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「治水・利水ダム等検討委員会条例」を、なぜ提案したのか。
 
県議会議員 竹内 久幸     

はじめに
 2月20日、突然出された田中知事の「脱ダム宣言」と「下諏訪ダム中止」の意向は、2月22日から招集された2月定例県議会を「ダム県会」と報道されるほど、県民が注目する中、活発な論議を展開することになりました。
 私は、戦後長く続いてきた自民党政権のもとで公共事業が政治との利権や癒着の構造を作りだし、一方で官僚の大手ゼネコンへの天下りや同様な構造を、都道府県や市町村でもシステム化させてきたことを改革しなければならないと思いますし、「公共事業の見直し」を求めることは、こうした利権構造を排除する意味で必要なことだと思っています。
 また、ダムについても堆砂の問題や生態系への影響、自然破壊など将来への影響を危惧する一人であり、ダムの中には公共事業確保のために「建設先にありき」で予算確保が目的化され計画されて来たものがあることも知っています。
 そうした意味では「今後できる限りコンクリートによるダムは造るべきではない。」とする「脱ダム宣言」の理念は否定するものではありません。
 しかし、私には急峻な地形を多く抱える長野県での治水を考える時、「下諏訪ダム中止」という決定は唐突ではないかと思いました。なぜなら治水は、私の過去の経験からも、先人が大変な努力をして来たにもかかわらず解決されていない例が多く、一瞬にして結論を出すことは、返って将来に禍根を残すことになりかねないと思うからです。
 また、知事が中止や見直しを表明したダム計画は、どれも過去における災害の歴史や利水の確保など、地元市町村や県、国との検討の結果計画されたものであり、例えこの計画決定のプロセスに問題があったとしても、関係市町村や住民に「中止決定」の後に知らせる「トップダウン」方式は到底許されることではなく、増して「治水」ということに関しては絶対あってはならないことだと思いました。
 しかし、知事は「下諏訪ダム中止」について関係市町長に伝えたのは記者会見の後、電話で伝えたということであり、「説明責任」を果たしていなかったのです。
 地方分権の推進は、国のみならず県の権限も市町村に出来る限り移譲するために何をするのかといういうことが課題です。しかし、これまでの知事の手法は、市町村と連携すると言いながら逆に地方自治法によって担保された知事権限を最大限発揮し、市町村が積み上げて来た経過や施策を否定していると言わざるを得ません。
 私は、地方分権の推進は、一番住民の接点である市町村(単位自治体)が、住民の選択により住民のために独自の個性ある施策を実施する条件整備を行う環境を、どのように構築するのかが今問われているのだと思います。国の財源移譲など国政による課題が多いことも事実ですが、中2階としての県政の役割は自らの権限を市町村に出来る限り移譲し、市町村と県との役割分担を明確にすることだと思います。しかし、田中知事のこれまでの手法は、この私の考えに逆行していました。
 私は、こんな気持ちから2月定例県議会において「治水・利水ダム等検討委員会条例(案)」を提案しました。その理由は、治水・利水は党利党略や賛成・反対という2極対立でなく、「どうすれば流域住民の安心と安全が確保できるか。」将来に渡って、その河川と付き合って行く住民自らが検討し結論を出すことが不可欠であり、その結果、流域の総合治水対策と河川愛護等への市町村の施策と役割、住民の参加と責務が生まれると思っていたからです。
 そして、この「条例」は可決されました。しかし、可決にあたっては、それぞれの会派や議員の思惑や「脱ダム宣言」に対する温度差があったために、マスコミの報道の多くは「脱ダム宣言」に対する対抗策などと報道し多くの県民がこの「条例」の真意を誤解して捉えているのではないかと思います。
 また、田中知事も「条例は尊重する。」として検討委員会の設置を行うことを表明しましたが、最近になって「検討委員会の検討結果が出ても、最終的に結論を出すのは知事。」という趣旨の発言を行うなど、治水の原点が分かっていない様相が見受けられます。
 そこで、今後この「条例」により、問題となる流域ごとに設置される「部会」での検討が、真に「治水・利水」を検討する部会として機能し、住民参加と徹底した情報開示が行われ、流域住民が納得できる総合治水対策が得られることを願い、この文章を掲載していただくことにしました。
 特に、自治体で働く皆様にお読みいただき、今後の活動に少しでもお役に立てればと願っております。
  
条例案提出に至る経過と決意の理由
 2月20日、22日からの2月定例県議会を直前にして突然出された「脱ダム宣言」と「下諏訪ダムの中止」。私は100年・200年後の子孫や自然などの環境を考え「今後、出来る限りコンクリートによるダムは造るべきではない。」とする「脱ダム宣言」の理念は理解しつつも、賛成・反対両派が対立する下諏訪ダムを突然中止するという知事の手法は理解出来ませんでした。
 実は、私は昨年11月22日行われた知事の浅川流域の現地視察後の対話集会に出席し、賛否両論活発な論議が行われる中、集会の最後に知事が「浅川ダムは一時中止し、新たに検討委員会を設置し検討する。」と言われた時から、「たった一日の視察と対話集会で判断出来るのか。」と知事の手法に疑問を持っていました。
 そして、この手法について、高知県の橋本知事が県民参加で取り組もうとしている情報公開や説明責任、施策の決定プロセスの明確化、国や市町村との関係、職員の仕事の進め方、財政運営、県民参加などをルール化した「自治体基本条例」的なものが出来ないか考え様になりました。
 昨年の12月議会終了後から2月議会にかけて、私は本を買いあさり「何かないか」探していました。すると自治体理論を研究している法政大学教授、松下圭一著「自治体は変わるか」(岩波新書)の中に、自治体議会に改革構想として、「条例づくりと自治体法務」という文章があり、「自治体基本条例」の考え方が述べられていたのです。しかも新地方自治法のもとで、地方議会を地方分権の時代に対応する政策立案能力を持った議会として、どう改革するか。まさに私が考えていたテーマがありました。
 また、私はこの間に兵庫県や横浜市などの先進的な治水対策について視察するとともに、国土交通省にも行き担当の方から現状の治水の制度等についても教えていただきました。
 2月定例県議会に入り、2月28日からは各会派の代表質問がはじまりました。そして、各会派の下諏訪ダムに関する質問に対し、知事答弁は、ダム中止に伴う明確な代替案を持っておらず、しかも「ダム中止は撤回するつもりはない。」と語気を高めたのです。
 私はこの時、「治水は、イデオロギーや反対・賛成で決めるものではなく、どうすれば流域住民が安心して生活出来るか、住民も含めて納得が行くまで話し合って決めるべきである。」「代替案が明確で無いのに、知事は今中止を決めれば、説明責任を果たしたことにならず、後世に禍根を残す。」と考え、「総合治水対策検討委員会条例案」を提案する決意をしました。
 後で触れますが、浅川ダムの一時中止を知事が打ち出した対話集会の時、私は会場にいて、自分がこれまで水害を撲滅するために取り組んで来た過去を思いながら、「ヤジ」が飛び交う異常な状況で判断されることが、反対派にとっては「これで勝った。」で祝杯をあげることになるかも知れない。しかし、下流域で水害に苦しんで来た皆さんの気持、或いは、上流域に生活し当初はダム建設に反対し様々な条件をクリアしながら賛成となった皆さんの気持ちは、それで治まるのだろうか。公共事業見直しの流れや、賛成・反対という図式の中で本当に水害に苦しんでいる被災者の声は表に出ることなくして結論が出されるとすれば、それは政治ではない。ということを私の心の痛みとして感じていました。
 その後私は、「閉塞した日本や地方自治体の民主主義の改革を掲げる田中知事の誕生により、治水ということについても縦割り行政を改革するチャンスである。だだ、浅川ダム一時中止や脱ダム宣言による下諏訪ダム中止に至る知事の手法は、どう考えても間違っている。立派な理念も先をあせり手法を間違えれば必ず反動が来る。これまで市政や県政を通じて、私が追い求めて来た治水対策について、今、自分の思ったことをやらなければ何のために議員になったのか。」と自分に言い聞かせました。
  
