1−2.集束イオンビーム技術

1−2−1.集束イオンビーム技術の原理と歴史

(1)集束イオンビーム技術の原理

 集束イオンビーム(Focused Ion Beam)とは、液体金属イオン源(Liquid Metal Ion Source)から得られたイオンビームを電磁界レンズ、アパーチャ(aperture)などを用いて数μm以下に絞ったイオンビームのことである。その歴史は液体金属イオン源の出現とともに始まった。
 液体表面に強電界を加えると、電界による静電的な力と表面張力との競合により、テイラーコーン(Taylor cone)と呼ばれる円錐が発生し、先端部分の電界がある強度を超えると液体が噴出する現象は、水、油、グリセリン等において知られていた1)。その後、主にイオンロケットの開発過程において液体金属においても同様な現象があり、この場合には金属イオンが発生することが確認され、イオン源に応用することが可能であることが判明した2、3)。実用的な液体金属イオン源として報告され、その実効的な線源径がきわめて小さく、かつ輝度がきわめて大きいというその特長が明らかにされたのは1975年である4)。液体金属イオン源を用いた集束イオンビームの特長は、まさに液体金属イオン源の特長に起因するものである。実効的な線源径が小さい(〜50nm)ことは、レンズにより線源を特に縮小することなく投影しても1μm以下のビーム径が原理的には容易に得られることを意味している。また、輝度がきわめて大きいことは、得られるビームの電流密度が大きい(通常用いられるプラズマ型イオン源から得られるビームの電流密度より3〜6桁大きい)ことを意味する。このように、微細なビーム径でありながら、きわめて大きな電流密度を持つことが、集束イオンビームの特異的な特長である。
 また、集束イオンビームはイオンビームの持つ一般的な特長である制御性の良さ、すなわち電磁界により位置、エネルギーを容易にかつ精密に制御することが可能であること、およびエネルギー領域、イオン種の適当な選択によりエッチング、成膜、注入、露光等の様々な加工の能力をあわせ持つ。そのため、多様な加工を微細な領域において集束イオンビームのみを用いておこなうことが可能である。

(2)集束イオンビーム技術の歴史

 集束イオンビーム技術が微細加工技術として認知され、技術そのものの開発とともに応用が研究されるようになったのは、1979年にSeliger等が金の薄膜上にエネルギーが55keVのGaビームを線状に走査し、幅が0.1μm以下の溝がスパッタエッチングにより形成されたという報告5)からである。
 その後、ただちに集束イオンビーム露光が、また引き続きマスクレス(maskless)イオン注入への応用が試みられた。集束イオンビーム露光においては、上記55keVのGaビームのPMMA(一般にレジストと呼ばれる感光材料のうち、電子ビーム露光で最も一般的に使用される有機感光材料)に対する飛程は0.1μmに満たず、実用的なレジストの厚み(0.5〜1μm)に対応できないために、100〜200keVの加速エネルギーを持ち、Gaより質量の小さいイオン、あるいは多価イオンの発生と利用を可能にする合金イオン源と質量分離器を備えた集束イオンビーム装置が開発された。また、マスクレスイオン注入用にも、プラズマ型イオン源を用いた通常のイオン注入装置と同程度のエネルギー(50〜200keV)が必要とされ、また、単体ではイオン化が困難な不純物源(B、As、Si、Be等)のために合金イオン源の使用が必須のため、集束イオンビーム露光用とほぼ同じ装置が開発された。しかし、基本的に大量生産に対応することが困難なため、生産に適用されるには至らず、研究的な用途に用いられている。スパッタエッチングのための装置は、Ga専用機でエネルギーが20〜50keVのものが使用される。
 1980年代の半ばに、有機金属ガス雰囲気中でエネルギービームを照射しガスを分解して金属を成膜する手法が集束イオンビームに適用され、集束イオンビームアシスト蒸着法が始まり、それまでのエッチング、露光、イオン注入に加えて成膜が新たな機能として加わった。膜質は、純度に関しても電気的な特性についてもバルク金属とは異なるが、遮光あるいは電圧測定のための電極形成といった用途に限れば実用的な手段になるため、集束イオンビームアシスト蒸着法とスパッタエッチングを組み合わせた、フォトマスクリペア装置あるいはIC修正装置が出現した。しかし、レーザービームを用いるリペア装置に対してビーム径が小さい点のほかは、必ずしも優位性はないため、生産ラインで採用されるには至らなかった。
 集束イオンビームを微細ビーム径のイオン銃として分析、観察に用いる試みは、集束イオンビームの出現当初より始まった。その代表的なものは走査イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscopy)である。その他にも、2次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectroscopy)のイオン銃にも用いられている。スパッタエッチング機能と走査イオン顕微鏡機能を組み合わせた半導体用の断面観察装置が1980年代の終わりに出現し、半導体プロセスにおいてプロセス条件の解析用、あるいはICの故障解析の手段として定着し、生産ラインに組み込まれる装置になっている。また、同様な装置が透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy)の試料作製に用いられるようになった。

