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治水・利水・ダム問題コーナー

「トップダウンか住民参加か」
2002.7.25

 
「日誌より」
 今日は6月7日の浅川・砥川の答申審議以来久々の治水・利水ダム等検討委員会があり出席しました。
 激論の末に数の論理で判断して無理矢理その日の内に知事へ答申した前回の後、前知事は検討委員会がB案として設定した基本高水流量とちがうダム計画と同じ流量を採用。あれだけ時間をかけて現在の基本高水流量は過剰として基本高水を下げることに終始した皆さんは「結論が良ければ全て良しとするのか。」、はたしてどんな顔をして、どんな気持ち出席するのか。
 会議がはじまりまず幹事から浅川・砥川の「枠組み案」の説明があり、宮沢委員が答申の経過や砥川部会を開催出来なかった経過について延々と宮地委員長にくいさがる。
 その後、私からもこの間の経過について「前回の委員会で各委員が出した意見を非公開として、その後、情報公開請求が出て客観的に判断した結果公開となった。この委員会が公開のもとに傍聴者にも資料を公開するなど皆さんが長野モデルと評価したのに最後に委員会として皆さんが判断した内容は、それまでの言って来たことと矛盾する。率直に反省して今後の委員会審議に生かして欲しい。また、あれだけ時間をかけて基本高水を論議し出した答申の内容と違う内容を知事が打ち出したことについて、今までの論議は何であったのか良く考えて欲しい。」と発言しました。
 するとその後、基本高水を下げた張本人である大熊委員が枠組み案について「今後他の河川でも制約されることになる。論理的に示されていることが問題。今後の部会制約条件になる。基本高水問題について、やりずらくなる。」と発言。また石坂委員もこの間の国土交通省との質問のやりとりを述べた後「基本高水について国土交通省が矛盾した施策をとっているので全国でも矛盾が起きている・・・・・。国土交通省では基本高水を下げることは合理的な理由なしには認めない。将来目標をどうするか、いつ目標をクリアするかについては、30年スタンスで考えて行くというのが見解であった。宮城県の新月ダムについて、検討委員会で基本高水を下げた案が出たが、県としては正式な見解は出ていない。各県で矛盾を引きずっている。河川行政の過渡期の矛盾である。」といういう様な発言。
 「あ、いよいよ苦しい反撃がはじまったな。」と思っていました。なぜなら、私は「全国脱ダムネットワークや民主党の緑のダム構想のダムはいらないとする理論の一つの根幹は、これまでのダム計画の基本高水流量の設定は過剰である。ということに依拠しており、今回の前知事の示した枠組み案は、基本高水を下げることは合理的理由に欠け国の認可にならないという選択と同儀であり、いれまで基本高水の設定が過剰として主張して来た大熊氏や国土問題研究会の皆さんは、全く立場がなくなったということになる。」と思っていました。しかし、それでも他の残る流域についても恐らく彼らは自分たちのメンツをかけて基本高水を下げることに終始した主張を繰り返すだろうとも思っていました。
 私は基本高水の設定は無理矢理ダムを作るためのものでなく、河川管理者が流域住民を災害から出来るだけ守るために上げて来た歴史があり、その中の一つの手法がダムであったこと。そして、ダムを中止する場合には、何も屁理屈を付けて無理矢理基本高水を下げるのでなく、例え将来目標であっても、あらゆる方法を駆使して設定した基本高水をクリアー出来る施策を行うことが河川管理者の責務であると思っています。
 話は飛びましたが、その後検討委員会は現在審議中の3部会の報告が終わり、今後の検討委員会の進め方について審議がはじまりました。すると五十嵐委員が「部会と委員会の関係。答申と知事、答申と議会、知事と議会の関係。幹事会と委員会との関係。住民参加について。情報公開について。などルールをはっきりさせたい。」と問題提起。そして、昼食休憩となった。
 実は今日私はどうしても午後、他に前から予定していた会議があり、これまでの部会の審議も含めてはじめて欠席せざるを得ない。しかし、五十嵐委員の問題提起を聞いていやな予感がした。それは「部会と委員会との関係・住民参加。」等々の発言の中に、またもや「部会よりも委員会が優先をするとか、住民参加の手法の中に知事選挙も含めた民意の取り方や、住民投票の手法などを言い出すのではないか。」と思ったからである。そして、私は浜委員に「何が出るか分からないが、もう一度この検討委員会が住民参加の部会の原点にもどるべことを主張すべきである。」などと意見交換し、後ろ髪を引かれながら次の会場へ向かいました。
 次の会議が終わり夜7時過ぎに結果が知りたくて、あちこち電話をするが捕まらない。そして、浜委員がつかまり今日の検討委員会の様子を聞くと何と「部会の審議が知事選挙が終わるまでストップになった。」と言うのです。なぜそうなったのか聞くが、高橋委員が利水のことで県の態度が曖昧なため、審議が出来ないと言ったとかで、良く様子は分かりませんでした。