条例案のポイントと作成に至る若干の経過

素案(たたき台)の作成
 3月1日、朝10時から開催された私の所属する社会県民連合の団会議。私は「脱ダム宣言の理念は共鳴するが下諏訪ダムの突然の中止については、その手法を理解出来ない。」として、自分が考えている条例案の内容を話しました。 すると会派の反応は「明日の団会議までに素案を示して欲しい。」ということでした。そこで同席していた社民党県布目連幹事長に「私はこれから議会もあるので、夕方までに素案の品型を作って欲しい。」と言って、国の「河川審議会施行令」と県の条例の品型を取り寄せ、条例に盛り込むべき考えとして、検討委員会の会議の原則公開、情報公開、流域ごとの協議会の設置、住民参加のための広聴会の開催、時限立法的な要素などを箇条書きにして渡しました。そして、その日の夜、布目氏の作成した条例案素案がメールでとどき、私の作業がはじまりました。
 布目氏は条例の提案理由も別紙として作成してくれてあり、私はこの提案理由について「脱ダム宣言」の理念への理解や、下諏訪ダム中止の手法への疑問、治水対策とは住民も含めて徹底した情報公開のもとで行われるべきことなどを補強しました。なぜなら、提案理由が他の会派に条例案提出を理解頂くのに重要なポイントがあっると思ったからです。 また、条例案本文については、次の主な事項を盛り込みました。
 既に中止が決まっている大仏ダムに係わる薄川の総合治水対策、今回中止を打ち出した下諏訪ダムに係わる砥川の治水・利水対策、知事の脱ダム宣言の背景に現在計画中の6つのダムについても中止する意向があるため、その6つの流域での治水・利水の検討など、流域ごとに住民参加により『○○流域総合治水・対策協議会』を設置し、意見を集約すること。
 (但し、この時点では浅川ダムについては、平成14年3月末までの一時中止であり請負業者への補償問題があることから、9月頃には検討を終了する必要があると判断し、既に知事が検討委員会の設置を表明していることから対象から除きました。)
 予算との関係もあり余り時間をかけることは混乱も予想されるため「1年間の時限条例とする。」こと。
 知事が今後、市町村や議会と連携して重要な問題を判断して欲しいという意味で、検討委員会の構成に「学識経験者や流域住民代表のほか県会議員、市町村長や同議会の代表を入れる」こと。
 流域ごとに設置される協議会には、より広く住民参加を推進するため、知事の車座集会的なことも想定し「公聴会の開催」を入れること。などです。
 こうして深夜までかかって作成した「提案理由」と「条例案素案」は、これまで様々な面で協力頂いて来たメール友達の主な皆さんにも、その日の内に勝手にメールで「条例起草委員として委嘱」し、意見を求めました。 

会派交渉と行動開始
 3月2日、朝10時から開催された会派の団会議で、昨晩作成した「提案理由」を読み上げ「条例案」の考え方を説明しました。すると「これだ。これで行こう。」と全員が賛成してくれました。
 私からは、「この案は素案であり法規的な検討と知事権限との関係などを詰めなければならないが、提出の期日もあるので、この素案を各会派に提案し共同提案を要請する作業に会派として入って頂きたい。」と提案。その日の内に、3会派の団長や幹事長に「提案理由」と「条例案」が配布され、事実上の会派交渉がスタートしました。
 私は、この「条例案」にもとずいて法規的な検討を依頼するため、前から話してあった議会調査課に連絡。同課の審査係(議会にも立法権があるため、数は少ないが専門の職員が配置されている)2名の職員の方に来ていただき条例の考え方や今後検討して欲しい法規的な内容について打ち合わせを行い、この日から本格的に条例を仕上げる作業が開始されました。
 また、地方自治法に定める知事権限との関係などについて、社民党布目幹事長を通じ自治労の顧問弁護士など複数の弁護士に「条例案」を送り、検討いただくようお願いしました。 

