5−5.SQUIDへの応用

 

 4−5節において、集束イオンビーム直接蒸着法により実用に足るNb超伝導薄膜の成膜をおこなうことが可能であることを述べた。本節では、Nb超伝導薄膜を用いて非線形機能素子であるジョセフソン接合(Josephson junction)を作製し、さらにそのジョセフソン接合を用いて超高感度の磁気センサーであるSQUIDを作製し、その動作確認をおこなったことについて述べる。

 ジョセフソン接合には、大きく分けてトンネル型接合と弱結合型接合の二つの形式がある6)。トンネル型は厚さ1〜2nm程度の金属酸化層からなる絶縁膜を二つの超伝導体ではさんだ構造をしている。絶縁層の厚みとその均一性が特性を大きく左右する。一方、弱結合型にはいくつかの構造があるが、その代表的なものはマイクロブリッジ型と呼ばれ二つの超伝導体が微小な超伝導体(マイクロブリッジと呼ばれる弱結合部分)により接続された構造をもつ。マイクロブリッジ部はその要求される大きさ(たとえば長さは40nm以下が性能の良い弱結合のために要求される)がリソグラフィーにより加工が可能な範囲よりも小さいために、いかにそのような微細形状を再現性良く作製するかが課題となる。マイクロブリッジ型の一つの変形として、準平面型と呼ばれる弱結合型のジョセフソン接合がある7)。図5−14にその模式図を示す。上下2層の超伝導体層が絶縁層をはさみ、絶縁層が露出するように加工されている。露出した絶縁層上に超伝導体でマイクロブリッジを形成する。準平面型ジョセフソン接合においては、マイクロブリッジ部分の長さは上下の超伝導体層にはさまれた絶縁層の厚さにより決定されるために精密な制御が可能である。ジョセフソン接合の臨界電流値はマイクロブリッジ部分の断面積、すなわち幅と膜厚により決定される。再現性の良い臨界電流値を得るためにはこれらを厳密に制御することが必要となる。このような準平面型ジョセフソン接合のマイクロブリッジ作製にNbの集束イオンビーム直接蒸着膜を利用することを試みた。

 マイクロブリッジ部分以外は、Nbのスパッタ成膜、リソグラフィーと反応性イオンエッチング(Reactive Ion Etching)によるパターニング、および陽極酸化による酸化層作製の工程を組み合わせ、図5−14に示すような試料を作製する。下部電極の厚さは約300nm、絶縁層(Nb)の厚さは30〜40nm、上部電極の厚さは約200nmである。マイクロブリッジ部分の必要とされる断面積はたとえば13nm×500nm程度7)であるが、マイクロブリッジを作製する部分は角度を持った段差部分であるため、平面上における断面積、断面形状より小さくなるものと予想される。また、マイクロブリッジ作製後に試料を大気中に取り出すと、自然酸化により最表面の3〜5nmが酸化層になるものと思われる。したがって、マイクロブリッジ部の作製条件と臨界電流値の関係は実験的に求めざるを得ない。また、自然酸化を防ぐためにNb成膜に引き続き、Auを薄く同じ領域に成膜して自然酸化に対する保護膜とする試みもおこなった。

 

 

図5−14.準平面型ジョセフソン接合の構造

 

 

 マイクロブリッジ部の成膜の前に、上部電極および下部電極の表面に存在する自然酸化膜を取り除くために20keVのAuビームにより、最表面数nmをスパッタエッチングにより取り除いた。引き続き、100〜300eVのNb+ビームによりマイクロブリッジ部を作製した。図5−15に作製した試料の光学顕微鏡像例を示す。DC−SQUIDのパターンを利用した試料であるため、2カ所にマイクロブリッジを作製している。線幅〜0.6μm、膜厚〜10nmのNbパターンに線幅〜1μm、膜厚〜0.4nmのAuを重ねて作製したジョセフソン接合の電流−電圧特性の例を図5−16に示す。典型的な弱結合型のヒステリシスのない特性が得られている。臨界電流値は42μAである。また、マイクロブリッジ部分は、超伝導体のみならず常伝導体により作製しても近接効果により弱結合が形成されることが知られている6)。Cuを用いたマイクロブリッジを作製したところ、ジョセフソン接合が形成されることを確認した。

 

 

図5−15.作製したジョセフソン接合例

 

 

 

図5−16.作製したジョセフソン接合の電流−電圧特性例

 

 SQUIDはジョセフソン接合を用いた超高感度な磁気センサーである。ジョセフソン接合1個より構成されるAC−SQUIDと、2個より構成されるDC−SQUIDがある8)。DC−SQUIDの原理は、2個のジョセフソン接合を持つ超伝導リングにより磁界−電圧の変換をおこなうことである。例えば図5−16に示したジョセフソン接合により測定した磁界−電圧特性を図5−17に示す。横軸の1周期が1磁気量子(図中に示すφ0)に対応する。このDC−SQUIDにより磁力計を構成し、ノイズ特性を測定した。測定に用いたDC−SQUID磁力計の構成図を図5−18に示す。この構成は直接帰還方式差動型と呼ばれており、検出コイルに流れる電流を零にすることにより2次的に発生する磁界をなくすとともに、SQUIDリングに対する外部磁界の影響を排除することができる。この磁力計により測定したノイズのスペクトルを図5−19に示す。この結果は、リソグラフィーの工程を用いて作製した準平面型ジョセフソン接合によるDC−SQUIDと同等のものであり、一般的に作製されているトンネル型ジョセフソン接合によるDC−SQUIDと比較しても遜色のないものである。

 しかし、マイクロブリッジ部分の成膜条件に対する臨界電流値の再現性、制御性は実用領域には未だ達しているとは言えないため、この手法をジョセフソン接合、DC−SQUID作製の実用的な手法とするためには、さらに改善することが必要である。

 

 

 

図5−17.作製したDC−SQUIDの外部磁界−電圧特性例

 

 

 

図5−18.測定に用いたDC−SQUIDの構成図

 

 

図5−19.作製したDC−SQUIDのノイズ特性例