 7月27日、昨日の検討委員会の部会一時審議ストップの経過が知りたくて検討室から議事録の概要を取り寄せて読んでみた。すると高橋委員が部会長を務める立場から「これからの部会の進め方は浅川、砥川が基本になると思う。特に利水に関しては浅川、砥川以外についても県の支援を適用してもらえないと部会を運営できない。県の意見を聞きたい。」との求めに高橋政策秘書室長が「他の河川については今答えられない。新しい知事が決まっていないので。」と答弁。すると高橋委員が「全く無責任な話。県の基本的考えがあって、それをもとに検討しなければ部会審議は進まない。」と主張し、暫時休憩。その後、各委員がこの問題で意見を出し結局「長が決まらないと決められないというなら、部会は凍結だ。」ということになっていた。
 私としては自分も郷士沢の部会長であるし、確かに利水については部会委員から「水源調査を行うべき」という意見が出されても「利水事業者は豊丘村であり、誰が、その費用を負担するのか。この委員会は県の委員会であり、ここで決め手も村がもし負担するようになれば村にも議会があり、理解が困難と思う。」という場面もあり、最終的には、ダムによらない利水対策となった場合は、その費用負担についても県が見るのか検討するつもりであった。しかし、部会には他にも検討しなければならない課題がまだ山ほどあり、来年度予算に反映されるためには遅くとも9月の初めまでには部会報告をもとめるつもりで審議を行っていました。新知事がいないと決断出来ないと言っても、部会の住民参加の手法による検討は粛々と続けても、その検討内容は必ず新知事の下でも生かされなければならないものと確信していました。なのになぜ、その場にいなかったことが残念でなりませんでした。
 議事要旨によると、この日は他にも私の心配していた通りの論議が行われていました。それは委員会や部会で多数決をとるべきかどうか。部会の結論がダムだった場合委員会はどうするか。なども論議されいてました。
 これらについて「脱ダムの結論先にありきの方々」は「部会で多数決を採ると遺根が残る。委員会の多数決は委員会の判断一つ。」「条例では部会を置くことができるとなっている。考え方を一本にして答申するのが一番よい。今回のように一本にならない場合は多数決は仕方ない。」「部会は地域の切実な思いを代弁しているから尊重するのは良い。しかし、地域の人の発言は地域エゴが正面に出ることがある。地域エゴを排除した上で、大事なことを見抜く必要が委員会にある。」との発言があり、宮地委員長は「部会と委員会の関係は細心の注意を払うが、最終的には委員会」と発言している。いやはや条例の精神は何度も論議しているが住民参加の部会にあるのに、自分たちが都合の良いことを決める時は数の力を誇示し、自分たちに都合の悪い結果を出す恐れのある部会では多数決を認めないとは何という民主主義の考え方か。これでは自らが他の学者を批判して来た「ご用学者」そのものではないか。こういう皆さんが国に向かっては少数意見の尊重とか民主主義や平和を語り、その人たちをまともに相手にしている野党も何とレベルの低い民主主義の観念なのか懸念せざるを得ない。まあ、結局、この検討委員会の「結論先にありきの」皆さんでは、いつまでやっても住民参加の手法は発展しないだろう。
 私としては今後の部会において流域住民代表の皆さんと白紙の段階から治水・利水のあらゆる方法を検証し、多くの方々が「なるほどな」と納得の行く方向を出すには、お互いが主張すべきは主張し、妥協するところは妥協しながら、委員自らがどう努力すれば良いか自覚する方が先だと思うのですが。
 また、この日の委員会では私の帰った後も基本高水を前知事が下げない「枠組み案」を出したことについて、よっぽど自分立場が否定されていることがくやしいらしく「薄川は枠組みに囚われると我々はできない。あくまでも枠組み案は行政の考え。我々は違う考えで行く。」などと大熊委員が何度も発言していた。さらに石坂委員も「この枠組みは、浅川、砥川に限ったもの。他の河川に当てはめるべきものではない。」とし、五十嵐委員も「国土交通省から自立して、県独自の案を出してみたらどうなのか。」などと発見していた。そして宮地委員長も「委員会の基本高水の考え方は生きいる」と発言している。まあ、結局、何度審議しても、この方たちは国土交通省の基本高水に対する考えや認可のあり方は間違っているとしか言わないだろうし、私としては、県財政の今後も含めて流域住民に理解される治水・利水対策を具体的にどうして行くのか論議を進めるしかないと思う議事要旨を読んでの感想でした。