知事権限(地方自治法)と、条例案を議会が受け入れる条件
 田中知事誕生以来、知事権限の強さが示され県民の中には、その権限と行動に期待感が高まる一方で「県議会は何をやっているか。」「県議会は必要ないのではないか。」という声も聞かれる様になっていました。
 確かに地方自治法上、例えば議会が一端議決した浅川ダム予算についても知事の一言で予算の執行をやめることが出来ますし、予算を否決し或いは修正したとしても知事は「再議」を申し立て、それでも議員の3分2以上が「再議」を否定したとしても、知事には予算の執行権が残るのです。このことは議会が提出し採決した条例についても知事は「再議」を申し立て、それでも「再議」が通らなければ、知事はこの条例に従わなくてもよいのです。つまり、地方自治法では議会は行政のチェック機関ではあっても、議会が行う議決は知事の姿勢によっては単なる「手続機関」でしかないのです。 この点について、相談した弁護士の一人の方は「地方自治法のもとでは限りなく知事の権限が担保されていることを議会が理解しなければならない。」と指摘して来ましたが、議員の多くは知事就任以来の行動によって地方自治法を勉強し、そのことを痛感していましたし、そのことが逆に議会の意志を示す条例制定へ多くの議員が賛同する条件として熟していました。
 また、相談した弁護士の方は「特定事業(特定ダム等)に限定しての条例制定は知事の執行権に抵触する危険性もある。」と指摘して頂きました。この事は後に、条例が絵に描いた餅にならない様に現実的な内容に変更するヒントとなりました。
 本来、議会の規程等以外の条例は地方公共団体が提出すべきものであり、そのプロセスは例えば「脱ダムを推進するのに、住民参加で進める手法を条例化すべき。」と議員側が議会質問で提案し、それを受けて知事が「次の議会に議案として提案します。」と言って成立するものだと思いますが、今回の下諏訪ダム中止は予算の削除を含めて突然出されたものであり、例え議会側が知事に条例の提出を求めても知事側から対応することは考えられないため、議会側から2月議会中に条例を提出せざるを得ない条件が生まれました。
 そして、従来の議会のように各会派が知事与党・野党というスタンスをとっていれば条例は成立しなかったと思いますが、今の会派は知事「野党」もしくは「是々非々」の態度をとっており、条例を受け入れる条件があったのです。この点、私は今後も議会は与党も野党も作らず、率直な論議を重ねることが「県民益」になり、議会の「長野モデル」となると思っています。 

知事の手法と「河川法」の精神(当初の条例案の根拠)
 知事は下諏訪ダム中止や他の6ダムなどの対応について、各会派の代表質問などに答え「平成9年6月に改正された河川法の精神を尊重して行きたい。」趣旨の発言を繰り返していました。
 この「河川法」の第16条の2には河川管理者に対し「河川整備計画」を定めることを義務付け、2項では「降雨量、地形、地質その他の事情によりしばしば洪水による災害が発生している区域につき、災害の発生を防止し、又は災害を軽減するために必要な措置を講ずるように特に配慮しなければならない。」とし、この「河川整備計画」を作成するする場合は、その3項・4項・5項において、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴くこと、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させること、関係市町村長の意見を聴くことが定められています。知事の発言は、この住民への「説明責任」を定めた新河川法を評価してのものです。
 では、なぜ下諏訪ダム中止を学識経験者(公式に公開された中で)や市町村長の意見を聴かず突然打ち出したのか。対話集会を一回行い住民の意見を聴いたとしても賛否両論が対立するなかで、中止を打ち出す理由や代替案など説明責任を果たしたのか。このことが条例案を提出する根拠でした。
 つまり、既に現在施行されている新河川法の精神を尊重するのであれば、なぜ下諏訪ダム中止のプロセスも「住民への説明責任」を明記した「新河川法」により行わないのかということです。知事は良くこれまでの県の姿勢について「住民への説明責任」を果たしていないと批判して来ました。しかし、これまでのダム計画は平成9年6月に改訂されるまでの「旧河川法」の「説明責任」が明記されていない法律の基で計画されたものであり、改訂後も「新河川法」の附則第2条で言う「河川整備計画に関する経過措置」として「旧法の工事実施基本計画の一部を・・・河川整備計画とみなす。」という、「みなし規定」によって合法的であったのです。
 そして県土木部は「新河川法」のもとで既に県内を16のブロックに分けた「河川整備計画」の策定作業に入り、佐久地区などでは学識経験者による検討組織も設置していましたが、田中知事の誕生によりダム計画の見直しが打ち出されたことから、作業を一時中止していたのです。
 こんな経過から当初作成した、たたき台としての「条例案」は、同時に出した「提案理由」の7項にある様に「今後河川法の定めるところにより策定される『河川整備計画』」と一体のものとして位置付けられていました。
 しかし、「河川法」第86条に言う「都道府県は条例により、都道府県河川審議会を置くことが出来る。」とする「河川審議会」でなく、なぜ「総合治水・利水等検討委員会」にしたかというと、「河川法」上の「審議会」は本来「知事が必要と認める時」設置できることが前提となっており、議会が提出することは「知事の権限の抵触する。」と考えたからであり、「検討委員会」にすることによって、その基にどうしても流域ごとに「対策協議会」(後に部会)を作り広く住民参加を位置付けたかったからです。 

条例案の変更の中身
 こうした考え方により作成された素案や弁護士の方々から頂いた意見を踏まえ、議会調査課・審査係の皆さんとの条例案の仕上げ作業がはじまりました。
 検討内容は、知事の職務権限との関係、河川法との関係、長野県の他の条例との整合性、条例が成立した場合の実際の運用等について、3日、4日の土日も含め協力をいただきました。
 しかし、議会が提出する条例は、本来は知事が提出すべきものを逆に議会が行うことであり、もし条例が可決され実際に仕事をするのは土木部である以上、運用上の意見を聞く必要がありました。でも土木部が知事部局である以上、策定にあたっての公式な協力を求めることには無理がありました。したがって、その調整は困難を極め、個別的に「私の一般質問の準備の振り」をして協力者を発掘するなど、考え方を取材しました。
 また、5日に行った条例案提出についての3会派の初めての実務者会議で、条例案策定作業について私に一任され、8日の3会派の実務者会議で最終案が確認されるまで非公式に作業が出来たことも作成に集中でき幸いでした。
 こうして行った仕上げ作業で問題となった主な内容は、次の通りです。
 「河川法」による「河川整備計画」作成の一環としての「検討委員会」では、「河川法」そのものに抵触する恐れがあり、しかも「河川整備計画」では県内16ブロックの大まかな計画となり、問題となる流域ごとの総合治水対策の検討を中心としにくいこと。逆に例えば、災害が発生し緊急を要する災害復旧工事を行う場合、例え小規模なものでもこの「検討委員会」に図らなければならない事態も生じるのではないかということ。
 条例に「河川整備計画」を位置付けると、県の管理する河川事業の全てが対象となってしまい事務的に無理ではないか。
 1年という時限条例では結論が出せない河川流域も考えられるため、早急な検討を要する河川(浅川・砥川)は付帯決議で対応したらどうか。
 「○○流域対策協議会」は、全体の委員会との整合性から部会とし、実際の検討はこの「部会」となることから、委員数を全体の委員会より厚くし権限を持たせたらどうか。
 委員会への諮問や委員の委嘱などは明記してもしなくても地方公共団体の条例である以上、知事から諮問がなければ自主的には動けないものであり、県の他の条例との整合性も考えれば初めから入れるべきである。
 「総合治水対策」の中にはダムも含まれるが、文書中に「ダムも含む」と入れた方が、知事の「脱ダム宣言」は多くの県民の知るところであり、住民参加による公平な治水の検討ということが保障されるのではないか。等々です。
 検討の結果、最終案の考え方は、この条例が無くても「新河川法」により「河川整備計画」は作成しなくてはならない。従ってこの条例は「河川法」第16条2の「河川整備計画」策定に必要な市町村長や住民からの意見聴衆を行う手続き的な位置付けとする。
 条例が制定され実際の職員数でも作業が可能となることにも配慮し、委員会が調査審議する「任務」として、今、問題となっている河川流域(9つの流域)を明記。その代わり今後新たな問題が発生することも想定し、その他の河川流域については「その他知事が必要と認めた河川」を加え、知事の権限を担保する。
 今回の下諏訪ダム中止などに対し、住民参加による治水・利水等を総合的に検討するシステム作りが条例の目的であり、賛成・反対、それぞれの住民の権利を公平に担保する観点から「条例」の標題を「治水・利水ダム等検討委員会条例」とする。
 委員会への諮問と委員の任命権を知事とすることを明記し、流域ごとに検討する組織を部会として、その特別委員の任命も知事とする。
 会議は原則公開とし、実際の流域ごとの部会での検討は、賛成・反対それぞれの立場で激しい論議が予想されるため、提案理由として「地域住民の理解、協力及び責務」を明記し、互いに責任ある結論を導く自覚を求める。ということになり、委員会や部会の構成人数等を除いた最終案が完成しました。 