1−2−2.集束イオンビーム装置

 前項において述べたように、集束イオンビーム装置には大きく分けて、Ga専用でエネルギーが20〜50keV程度の装置(装置と言うよりイオン銃に近いものもある)と、合金イオン源を使用し、質量分離器をそなえ、エネルギーが50〜200keV程度の装置の2種類がある。前者はスパッタエッチング、集束イオンビームアシスト蒸着、走査イオン顕微鏡等のためのものであり、マスクリペア装置あるいはIC断面観察装置といった専用装置になっているものもある。後者は集束イオンビーム露光、イオン注入に用いられる装置であるが、用途が限定された専用装置にはなっていないことと、その機能の多様さから研究用の装置と呼ぶことができる。以下に、この両者の構成例を示す。
 エネルギー50keVのGa専用集束イオンビーム装置鏡筒の概念図6)を図1−1に示す。Ga液体金属イオン源、2組の静電レンズ、アパーチャ、2段構成の偏向電極
(deflector)、それらを内部に含む真空系の他、ビーム軸の補正(steering)とブランキング(blanking)を兼ねる電極、非点収差補正用の電極(stigmeter)および図には示されていないが鏡筒出口に装着される2次電子検出用のチャンネルプレート(channel plate)から構成されている。第1レンズは引き出し/加速をも兼ねた3枚構成の非対称レンズである。偏向電極は第2レンズと試料ステージ(sample stage)間に配置する場合と、この例のように第2レンズの上流に配置する場合がある。上流に配置する場合には、偏向電極を2段構成にして一度偏向した軌道を下流側の電極により反対方向に偏向させ、常に第2レンズの中心を通すようにする。これにより、第2レンズの電界による偏向に対する影響を無視できる範囲に抑えることができる。この配置の利点は、第2レンズと試料面の距離を近づけることができるので、レンズ系の倍率を小さくできる、すなわち、ビーム電流を絞っていったときに到達する最小ビーム径を原理的に小さくできることである。第2レンズはアインツェルレンズ(Einzel lens)と呼ばれる対称型の3枚構成レンズである。2次電子検出器は、偏向電極の位置信号と組み合わせて、走査イオン顕微鏡像を撮るのに使用される。この鏡筒の仕様は、エネルギー1〜50keV、最小ビーム径50nm以下、ビーム電流密度5×104A/m2(5A/cm2)以上、鏡筒先端から試料面までの距離10mm、走査範囲150μm等である6)
 次に、質量分離器付きの集束イオンビーム装置の構成例7)を図1−2に示す。Au−Si−Be合金あるいはPd−Ni−Si−Be−B合金を原料とする液体金属イオン源、引き出し/加速系を含む第1静電レンズ、ビーム軸補正電極、ブランキング電極、E×B型の質量分離器、アパーチャ、非点収差補正電極、第2静電レンズ、偏向電極および2次電子検出器から構成されている。これらは真空系の内部に配置される。図ではXYステージと制御系についても示されている。加速エネルギーは40〜100keVであるが、2価イオンではその2倍の値となる。引き出し/加速をも兼ねた3枚構成の非対称レンズである第1レンズにより、イオン源よりビームが引き出される。引き出されたビームには、イオン源の材料である合金の組成に対応したイオン種が含まれる。次に質量分離器により、その中から所望のイオン種のみを選別する。集束イオンビーム装置には、E×B型質量分離器と呼ばれる、電界と磁界とを直交させある特定のイオン種のみについて電界から受ける力と磁界から受ける力を互いに打ち消し、直進させる形式のものが使用される。集束イオンビーム装置においては各光学部品の光軸を厳密にあわせることが必要であるが、E×B型の質量分離器は中心軸が直線的であるために厳密な光軸あわせが可能である。図では合金イオン源から引き出された複数のイオン種のうち、Si2+のみが中心軸上を通り、他のイオン種(Be、Si等)はアパーチャによりさえぎられる。また、電界のみを調整することにより他のイオン種にビームを切り替えることは容易にできる。選別されたイオン種は、第2レンズによって集束され、偏向電極により偏向された後、ステージ上におかれたターゲットに到達する。ターゲット周辺には2次電子検出器が配置され、走査イオン顕微鏡像の撮影に用いられる。

