3−4.導電体用液体金属イオン源
導電体としてAu、CuおよびAlの液体金属イオン源を開発した。Auは単体で融点が1064℃であり、タングステンに対する反応性はなく、濡れ性も良い。したがって、単体でイオン源を作製することが可能である。しかし、運転温度として〜1100℃以上が要求され安定に長時間運転するためには不利であるため、合金化による運転温度の低下をはかった。試験した合金はAu−Si、Au−Cu、Au−Cu−Si、Au−Cu−Ge、Au−Cu−Nb、Au−Cu−Al、Au−Al−Ge、Au−Cu−Al−Ge等である。
代表的な共晶型合金であるAu68−Si32合金(状態図は図3−1に示す)を原料として用いたイオン源における引き出しビームの質量スペクトルを図3−10に示す。図中のTは運転温度、Vは引き出し電圧、Iは引き出し電流値(引き出し電源に流れる全回路電流値)を示す。このイオン源は600℃以下の運転温度においてもビームの引き出しが可能である。
全率固溶型合金であるAu50−Cu50合金(状態図は図3−4に示す)を原料として用いたイオン源の質量スペクトルを図3−11に示す。運転温度900〜1000℃において非常に安定に長時間動作する。
Au−Cu−Si合金は、Au−Si合金が図3−1に示す共晶点370℃の共晶型であり、またCu−Si合金もSiが30%以上の領域において共晶点800℃の共晶型であるため、Au−Cu合金状態図に対して液相面固相面ともかなり低温側に移動することが予想される。Au37−Cu46−Si17合金を原料として用いたイオン源の質量スペクトルを図3−12に示す。このイオン源は600℃以上で運転が可能である。
Au−Cu−Ge合金においても、Au−Ge合金が図3−2に示す共晶点356℃の共晶型であり、Cu−Ge合金はGeが30%以上の領域では共晶点640℃の共晶型であるため、Au−Cu合金状態図に対して液相面固相面が低温側に移動することが予想される。Au39−Cu46−Ge15合金を原料として用いたイオン源により得られた質量スペクトルを図3−13に示す。このイオン源も600℃以上で運転可能である。
Au−Cu−Nb合金については超伝導体用液体金属イオン源の節において述べる。また、Au−Cu−Al、Au−Al−Ge、Au−Cu−Al−Ge合金についてはAl合金イオン源の説明の中で述べる。
図3−10.Au−Si合金イオン源の質量スペクトル例
図3−11.Au−Cu合金イオン源の質量スペクトル例
図3−12.Au−Cu−Si合金イオン源の質量スペクトル例
図3−13.Au−Cu−Ge合金イオン源の質量スペクトル例
Cuは単体で融点が1084℃であり、タングステンに対する反応性もないため、単体でイオン源にすることは可能であるが、Auの場合と同様、〜1100℃以上という高温における運転が必要であるので安定に長時間運転するには不利である。使用した合金は、Auを含むため、前述したAu合金イオン源と重複するが、Au−Cu、Au−Cu−Si、Au−Cu−Ge、Au−Cu−Al−Ge等である。Au50−Cu50合金を原料として用いたAu−Cuイオン源の質量スペクトルは図3−11に、Au37−Cu46−Si17合金を原料として用いたAu−Cu−Siイオン源の質量スペクトルは図3−12に、Au39−Cu46−Ge15合金を原料として用いたAu−Cu−Geイオン源の質量スペクトルは図3−13に示されている。Au−Cu−Al−Ge合金イオン源についてはAl合金イオン源において述べる。
Alは単体で融点が660℃と、イオン源原料として使用するのに充分低い値であるが、タングステンと反応しイオン源構造体を壊してしまうために単体では使用できない。Al−Au合金の状態図を図3−14に示す。高融点の金属間化合物があるものの、概して固相線が600℃前後の共晶型あるいは包晶型を示す。Auが60〜80%の領域で使用すれば800℃程度で運転が可能なAl−Au合金イオン源が構成できるものと予想される。これにさらにGeを混合すると、GeはAlともAuとも共晶型の合金になるので(共晶点はそれぞれ424℃、356℃)液相面固相面がさらに低温側に移動することが期待できる。Al10−Au66−Ge24合金を原料として用いたAl−Au−Geイオン源の質量スペクトルを図3−15に示す29)。700℃以上で運転が可能である。
AlをAu−Cu合金と混合しAu−Cu−Al合金イオン源とすることにより、液相面固相面の低温化はあまり期待できないものの、導電性薄膜に利用するAu、Cu、Alがすべて利用できるイオン源が出来上がる。図3−16にAu−Cu−Al合金イオン源(Auイオン源にAu、Cu、Alを追加したため原料組成不明)の質量スペクトルを示す。900℃以上で運転可能である。
Au−Cu−Al合金の液相面固相面がさらに低温側に移動することを期待してGeを混合したのがAu−Cu−Al−Ge合金イオン源である。Au50−Cu19−Al26−Ge5合金を原料として使用したイオン源の質量スペクトルを図3−17に示す。およそ800℃以上で運転可能である。
図3−14.Al−Au合金状態図26)
図3−15.Al−Au−Ge合金イオン源の質量スペクトル例
図3−16.Au−Cu−Al合金イオン源の質量スペクトル例
図3−17.Au−Cu−Al−Ge合金イオン源の質量スペクトル例
これらの導電体用液体金属イオン源はいずれも比較的低温(〜1000℃以下)で運転が可能であり、寿命も100〜300時間程度が達成されている。全般的な傾向としては、運転温度があまり低温側にあるもの(800℃以下)よりもむしろ高温側(800〜1000℃)にあるものの方がビームが安定である傾向がある。また、イオン発生部における多点放出(テイラーコーンが複数できる)が起因していると思われる非連続的なビーム電流値の変化も低温運転において多く見られる。経験的に最も安定に動作するのは、Au−Cu−Al合金イオン源、Au−Cu−Nb合金イオン源等である。これらの合金イオン源においては(Au−Cu−Nbを除いて)運転温度が原料合金の液相面を超えていると見られるために、運転温度による引き出しビーム中の原子組成の変化はあまり見られない。例として図3−18にAu−Cu−Ge合金イオン源から引き出したビームのイオン組成と運転温度の関係を示す。引き出しイオンビーム中における原子組成はAu57−Cu30−Ge13である。これは原料として充填したAu39−Cu46−Ge15と比較してCuが少ない。原料としてAu−Ge合金とCuを充填したために、Au−Geが先に溶けCuを完全に溶かす前に浸みだしが始まったことを示している。
第4章以降に述べる実験に用いたAu、Cuビームは、ほとんどの場合Au−Cu−Nb合金イオン源を用いたものである。また、Alビームは、Al−Au−Ge合金イオン源を用いている。
図3−18.Au−Cu−Ge合金イオン源のイオン組成と運転温度の関係