最終案の確定
 3月8日午前、3会派による実務者会議がもたれ、作成した最終案を協議しました。
 条例の内容そのものには異論は出ませんでしたが、県民クラブからは「条例を可決しても知事が従わなかったら意味がない。」という質問が出されました。私からは「この条例の住民参加により流域の治水・利水を検討するルールは、本来知事の考え方であり知事が提出すべきもので、否定すれば知事の姿勢が県民から問われる。」と答えました。
 また、委員会の構成人数については15人以内とし、知事権限を担保するため学識経験者の構成を多くすることが確認され、市町村の長を代表する者、県議会議員、市町村議会の議長を代表するものを各2名とする議会としの考え方(最終的には知事が決めることではあるが)をまとめ、さらに県管理の河川は国管理の河川や諏訪湖に流入していることから、構成員に「関係行政機関の職員」を追加しました。
 部会の人数については、委員会の論議は検討の進め方や流域への部会の設置の決定など形式的な手続的性格であるのに対し、部会の検討が重視され尊重されることが確認され、委員会より構成員を多くして各部会20人以内としました。
 こうして条例の最終案は確定しましたが、県政会から「反脱ダム宣言決議」を出したい意向が示されました。
 これについては社会県民連合としては「脱ダム宣言」の理念は理解する立場を確認しており、県民クラブもそれに近い考えを持っていました。そこで、私からは「条例を制定して知事が従ったとしても、浅川ダムや下諏訪ダムは既に国の認可を得ており予算が付いている以上、速やかな検討が求められる。まして浅川は長引けば長引くほど業者への補償金額が増えるし、下諏訪は宙に浮いている地権者もいる。社会県民連合としては、この浅川と下諏訪流域の検討を早期に行う担保として、条例案への附帯決議を検討した。もし決議を出すのであれば、そのことの方が重要である。」と主張しましたが、県政会は納得しませんでした。
 そして、何度か内容を持ち帰った結果、決議の名称を「長野県治水・利水ダム等検討委員会条例施行に関する決議」とし、当初の文案から「反脱ダム」と受け取れるかなりの部分を削除し、最後に私が提案した浅川と下諏訪ダムに係わる流域の検討について「早急に結論が出されることを要望する。」という文章が付け加えられました。
 


条例の成立と知事の態度、そして救済措置
 こうして条例案は完成し、9日の本会議に提案され、委員会審議の後、19日の本会議で共産党を除く会派全員の賛成により可決され、3月26日の「長野県報」で公布されました。
 条例の提出にあたっては私も起草者として、また、所属する土木住宅委員会での質疑の時の説明者を想定し、3会派の代表と並んで提案者の一人となりました。
 これらの過程で、3月14日の土木住宅委員会の質疑で、知事が「条例を尊重したい。」とする姿勢を示した時はホットしました。
 そもそも、私は条例案を出そうと決意した時、少なくとも12月議会で知事が語った「説明責任」などの姿勢や「新河川法」の精神への知事の評価の姿勢は、下諏訪ダムの突然の中止の手法とは矛盾するものであり、住民参加をルール化した条例を知事は否定しないと思っていました。仮に、もし否定したとすれば「なぜ否定したのか。」という「踏み絵」になってしまいます。むしろ私はこの条例が、知事が今後県政運営を行う上で混乱を招くことなく「しなやかな改革」を進める手助けになるだろうと思っていました。
 知事が次ぎから次へと打ち出したダムの中止は、「脱ダム宣言」や公共事業の見直しという崇高な理念の一方で、具体的財政の裏付けや、住民同意と根拠の無い代替案などによって、将来の県の財政運営に不安をもたらしました。
 (この点について、私は3月8日行った一般質問で「『脱ダム宣言』による下諏訪ダム中止の意向、既に中止した大仏ダム、一時中止した浅川ダム、もし仮に、この3つのダムを中止し代替案として、河川の拡幅により対策を行った場合のトータルの事業費はいくらになるか、また、その場合の国の負担金額、県の負担金額、そして、そのうちの県債はどのくらいになるのか。」と質したところ、田中知事は「砥川の引堤による代替案の事業費は約280億円、大仏ダムに変わる薄川を含む奈良井川水系の河道拡幅による代替案の事業費は980億円、また、浅川ダムをやめて河川改修のみで対応する場合の事業費は490億円と、それぞれ試算されており、これら3ダムの代替案をトータルすると事業費では約1750億円となり、ダム建設のトータル額1040億円より約70%増となることとなります。されらの事業を国庫補助事業で実施した場合、国の補助が約875億円、県負担が約875億円となり、この県負担のうちの約830億円は起債で賄われると見込まれております。」答弁しました。また、私の「県の財政推計が出されたけれども、今後の将来展望をどの様に受け止めておられますか。」との質問に、青木総務部長は「議員ご指摘の様に、今後3ダムを合わせた県負担が875億円ということを考えますと、起債も増えるし、それから相当の税収とか経済成長率が無ければ、今の状況の経済成長率で行けば大変厳しい財政運営が強いられると予想されます。」答弁しています。) さらに、浅川ダムや下諏訪ダムを中止した場合の補助金の返還の可能性や一連の騒動で、あってはならないことですが現実の問題として国土交通省との関係を悪化させたことは他の事業にも影響を与えることでしょう。
 しかし、県政の仕事はダムや公共事業だけでなく、県民要望の高い福祉の充実や医療、教育、環境対策など総合的に判断して、限られた財政の中でも施策を重点化しながら対応することが求められています。つまり、崇高な理念の達成のために「明治維新以来の改革」を焦るあまり、100年・200年後よりも近い県政の将来が身動きできなくなる危険性があるのです。知事の言う「弁証法」には、対立物が互いに戦いながら相互に浸透しあいお互いを発展させて行くという「相互浸透」という言葉もあることを私は認識して欲しいのです。
 その一つの例として、知事が昨年末に相談されたと言われている民主党の「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」のメンバーである五十嵐敬喜法政大学教授は、テレビ報道の中で「脱ダム宣言」実行にあたっての田中知事の課題として、長野県の厳しい財政事情への対応と、「オランダシステム」と言われる徹底した上流、下流の流域住民や請負業者も含めた論議の手法を指摘したと言われていることを、私は知事に対し土木住宅委員会で申し上げました。
 補助金返還問題にしても、もし住民が検討した結果、ダムを選択しなくても、100年に1度の計画でなくとも住民は我慢することを選択したとしたら、公共事業評価監視委員会はそのことを拒否するでしょうか。
 可決した条例は、住民の安全を守る本来の治水の在り方を白紙の段階から住民が主体となり検討することであり、そのことが、多くの住民の治水への関心を高め、対立でなく流域住民が将来への治水や水防への自分の役割を自覚し参加することに繋がり、これからの「長野モデル」としての治水の在り方を確立しスタートすることになるのです。つまり、条例は知事のこれまで取ってきた手法から「しなやかな県政改革」への救済措置となるのです。
  