図1−1.Ga+専用集束イオンビーム装置の鏡筒例


図1−2.質量分離器付きの集束イオンビーム装置の構成例7)

 

1−2−3.集束イオンビーム技術とその応用

(1)集束イオンビーム露光

 電子ビーム露光に置き換わるべき技術として、集束イオンビーム露光は集束イオンビームの出現と同時に応用手法として研究が始まった。電子ビーム露光に対して、レジストの感度が高いこと、および近接効果(レジスト内での散乱のためにビームサイズより露光領域が拡がる現象)が小さいため、より高い露光速度およびより微細なパターニングが期待されたからである。しかし、前述のように数10keVのGaビームではレジスト(電子ビーム露光で通常使用されるPMMA)内での飛程が0.1μm以下と小さすぎ、実用的なレジストの厚み(0.5〜1μm)には対応できない。飛程を大きくするためには、イオンのエネルギーを上げる(100〜200keV)方法と、Gaよりも質量の小さいイオンを用いる方法がある。そのために、前節で述べたような質量分離器付きの集束イオンビーム装置が開発され、200keVのSi2+(PMMAにおける実効的な飛程は0.45μm8))、200keVのBe2+(PMMAにおける実効的な飛程は1.2μm8))等のビームが集束イオンビーム露光の研究に用いられた。Matsui等は、150keVのGaビームを用いて、20keVの電子ビーム露光では近接効果のために分離できない0.1μm間隔のパターンを分離し、また260keVのBe2+ビームを用いて、幅、間隔とも0.1μmのラインアンドスペース(line and space)パターンを作製し、電子ビーム露光に対する優位性を示した9)。またChu等は、280keVのBe2+ビームを用いて0.05μmのパターニングを報告している10)。また、応用的な使い方として、Morimoto等は、200keVのBe2+とSi2+を組み合わせて露光し、レジストに対する飛程の差とイオンビームの特長である深さ方向に切れの良い分布を利用して、T型のゲート電極(マッシュルームゲートと呼ばれる)を作製している11)
 これらの研究の結果、電子ビーム露光と比較して、近接効果が小さい、レジストに対して高感度であるといった優位な特性が明らかにされた。しかし高感度であるが故にショットノイズと呼ばれる統計的な揺らぎの影響があらわれたり、ビーム自体の安定性がきびしく要求されるようになった。また、電子ビームよりビームの速度が遅いためにブランキングにおけるビームの切れが悪くなるといった現象が生じるほか、ビームがレジストを透過して基板まで達してしまうと不純物が注入される効果も生じる。こういった問題点ために、ただちに電子ビーム露光技術に置き換わるには至らなかったが12)、この技術は電界電離型ガスイオン源を用いたイオンビーム露光技術として継承され、パターニングの線幅がさらに微細になる次世代の微細加工技術の候補の一つとして、研究されている。

