4−6.蒸着膜の結晶構造

 

 集束イオンビーム直接蒸着法により成膜した薄膜の結晶構造を、集束電子線を用いた反射高速電子回折法(Reflection High-Energy Electron Diffraction)、透過電子顕微鏡像およびX線回折法により解析した。

 Si(110)基板上に、54eVのAuビームを用いて大きさがおよそ100μm×100μm、厚さが0.4μmの試料を作製し、集束した電子線を用いて反射高速電子回折法により試料表面を観察した。その結果、スポット状の回折パターンも、ストリーク状の回折パターンも観測されなかった。この結果は、最表面がアモルファスに近い構造になっていることを示しているものと解釈している。

 同様に、Si基板上に54eVのAuビームを用いて成膜した試料(4.2節の図4−4、図4−5の試料と同じものである)を用いて、透過電子顕微鏡により断面の構造を観察した。図4−15に得られた透過電子顕微鏡像を示す。結晶粒径が30〜100nmの多結晶構造である。スパッタリング成膜法において観察されることの多い柱状構造は観察されていない。Au層とSi層の界面よりAu側に10nmほどの位置にごく薄い中間層が存在する。また、Au/Si界面は数nm程度の平坦度の乱れが生じている。50eV程度のエネルギーを持つイオンによる成膜では、界面に1〜数原子層の界面混合層が形成されることが予想されるが、薄い中間層が界面混合層であり、Au原子がSi原子層に10nm程度浸透していると解釈することもできる。

 Si基板上に54eVのエネルギーのAu+ビームを用いて成膜した、大きさが150μm×400μm、厚さが0.8μmのAu試料を用いて測定したX線回折の結果を図4−16に示す。測定は試料表面に対するX線の入射角を15°および20°に固定し、位置検出型のX線検出器により20°〜140°の範囲を同時検出することによりおこなった。その結果、入射角20°においてAuの(220)に相当する部分に回折線が得られた。これは、入射角15°においては認められない。この測定結果は断片的であり、X線入射角を連続的に変化させた場合にAu(220)回折線がどの範囲で出現しているか不明であるし、Auの他の方位に対応する回折線も得られていないために、これだけで断言することはできないが、成膜したAuの結晶粒がかなり偏った配向をしているか、あるいはたまたま大きな結晶粒が成長したものと思われる。図4−15に示した結果を考慮すると、前者の可能性が大きいものと思われる。

 

図4−15.Au試料の透過電子顕微鏡像

 

 

図4−16.Au試料のX線回折結果

 

 

4−7.結言

 

 低エネルギー集束イオンビームにより金属薄膜を成膜し、イオンビーム蒸着法において最も基礎的な物理量である付着確率の測定、集束イオンビーム直接蒸着法に期待される最大の特長である高純度成膜の確認、高純度成膜の結果として期待されるバルク並の電気特性、超伝導特性、およびイオンビームのエネルギーの効果が反映されるものと期待される蒸着膜の構造に関して評価をおこなった。その結果、イオンビーム蒸着における付着確率に関してはエネルギーの関数として現在までに発表されている測定結果よりもより確度の高い精密な測定結果を得ることができた。低エネルギー側で1を超える結果も得られたが、原子密度の測定の結果で補正すると誤差の範囲で1になることを確認した。純度に関してはオージェ電子分光法と2次イオン質量分析法を用いてAu試料の分析をおこない、電流密度と残留ガス圧から予想される純度と矛盾しない高純度が達成されていることを確認した。この結果により、集束イオンビーム直接蒸着法が高純度薄膜を作製することのできる新しい手法であることを証明した。電気特性に関しては、Au、Cu、Alについて抵抗率を測定した結果、エネルギーに対する明瞭な依存性は認められなかったこと、バルク抵抗値の1.2〜1.6倍(Au、Cu)、2.2〜2.7倍(Al)という薄膜として実用上問題のない値であることを確認した。高純度であるにもかかわらず、バルク値と差が生じたのは、結晶構造に起因するものと思われる。超伝導特性に関しては、Nbの臨界温度の測定をおこなった結果、エネルギーに対する依存性は認められないこと、8.5〜9Kという実用に足る臨界温度を持つことを確認した。蒸着膜の結晶構造に関しては、反射高速電子回折法、透過電子顕微鏡像およびX線回折法により解析した結果、最表面はアモルファスに近い構造であること、結晶粒径が30〜100nmの多結晶であること、各結晶粒は偏った配向をしている可能性があることなどがわかった。

 以上の結果は、まだまだ断片的であり集束イオンビーム直接蒸着膜の基本的な特性全体を明らかにしたとは言えないものの、高純度という特長を確認し、応用研究をすすめる上で必要な最小限の特性確認をおこなうことができた。

 

第4章の参考文献

 

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