今後の課題と私の決意

早期「検討委員会」の設置
  2月定例県議会で可決された「長野県治水・利水ダム等検討委員会条例」により、今後、検討委員会や流域ごとの部会が設置され、今問題となっている、或いは、今後問題となる流域において検討が行われることになります。
 そして、条例により委員会を設置し諮問するのも、全体の委員や部会の特別委員の任命権も知事にあり、「条例を尊重する。」と表明した知事の速やかな対応が求められます。
 しかし、「脱ダム」という知事の理念は論議の対象にはなっても、流域に設置する部会で検討する主役は知事ではありません。特に「治水」は、「賛成でも、反対でもなく、どうすれば流域住民の安全と安心が確保出来るか。」という尺度で住民参加により徹底的な検討が行われ、決められるべきことです。
 知事は、今後計画されている6つのダムについても現地調査を開始しました。このことは知事が検討委員会に、どの流域を諮問するかの判断のために行っていることだと思われますが、条例に明記した全部の流域をはじめから検討対象として考えるのでなく、まず、全体の委員会を設置して、当面、業者への補償や地権者への対応などで先が急がれる浅川ダムや下諏訪ダムの流域、中止した大仏ダムの代替案として総合治水対策の検討を早期に行って欲しいと地元から強い要望が出されている薄川流域など、既に検討しなければならないことが決まっている3つの部会を早く設置することも必要です。
 また、部会での特別委員の任命にあたっては、流域の住民代表として、これまで賛成・反対で対立してきた流域にあっては、双方とも平等に委員を選出し、出口のある(互いに責任のある)徹底した論議を行うことに配慮する必要があると思います。 

「脱ダム」と「反脱ダム」の対立から「真の治水」へ
 2月県議会での「条例」制定をめぐる「脱ダム宣言」に対する各会派や議員の気持ちと態度は、「条例」の検討を深めることによって、会期一ヶ月間という最初と最後では大きく変化したと思います。しかし、同時に3会派の妥協の産物として可決された「治水・利水ダム等検討委員会条例施行に関する決議」には、「突然の知事の『脱ダム宣言』の再考を促し、住民の声を十分に聞くことを求める」との表現も残り、各会派や議員の間に「脱ダム宣言」に対する微妙な意見の違いが残っていることを示しています。そして、このことは当面問題となっている浅川や下諏訪ダム流域に関係する市町村長や同議会議員にとっては、もっと根強いものがあると思います。
 しかし、条例による部会での検討は、ダムは賛成、反対ということを決するのではなく、くどい様ですが「どうすれば流域住民の安全と安心が確保出来るか。」が課題であり、その意味では「条例施行に関する決議」の表現は関係ないことなのです。また、このことは「賛成派」「反対派」という「派」を付けた流域住民の皆さんにも、「脱ダム先にありき」や「緑のダム」を主張している政党の皆さんにも理解して欲しいと思います。つまり総合治水・利水を検討するということは、関係行政機関や住民の役割、そして責務も含めて「真の治水とは何か」を検討することなのです。
 検討にあたっては、幹事は県職員が務めることになっており、当然、各部会では河川流域を所管する県の建設事務所の担当課が行うことになると思います。しかし、県職員の皆さんも条例の真意を理解しているのか不安な要素もあります。なぜなら、これまでの河川整備の手法は市町村から陳情されたり、その管内の予算を出来るだけ多く獲得することが良とされ、これまでの事業は平成9年に改正された「新河川法」以前に計画されたものが多く、市町村や住民への「説明責任」のない「旧河川法」により仕事をしていたからです。
 県議会での条例制定についてマスコミの皆さんのほとんどは、条例を「『脱ダム宣言』への対抗策」と報道しました。でも、先に触れた様に条例の真意は「真の治水」という観点から必然的に、そうではありません。しかし、マスコミの報道は関係する流域住民や県民に大きな影響を与え、しかも、今後知事から任命される委員会の委員や部会の特別委員にも微妙な影響を与えることでしょう。100年・200年先の子孫の代まで誤りのない真の治水を検討するには、「被災者」という弱者に配慮しながら科学的な根拠にもとずく報道に配慮する気風を創り出すことも必要であり、そのためにはマスコミの皆さんに条例の趣旨を理解頂く取り組みも必要です。 