 7月29日、今日は豊丘村の保健センターで第8回の郷士沢部会があり出席しました。いつもですと午前9:30分から午後5時までのみっちりの日程で審議を行うのですが、今日は25日の検討委員会で知事選挙が終わるまで部会審議を中断することとなり、その経過説明と了解を得るのが目的で開催しました。
 冒頭の部会長あいさつで私からは「7月25日開催された検討委員会で、新知事が決まるまでの間、検討委員会及び部会の審議は休止することになりました。したがいまして、本日は報告事項のみと致します。」と言い、この間の経過について事務局から説明を受けました。そして、その後私から個人的見解を加わるがと前置きした上で、「25日の検討委員会でこの部会の皆さんから出された、部会の論議の経過を尊重することや今後部会を継続して開催するのか検討委員会の見解を示して欲しいということをお伝えしました。しかし、私は午後の審議にはどうしても出席出来なくてこうした事態になりましたことを皆様にお詫びしたいと思います。私としては、当部会においても利水対策は重要な課題であり、これまでの審議を通じても例えば水源調査を行うとなれば、その費用はどこが負担するのかといった課題があり、そのことは一定の対策案がまとまった段階で審議しようと思っていました。しかし、当部会には利水以外の課題で洪水対策や土砂流出対策、森林整備など、まだまだ検討しなければならない課題が沢山あります。その意味で今回の審議を中断する決定は非常に残念でなりません。それともう一つ、検討委員会では多数決をとるのか部会と委員会との関係について論議が行われていますが、私は後で議事録を読んで宮地委員長が『部会と委員会の関係は細心の注意を払うが、最終的には委員会』と発言していることが残念でなりません。これからそのことも含めて皆さんからご意見を頂きたいと思います。」と付け加えました。
 その後、各委員からは「条例で設置され、今も条例で動いているのに、条例が権威がなさすぎる。」とか「部会は率直に流域住民が一つ一つ検討する場であり、まだまだやることがあり時間がかかるのに一時中断することは残念。」とか「この部会が例えばダムを選択し、検討委員会が違った方向を選択した場合、流域の住民にわかる様に説明すべきである」等々の意見が出されました。
 私としては、どんなに論議しても最後は宮地委員長の言う検討委員会に権威があるとすれば、部会でなぜ検討するのか、やる必要が無いのではないか。という位のことを誰かに発言して欲しかったのですが、最後に「この部会はどちらかの結論が先にありきの論議ではなく、一つ一つの課題を委員の皆様から出して頂き検証して来たし、にれからもその様なすすめて行きたいと思う。最終的には、そうやって検証して出した結論を検討委員会がどうとらえるかだと思う。一時中断して長いことお休みになりますが、これまでやって来たことを忘れないでもらいたい。」と言って閉会しました。

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