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治水・利水・ダム問題コーナー

「数」の論理による治水・利水検討委員会
2002.6.7

「日誌より」
 今日は治水・利水検討委員会がバスターミナル会館で開催され、出席しました。
 今日の審議は浅川・砥川の治水・利水対策についての答申のとりまとめ。6人の答申案を作るために設置された「起草委員会」がまとめた答申案にそって審議がはじまった。この答申案は「序文」「治水対策」「利水対策」「環境問題」「財政的視点」から構成されているが「序文」と「財政的視点」以外は一致できること以外は両論併記のA案(ダム+河川改修案)とB案(河川改修単独案)からなっている「両論併記」でした。
 まずは審議の仕方について順序立って行って行くことを私から発言し、その後、「序文」の中の「脱ダム宣言は・・・多くの人の共感を呼んだ。」としているが、「多くのとした根拠やデータはあるのか。」 と質問し、魔の審議がスタートした。私からは多にも世界的視点から論議した様な事が書かれているが、そんな論議をしていない、多のにも環境問題とか指摘すれば論議し検証していないことは、いくらでもある。論議していないことを無理して飾ってもダムだという趣旨の発言をすると、五十嵐委員から、竹内委員は勉強不足だ。世界的なことを自分の視野に入れて論議して来たという趣旨の発言。それに対し私は、事実経過として論議していないことをのせる必要はない。と反論。
 要するに論議をしていないことをのせようとすのは、この答申案随所に見えることであるが、結論先にありきの皆さんが論議不充分のまま答申を出すことになり、その内容の幼稚さが世間の論評に耐えられない(特にこれまで、脱ダムは全国に発信する「長野モデル」と言って来ただけに)という事にすぎないのです。
 その後も、私からは代替案は国の認可が得られることが前提であることを入れるべきであり私はB案では国の認可を得られないと思っており代替案となり得ないとか、長野市の出した昭和12年の既往最大相当とする指摘を入れるべきとか、様々な主張をしたが、結論先にありきの皆さん、特に宮地委員長と五十嵐委員は私の発言について的をしほり、竹内委員の言っていることは良く分からないとか、国の法律違反をしないことは当然であるとか、じゃあどうすれば良いのか等々、必要に迫りました。
 そうこうするうちに時間は経過し夜の6時半ごろ、宮地委員長は以上の論議を踏まえて私がまとめた総論を配布したいとして文書を配布。そこには、いきなりB案の選択がありました。これには起草委員であった浜委員が、多数(委員が提出した意見書)により判断するということが触れられていないと強く反発し、私からは治水・利水は数で決することはなじまないし、そうした意味で宮地委員長は「多数決はとらない」と言って来たのに矛盾すると迫りました。また、委員が提出した資料について審議に支障を与えるから公開しないという委員長の説明に、私は、皆さんは検討委員会や部会の審議は公開され、傍聴者にも資料が配付され全国に発信する素晴らしいモデルとしいてるのに、なぜ、両論併記から、いきなりB案が出るのか、そのプロセスを隠そうとするのか矛盾する趣旨の主張をしましたが、五十嵐委員から、公開すると様々な論議があるのでルールを作るべきとか、宮地委員長からは、そんなに賛否の数が信用できないのなら、私の手元にありますので今見て下さいと言う始末。
 結局、委員会は数と言われれば、手法はおかしくともそれに従うしかなく、従うしかありませんでした。
 しかし、私の気持ちは、数で負けても結論先にありきのB案(特に基本高水の設定ゃ河川改修方法)は、検討委員会で確認した国の認可に耐えうるものでは無いと確信していましたし、その基本高水流量を是か非でも主張して来た皆さんの責任は問われなくとも真価が問われる時が来ると思い、また、各委員が出した意見を非公開とした検討委員会の運営と矛盾したやり方も、誰が何と言っても、いつかは世間の荒波にもまれ、いかに自分達の主張が責任の無いものであったのか検証される時がすぐに来ると確信しています。
 要するに、影である委員が、自分は知事に利用価値があり田中知事を守るために、何としてもダムは中止と私に言ったことがありますが、普段であれば少数意見を尊重しろとか、情報公開を行うべきとか、民主的でないとい主張している委員の皆さんが、最後は自らの主張を結論先にありきのために、また、自分の保身のために、知事のために尽くすため数の力と情報公開を指定して答申を行ったのです。
 検討委員会の後、夜10時に知事になぜか答申が行われました。夜10時に答申を行うなどということは検討委員会にも報告されませんでしたし、私は、当然、長い時間をかけて民主的に行って来た委員会ですから、今回の委員会で答申案についても多くあった修正個所について各委員に「これで良いか」確認する手続きがあると信じていました。しかし、結果はなりふりかまわない「結論先にありき」の行動でした。夜10時は仕組まれていたのです。これが知事のやり方であることを私は確信しました。
 でも、検討すべきは知事を守るとか自分の将来を考えて民主主義を否定することでなく、流域住民の生命と財産をどう守るかだと私は思うのですが。

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