県・市町村・住民・そして国の役割の明確化
 今回の知事の突然の「脱ダム宣言」と「下諏訪ダム中止」から生まれた条例による検討は、これまでの縦割りの中央集権的河川行政から、県と市町村の横の連携と役割を明確にする良いチャンスであり、住民参加も含めた総合治水対策を検討するという実践を通じて「長野モデル」を示すことになり、国への大きな問題提起となると確信します。
 これまでの河川行政は、治水や利水について「河川法」により国・県・市町村の管理・所管する河川を規程し、国の補助金など管理に必要な費用配分を定めて対応して来ましたが、それ故に「自分の所管以外のことは我関せず」というマイナスな慣習も作りだして来ました。
 しかし、これらの「縦割り行政」の弊害を乗り越え、関係機関が協力して災害から住民を守るための努力をして来た例もあります。それは「浅川流域治水対策等連絡会」の取り組みです。
 「浅川流域治水対策等連絡会」は、昭和60年1月に行政関係者により設置されましたが、その理由は昭和49年6月に浅川改修期成同盟会へ千曲川との合流点について、堤防高を考慮した計画が説明されましたが、この案は堤防が上がるため、その分、河川拡幅が伴い周辺に多くの土地が必要となることから地元地権者などが反対し、現在の堤防が低く川幅の狭い改修とダムをセットとした計画が昭和51年7月の同盟会で方向付けられました。しかし、この計画は、千曲川の堤防より浅川の堤防が低いため、千曲川の水位が高い時には、樋門が下げられ浅川の水の行き場が無くなってしまい豊野、赤沼付近が水没するという、豊野、赤沼付近を自然遊水池とした計画だったのです。
 その後、河川及びダムが国の補助事業として昭和52年に採択され事業が進られましたが、昭和56、57、58年と3年続きの浸水災害に見舞われ、当然、被害にあった市町は対策を求めました。
 しかし、先の経過から浅川の治水計画はダムを建設しても、溢れることを前提にした計画であり、それを地元ではよく理解していなかったため、流域全体で流出を抑制したり、適正な土地利用や災害時の体制を行政が自主的に強化しようという趣旨から、関係する行政機関(国・県・市町)が集まって「浅川流域治水対策等連絡会」を発足させました。そして、このことは当時とすれば、全国的にも国が補助金の支出も含めモデル的に行っている「特定河川整備事業」に匹敵する先進的な取り組みでした。
 残念なことに、この会は昭和60年7月に地附山地滑り災害が発生し、その後、中断してしまいました。でも幸いなことに、この連絡会では「流域治水対策の方策」を取りまとめ、その実施を確認していたため各機関がその実現に向けて事業を実施していました。
 この「流域治水対策の方針」で確認された内容は、資料NO1の通りですが、森林保全、ため池の保全、公園等の公共施設への貯留、貯留・調整施設の新設、浅川ダムの建設、河川改修、湛水防除事業、建築確認時の各戸への浸透桝設置の指導、情報伝達の徹底、水防組織の強化、避難体制の確立、浸水実績の公表、等々の目標が確認され、それぞれの関係行政機関が努力していたのです。
 この内容は、後で触れます国の「特定河川事業」による「総合治水対策とその方針」を参考にして行われたものだと私は思います。
 しかし、当時としては(現在も余り変わりませんが)国の河川事業は、一級、二級河川や都市下水路事業、農林省の緊急防災事業など、縦割りの所管に限定されたものであり、増して総合治水に対する制度は、昭和54年度から全国6河川(当時)流域を対象とした「特定河川事業」や、下水道整備事業の枠内での雨水渠整備や雨水調整池整備等に限定されているものが主であり、それ以上の対策については県や市町の単独事業を余儀なくされ、横浜での鶴見川のように年次目標を定めた雨水の内水貯留の設置や対策を行うには至りませんでした。また、国の直轄河川である千曲川改修との整合性も疑問視されます。でも、当時としては、この「連絡会」の行政としての取り組みは画期的なものだと思います。
 私は、条例案を作成するにあたり、この「浅川流域治水連絡会」に「学識経験者や住民代表が入っていたらどんな結果になったのだろうか。」と思い描きました。もし、この「連絡会」に住民代表が入っていれば治水に関する流域住民の関心が高まり、国や県の対応ももっと違っていたと思います。しかし、この「連絡会」の確認事項として、長野市が行った建築確認時の各個人住宅への雨水浸透桝設置の行政指導、そして開発行為に対する雨水貯留施設の整備指導の取り組みについては、流域住民の治水に対する参加や責務を促す施策として高く評価し、この会をモデルとして住民参加による総合治水を検討することが必要と考えました。
 条例により治水・利水ダム等を検討する部会は、総合治水を検討する以上、国・県・市町村・そして住民の役割が求められます。つまり、「本当に流域住民が安心、安全の治水」を確立するには従来の縦割り行政による縄張り意識を乗り越え、「何が既存の制度上出来るのか。」「制度上出来ないとすれば、どうすれば良いのか。」を検討せざるを得なくなるのです。そのことは避けて通れない道であり、県や市町村には新たな事業の創設と役割が、住民には治水・利水・水防・河川愛護への参加と責務が、そして、国には発想の転換と新たな制度の充実が求められると思うのです。 

