4−5.蒸着膜の超伝導特性

 

 集束イオンビーム直接蒸着法の最大の特長である高純度成膜は、膜中の不純物濃度(酸素濃度)により臨界温度、臨界電流密度といった超伝導特性が大きく影響されるNbの超伝導薄膜の成膜に直接蒸着法が適していることを示唆している。蒸着エネルギー、残留ガス圧、ビーム電流密度(蒸着速度)を変えながらNb薄膜を成膜し、臨界温度の測定をおこなった。測定に用いた試料は、次のような手順で作製した。まずSi基板上にスパッタ蒸着法によりNb薄膜を成膜し、リソグラフィーによりそれぞれがパッド状電極に接続された平行な線状電極(線幅6μm、間隔4μm、厚み50nm)を作製する。次に減速したNb2+ビームを平行線状パターンに交差するように走査し、被測定対象のNb試料を作製する。このNb試料の線幅は1〜5μm、厚さは30〜50nm程度である。蒸着エネルギーを108〜428eVで、残留ガス圧を1.9〜9.8×10−7Paの範囲で適当に選択しながら複数の試料を作製し、液体ヘリウム容器中において4探針法で抵抗を測定した。温度の測定はGeの抵抗温度計を用いた。測定に用いた試料の写真例を図4−13に示す。

 このようにして測定した直接蒸着Nb試料の臨界温度と蒸着条件の関係を図4−14に示す2、3)。横軸のPは、式(1−6)で定義される不純物濃度であり、残留ガスの付着確率は1と仮定してある。蒸着エネルギーの臨界温度に対する影響は観察されなかった。Pの値が0.03〜0.2の範囲にある試料は、膜厚の均一性を重視するあまり高速で繰り返し走査しながら成膜をおこなったため、実効的な成膜速度がビーム電流密度により決まる成膜速度と比べ1/10〜1/20に低下した結果である。また、イオン源から引き出されたビームのうち、Nb2+の成分比が3〜5%と小さいため得られる電流密度が成分比に比例して小さいこともPが比較的大きな値となっている一因である。この結果より、Pが0.1よりも充分小さくなるように蒸着の条件を適当に設定すれば、バルクのNbの臨界温度(9.3K)に近い臨界温度のNb薄膜を成膜することができることを示している。

 バルクのNbにおいては、不純物としての酸素濃度と臨界温度の間には、原子数で1%の混入により0.93K臨界温度が低下する関係が報告されている8)。この関係で図4−14の測定結果を再現したのが図中の実線である。横軸は図の上部に示されている酸素濃度である。横軸の上部酸素濃度と下部Pの関係は、式(1−6)のうち、残留ガスの付着確率を0.2とすれば一致する。残留ガスの成分は、4重極質量分析器により分析した結果、主成分はHOであった。したがって、Nb成膜中において入射したHO気体のうち、酸素原子が膜中に取り込まれる確率が0.2であるという結果が得られたわけである。

 臨界温度がバルク値(9.3K)よりも若干低めになっているのは、膜厚の影響と思われる。スパッタリング成膜法により成膜したNbに関する報告9)によれば、200nmの膜厚においてほぼ臨界温度はバルク値となるが、30〜70nmにおいては8.2〜8.7Kとなっており、この結果とほぼ一致しているためである。

 膜質の評価をする手段として、室温における抵抗率と極低温における抵抗率の比を用いる方法がある。前節において述べた金属の抵抗率を決定する3要因、すなわち格子振動による電子散乱、不純物による電子散乱および結晶粒界や欠陥等における電子散乱のうち、後の2要因が寄与している割合を測定し、膜質を評価するものである。集束イオンビーム直接蒸着法により成膜したNb薄膜の場合、室温と10Kにおける抵抗率の比は、P<0.1の条件で成膜したものに関しては2.5〜3.1であり、この値は電子ビーム蒸着法で成膜したNb薄膜における値10)、およびスパッタリング蒸着法により成膜したNb薄膜の膜厚30〜70nmにおける値9)とほぼ同じものであった。P>0.1で成膜したものに関してはその値は〜1.5であった。

 

 

図4−13.臨界温度測定に用いたNb試料例(光学顕微鏡写真)

 

 

図4−14.Nb試料の臨界温度と蒸着条件の関係