバーの考え方についても明確にして頂きたいと思います。

田中知事答弁
 唯今の、竹内議員のご質問にお答え申し上げます。
 中程で、おっしゃられました様に、反対のための反対派でなく、また賛成のための賛成派ではない議論ということは、私も繰り返し申し上げていることでありまして、大変にありがたいご発言だと、この様に思っております
 まず、浅川の治水対策に対してでありますが、新しく設置致します検討委員会で多角的な治水対策について検討するということは、繰り返し申し上げているところであり、また、その内容についても検討中であり、出来るだけ早急に報告出来る様にと考えております。  そして、その設置致します委員会の構成メンバーに関しましても、これは多様な分野よりの人選を考え検討中でございます。


浅川の総合治水対策について

竹内質問
次に、浅川の総合治水対策について、何点かお尋ね致します。
 一つは、千曲川対策についてですが、浅川の抜本的治水対策はこれまでの対策とともにダムが出来ても現状の千曲川の形態では下流域の水害は解消しないと思います。そして、そのために排水機場の能力アップを行ったとしても、昭和58年59年と連続して飯山や中野で大変な災害が起きたことを考えると、千曲川の抜本的改修が課題となります。しかし、狭隘で問題となっている中野市の立ケ花より下流の現状は、堤防整備を必要とする延長62キロに対し、25キロが慨成しているという状況であり、県の管理する部分も含め何時になったら抜本的な対策が出来るのか見通しがたたない現況です。
 こうした市町村を広域的に流れる河川については、県が責任を持って国に対して強力に要請し早期に流域の安全をはかることが、役割と責任だと思いますが、県管理部分の取り組みも含めた知事のご所見をお伺い致します。
 また、千曲川下流域の改修状況と立ヶ花改修の見通しについて、お尋ね致します。
  二つめは、浅川下流域の護岸改修が終わっていない箇所について、早期に整備することについて今後の展望を知事にお伺い致します。
 三つめは、浅川へ流入する支流の治水対策についてであります。
 知事は浅川の総合治水対策を検討する提起として、千曲川の浚渫、みどりのダム、水田の保全などをあげていますが、私はダムの建設を前提として、浅川へ流入する支川の水を洪水時に極力抑制する雨水調整池の整備も欠かせない課題だと思います。
 長野市の中心部から東北部地区は善光寺の門前街として発展し、善光寺やそこに通じる街道沿いに集落が形成され、上流部が中心市街地、下流部が農業用地となっています。昔から裾花川より農業用水を引き入れ、下流に行くに従って枝分かれし活用するため、下流では水路断面が不足する構造となっています。そして、昭和40年以降、上流での開発が進むにつれ、下流域での都市型水害が発生する様になりました。中心市街地の水は、最終的には柳原機場を経由するか、浅川を経由して千曲川へ流入する構造となっており、千曲川の水位が上昇した場合には逆流を防止し、排水機場で内水をポンプにより千曲川への放流手だてが取られました。
 つまり、この県庁の水も知事がお住まいのマンションの水の一部も、浅川へ流入しているのです。
 本来の浅川が一級河川としての役割をはたしていれば、水は高いところから低いところに流れるのであり、浅川へ流入する支川も、下流部から河川改修を行える構造であれば、この様な悩みを長野市が抱えることはありません。
 私は、浅川の総合治水対策として、流入する支川への調整池等の整備についても、県と市が連携し協力しあう施策として県費補助を行うべきと思いますが、知事のお考えをお尋ね致します。

田中知事答弁
総合治水対策に関してでございますが、広域的に流れる河川の安全確保に関する取り組みは、従来から地元市町村と歩調を合わせ改修促進を国に対して強く働きかけておりまして、今後もこうした改修促進の働きかけを国に対して強く行ってまいります。
 浅川の総合治水対策、千曲川下流域の改修状況と立ケ花の本改修の見通しについてでございます。千曲川の浅川合流地点より下流の管理は飯山市湯滝橋付近までを建設省が、その下流を長野県が行っております。中野市立ガ花の下流で堤防整備が必要な延長は約62キロで、現在までに約25キロが慨成している状況でございます。国と県はまず無提地区の解消を目指して順次事業を行っておりますが、整備が必要な無提地区が引き続き多く残されておりまして、取り分け建設省が行う立ケ花の改修の時期は明確にはされておりません。
 また、県管理区間を国管理区間にする見通しについてですが、飯山市湯滝橋付近から新潟県境にかけての22キロを長野県が管理しております。県としては千曲川は、国による一貫した管理が望ましいと考えておりまして、県管理区間を国管理区間へ編入する様強く働きかけております。
 国もまた、今年度中を目途に国管理区間の見直しをすると、この様に言っております。
 浅川下流域におきまして現在護岸改修が、まだ行われていない部分の延長は約2キロメートルでございまして、今後もこれらの護岸改修の整備を目指して事業推進に努めてまいります。
 そして、調整池整備への県費補助でございますが、これらの整備については市町村主体の下水道事業で実施されており、国庫補助の対象となっておりますことから、現時点での県費の補助は考えてはおりません。
 以上でございます。

時間切れとなり削除した箇所
しかして、58年、59年の台風による災害は千曲川下流域でも甚大な被害をもたらし、この方策では限界があることを痛感させられました。つまり、長野市の河川の構造は、水害と闘う宿命を背負っているを痛感させられたのです。さらにこれまでの水害発生の経過の中で、「上流からの余分な水は流すな」などの上流下流住民との深刻な利害の対立も生まれる様になりました。
 市ではこれらを教訓として昭和59年頃から横浜の鶴見川総合治水対策などを参考にしながら、本格的な水害対策に取り組みはじめました。それは、雨水調整池の整備や透水性の舗装の導入、建築確認時における各家庭への雨水浸透桝の設置指導、開発行為における指導の強化等々です。例えば浅川へ流入する支川でも運動公園地下調整池や中越調整池など既に6つの調整池や15の小中学校グランドに調整機能が整備されています。
 長野市の取り組みは、下流での同じ水害に苦しめられている市民や市町村のことを考える時、一人一人の市民が水害を無くすために何が出来るかの検討も含め、私は総合治水対策として正しい選択だと思います。しかし、抜本的対策に至るにはもっと本格的な調整池が必要ですが、整備には用地買収をはじめ多額の費用を必要とします。国の補助制度では雨水渠整備事業など下水道整備と重複する制度はありますが、下水道整備事業そのものが真っ只中の状況にあり躊躇している現況もあります。


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