不充分な国の制度と問われる県の姿勢
 この点について私は、2月定例県議会の一般質問で「脱ダム宣言」の代替案として、総合治水対策に関する既存の国の制度補助の活用と、住民参加の方向として個人が出来る治水対策への県の支援策等について知事や土木部長の考えを質しました。
 その主な内容は、次の通りです。
流域総合治水対策として、県や市町村で活用できそうな事業。(内容=調整池や浸透施設への補助) 
□現在全国17河川で行っている総合治水対策特定河川事業。(事業主体=国・県 国補助率=8.5 /10〜1/2)□流域貯留浸透事業。(事業主体=県・市町村 国補助率=1/3 ) 
□街づくり総合支援事業による河川改修や透水事業。(事業主体=市町村 国補助率=1/3) 
□新世代下水道支援事業の下水道雨水貯留浸透事業及び雨水流出抑制施設整備促進事業。(事業主体=市町村 国補助率=1/2〜1/3)
流域総合治水利水対策として、個人や事業者が活用出来る事業。 
□新世代下水道支援事業の水環境創造事業。(事業主体=市町村 国補助率1/3)  
   内容=個人が宅地内に水槽を新設する場合や下水道に接続後、汚水処理施設としては不用になった浄化槽を雨水流出抑制施設として活用するために改造を行う場合に、助成を行う地方公共団体に対し国が補助をするもの。 
□住宅金融公庫等融資の特別割り増し制度(事業主体=県・市町村 限度額=400万円/1戸)
  内容=地方公共団体が政策誘導すべき課題として、渇水・洪水対策等について、住宅マスタープランに位置付けた住宅で、「浸透桝」の設置などに割増融資を行うもの。 
□日本政策投資銀行融資制度のエコビル整備事業(事業主体=民間 利率2.30%)
  内容=企業などビルの屋上の緑化や雨水・排水再利用、調整池の設置に対し融資するもの。 
□雨水・排水利用施設整備促進税制(事業主体=民間 対象施設16%の特別償却措置)
  内容=事務所ビル等で排水処理施設と同時に「雨水貯留槽」などを設置すると特別償却を認めるもの。 
□雨水貯留・利用浸透施設整備促進税制(事業主体=民間 5年間、1.2割増の割増償還)
  内容=都市部地域において100m以上の雨水を貯留し、利用または浸透させる構造物等の設置を行った施設が対象。
総合治水対策として県が行う施策の提案 
□個人や家庭、企業で出来ることを多角的にメニュー化し、県としても市町村と連携し、そのメニューの中で支援出来る施策を明らかにすることが大切。平成9年現在全国50自治体で個人が行う浸透桝設置や雨水貯留桶設置に現物支給や補助を行っているいとについて、県としても多角的なメニューを示し補助することが問われている。 
□一級河川や二級河川ごとに市町村が雨水を浸透、貯留すべき数値目標を示し、納得の上で住民の責務も含め、県全体で取り組むことも、まさに「長野モデル」と思うが。
田中知事の主な答弁内容
 「下水道、雨水計画の事業認可区域において不用となった浄化槽の活用や個人住宅への浸透桝の設置は、流出抑制を行うものに対して助成する市町村が(市町村がこの制度を受け入れれば)国の補助を受けることが可能です。」
 「その他の区域での個人住宅への浸透桝の設置に対する助成については、今後も検討してまいりますが、当面は住宅金融公庫の融資制度の活用により対応してまいりたく思います。そして、さらに様々な手法や、また、数値の具体的な目標については、浅川流域治水対策等連絡会をはじめとする地域の皆様との場で検討を具体的に進めてまいります。住民に様々な補助や融資制度、先に申し上げた様な形での、そうしたものに関する情報を提供し活用を積極的にして戴くとともに流域対策に対する財政措置の充実も不可欠であることから国に対しても働きかけを行ってまいります。」 「貯留施設の県の取り組みは、県の各部局で具体的に研究を進めてまいりたい。」
 「個人が、また、共同体が、そして私たち公的機関が出来ることを、それぞれ明示を行い、そして、それぞれの場で取り組むことで、また、私たちが、そこにおいて個人や共同体での取り組みに対しても具体的な支援が、どの様なことがあるかも検討してまいらなければならない。」
光家土木部長の主な答弁内容
 「流域貯留浸透事業については、既存の校庭とか公園に雨水の貯留浸透施設を作る事業で、流域の市街化率が20%以上という採択基準がある。大仏、下諏訪、浅川及びその他の6ダムについて、適用できるかどうか今後検討して行く。」
 この様に、「脱ダム宣言」に対する代替案は、治水に関する限りダムによらない対策の抜本策は河川の拡幅や、大規模な調整池の整備、河川バイパスの整備等の大規模な対応が求められると思いますが、その一方で、その河川に流入している支川での流出抑制策を具体化することが総合治水対策である以上、流域の自治体の役割や住民がどの様な施策を行うかが問われます。
 しかし、先に上げた国の総合治水に対する現状の補助事業では施策が乏しく、県や市町村の単独事業が求められることになり、市町村の理解と「脱ダム宣言」を出した知事の(県単独事業)責任が求められることになります。そして、このことは同時に市町村にも総合治水に対する施策の財政負担が伴うことであり、県民の同意が必要となります。
 また、国の総合治水に対する施策の充実についても、党利党略で「脱ダム」を掲げ「緑のダム構想」に終始するだけでなく、具体的に住民参加も含めた施策を提案する必要があると思います。

委員会と部会での検討内容と徹底した情報開示
 数少ない全国17河川流域を認可している国の総合治水対策としての「特定河川事業」。この制度の推進にあたり国では、昭和55年5月15日に出された「建設事務次官通達」において、流域ごとに「流域総合治水対策協議会」を設置し「流域整備計画」を策定することとし、そして、計画を検討する際の指針として「総合治水対策とその方針」(別紙資料2)を示しています。
 その指針の主な内容は、浸水予想区域の設定、治水緑地や多目的遊水池の設定、雨水貯留施設の設置、流域住民に対する理解と協力を求める働きかけ等々の対策を方針化するものですが、その検討をするにあたっては「流域ごとに、流域内地方公共団体等の合意に基づき、地方建設局、都道府県及び市町村の河川担当部局、都市・住宅・土地担当部局等の関係部局からなる流域総合治水対策協議会を設置し、当該流域に係わる総合治水対策について協議し、効果的な対策の確立に資するものとする。」と規定し、関係機関の連携を求めています。
 このことは、先に触れた「浅川流域治水連絡会」が、自主的に流域の総合治水対策を検討するために設置される際に、この「総合治水対策とその方針」を参考にしたと思われる由縁です。
 しかし、この「総合治水対策とその方針」にもあるように、当時としては住民参加による手法は想定されておらず、ただ住民への説明責任ともとれる「洪水実績の公表」や「流域住民に治水上の問題について理解と協力を求める働きかけを行う。」という表現に止まっていました。
 現在でも、この「特定河川事業」のモデルともいうべき神奈川県の鶴見川流域では、「新河川法」による河川整備基本方針や河川整備計画を視野に入れ、水環境の健全化を基本に、高水、低水、環境、危機、利用の各分野での具体的な施策を検討し、「鶴見川流域 水マスタープラン」を策定するための「鶴見川流域水委員会準備会」委員会を設置し平成11年10月より検討を行っていますが、「新河川法」により住民や市町村への「説明責任」が明記されたとは言え、この「準備会」の委員(20人)には学識経験者のほか市民代表は1名しか入っていません。
 この先進的と言われる鶴見川の例で分かるように、今回、長野県議会が提出し可決した条例は、会議の公開、部会による住民参加や公聴会の手法などを明記したものであり、この条例の精神は治水・利水のみならず、今後の公共事業の在り方について一石を投じるた「長野モデル」であると私は確信します。
 そして、今後この条例の運用によっては全国に与える影響は、はかり知れないものがあると思います。それ故に、今後設置される委員会や部会での検討にあたっては、出口のある論議のルールを示すことも問われます。
 それは、国のモデルとして行って来た「特定河川整備事業」で定める「総合治水対策とその方針」などを参考にしながら、流域ごとに検討する「モデル基準」を事前に示すことも不可欠だと私は思います。それは、対立でなくみんなが「妥協」できる治水や利水の結論を出すためには必要なことだと思うからです。
 また、流域住民が参加する部会での検討は、その皆さんが納得が行くまで行政も情報を開示し論議する必要があります。知事と意見が合わないとされ国に返された前光家土木部長は、情報公開について「隠せば疑われる。全部公開しなさい。」と言って在任中に長野県土木部の情報公開度を全国トップレベルにまで高め長野を去りました。正に、このことが検討にあたり求められ、そのことにより行政と住民との信頼関係が深まり、住民の責務への意見も積極的に出されるようになり方向が早く出されると私は思います。
 検討にあたって示すべき「モデル基準」。或いは「検討すべき課題」は、まず、河川流域での過去の水害の歴史や雨量の統計、計画されているダムの治水安全度のデータと根拠、計画されたダムの経過、現状での雨水量こどの災害発生時シュミレーション(ハザードマップ)の検討、国の河川整備基本方針の検討、下水道整備方式の現況と整備状況、流域ごとの代替案の検討と様々な施策の検討や妥当性、「緑のダム」の効果の検証と森林の果たす治水効果、国の補助制度(県管理河川や農政サイド、森林整備、総合治水に関して)の現状と検証、県財政の現状と県単独事業の検討、流域上流部等への雨水調整池の整備や浸透施設の検討と市町村の役割の明確化、市町村単独事業の検討(調整池、貯留施設、浸透施設、個人住宅への貯留施設や浸透施設への補助)、部会が方向を出そうとする施策の雨量こどの浸水予想図の検討と公表、治水や利水への住民の責務と参加の明確化(上流・下流等の利害の理解、個人家庭での雨水貯留や浸透施設整備の義務化、流域住民の水防への参加と災害時の対応の自覚、河川愛護への取り組み等)などが最小限考えられます。      
 また、利水に関しては、水道水供給の現況と水質の現況、流域や周辺の利水人口の推移と将来見通し、ダムによる場合の水質の検証、代替案の検討と水質の検証が最低限必要であり、農業用水に関しては、流域や周辺の利水人口の推移と将来見通し、今後の土地利用計画の予想と検討、水利組合の今後の見通しなどが考えられます。
 ここで大切なことは、一つの結論を出した場合、その結論に対して県・市町村が責任を持つことと、とかく行政に頼りがちであり、それを権利として主張する傾向について、住民への将来への展望と責務を明確にし、県民総参加の100年・200年後に向けた責務を赤裸々にするこが求められています。 

公聴会と住民参加、そしてルール
 「条例」では委員会の原則公開と、流域ごとに設置される部会では第9条で「公聴会の開催その他適当な方法により関係住民の意見を聴くことができる。」と規程しています。
 この「できる」規程は、条例策定に当たって法規上も論議しましたが、明記する以上、また一つの問題について様々な論議がある以上は、「開催しなければならない。」ことであり、私は明記するにあっては、部会と流域住民との「対話集会」や「車座集会」を想定しました。しかし、この「公聴会」は知事の手法のように、聴きっぱなしでなく、部会が検討するにあたっての住民の意見聴取とともに、部会が結論を出す前にも「対話集会的」な広聴会を行い、意見を聴取し同意を得ることを私は考えました。当然、部会での検討も原則公開で行われることが前提です。
 また、「公聴会」に参加する住民は比較的関心のある皆さんでありますが、治水は流域住民全ての皆さんの課題であり、参加しない住民も災害がもしあれば被災者という可能性も否定できないことから、検討段階からその経過も含め情報を伝達することも重要です。この伝達方法をどうするかも、ルール化しておく必要もあります。
 さらに、部会や「公聴会」のルールとして、唯単に賛成・反対という二者択一的な論議でなく、「どうすれば流域住民の治水の安全と安心、利水が確保されるか。」納得の行く出口のある論議のルールを確認するとともに、治水や利水、水防といった課題への住民の責務と参加を提案し創造する前向きに論議を事前に確認しておく必要があります。そして、それでも意見が割れ結論が出せない場合は、徹底した住民による論議と検討を行う必要があります。なぜなら、治水や利水は本来、そこに住む流域住民の生活にとって欠かせない住民の課題であるからです。この全ての流域住民を対象にした論議は、20人とか30人の小グループに分けて結論が出るまで何回も行うべきです。隣組単位、或いは常会単位、自治会単位の例や、そのことを否定や不満とする意見が出された場合は、市町村全体の中で小グループに別れての行うことも一つの手法ではあります。これまでに、余り例の無いことですが、治水とは住民自らのことであり、いざ災害があった時の対応を考えると、ここまで論議しなければ自覚を促すことにはならないと私は思います。
 そして、それでも結論が出ない場合は、ここでの知事の判断や住民投票という方法がありますが、私は、最近、とかく言われている住民投票については、この段階での選択は支持できますが、論議を尽くさない前に行うことには反対です。なぜなら、十分な論議の無い段階では誤った選択もありうるからであり、増して、くどい様ですが、治水・利水は住民の自らの問題であり、論議、検討することによって流域住民全ての皆さんの関心と参加が求められるからです。 

私の決意
  以上、この「条例」に私の込めた気持ちと、理想を述べましたが、私のこれまでの治水に関する経験上から考えると、あまり、はじめから体系的な課題を追っても、住民意識も様々であり、しかも温度差があるなかで直ぐには理解されないと思います。それは、現状でもこの「条例」の捉え方について知事、議員、市町村、住民、マスコミ、それぞれ様々な認識と利害を示していることからも分かります。しかし、流域ごとの部会で一つ一つの課題を検討することによって、必ず、この理想に向かって一歩一歩発展して行くと確信しています。
 私は、この「条例」に込めた気持ちと、理想を追い求め、そして現実の運営や検討の手法がどうなるのか、監視と検証を行うため議会の土木住宅委員会にもう一年残ることにしました。
 私はこの「条例」の提案者としての責任を自覚し、実践するため自ら治水・利水への参加と、検討委員会、そして流域に設置される部会の検討の推移を見守りながら、しっかりチェックする活動を実行する決意です。


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