(2)マスクレスイオン注入

 集束イオンビーム技術のイオン注入への応用は、マスクレス、レジストレスであることから非常に迅速で簡単なプロセスであること、および場所により注入量を任意に設定することが可能な自由度が期待され、集束イオンビームの出現とともに研究が始められた。しかし、マスクレスイオン注入も、集束イオンビーム露光と同様、まず装置の開発を待たねばならなかった。Siに用いる不純物源はB、P、AsでありGaAsに用いる不純物源はBe、Siである。これらは単体では融点が高い等の理由によりイオン源が構成できないため、Pd−As−B13)、Au−Si−Be14)といった合金を原料とする液体金属イオン源が開発された。また、加速エネルギーも通常のイオン注入装置と同程度の30〜200keVが要求される。そのために、図1−2に示したものと同様な、質量分離器付きの集束イオンビーム装置が開発された。上記合金には、p型の不純物源とn型の不純物源が両方含まれているために、同じイオン源を利用して、質量分離器によりイオン種を選択することにより、p型の不純物導入とn型不純物導入をおこなうことができる。
 集束イオンビーム注入と通常のイオン注入装置を用いたイオン注入の違いは、電流密度が3〜6桁大きいことである。電流密度の差が注入された不純物の分布および誘起される損傷にどのような影響を与えるかといった点を中心に、Siバイポーラートランジスタの作製15〜17)、SiMOSFET( Metal - Oxide - Semiconductor Field - Effect Transistor)の作製18、19)、Si抵抗層の作製20)、GaAsMESFET(Metal-Semiconductor Field-Effect Transistor)の作製21)、GaAs高抵抗層の作製22)等において研究がおこなわれた。その結果は、不純物の分布、損傷といった基礎的なデータについても、作製したデバイスの電気的な特性についても、集束イオンビームイオン注入と通常のイオン注入装置を用いた基板単位の注入の間で、有為な差はないといったものがほとんどである。
 加工速度の点で生産ラインで通常のイオン注入装置と置き換わることはできないが、研究開発の手段としての有用性が明らかにされ、研究的な応用への適用は現在も継続しておこなわれている。分子線エピタキシー装置(Molecular Beam Epitaxy)等と組み合わせ、真空内でプロセスのすべて(あるいはほとんど)をおこなおうとする真空一貫プロセスへの応用23)の他、量子効果デバイス作製への応用24〜26)が試みられている。
 

(3)スパッタエッチング、マイクロマシニング

 1979年にSeliger等が金の薄膜に55keVのGaビームを線状に走査し、幅が0.1μm以下の溝がスパッタエッチングにより形成されたという報告5、27)から集束イオンビーム技術が始まったわけであるので、スパッタエッチングは集束イオンビームの最初の応用技術であるが、当初はむしろビーム径の評価をするために用いられる位で、デバイス作製にただちに応用されるに至らなかった。
 スパッタエッチングの収率は、入射した1イオンあたりのスパッタリングされた原子数で定義されるが、通常数100eVで1を超え、10〜100keVにおいて10程度の最大値をもち、それ以上のエネルギーでゆるやかに減少していく28)。また、質量の大きなイオンほど大きな値を持つ。しかし、その差は数倍程度であり、半導体等の加工において、あえてGa以外のイオン種を利用する利点が小さいので、図1−1に示したような、Ga+専用でエネルギーが10〜50keV程度の鏡筒が通常用いられる。
 集束イオンビームを用いたスパッタエッチングにおいては、加工形状がスパッタされた原子の再付着により大きな影響を受ける29〜31)。そのため、高速で多数回繰り返しビームを走査した場合には比較的イオン量に比例した形状が得られるが、低速で少数回走査した場合にはできあがるパターンの断面形状はイオン量の分布からの差が生じる。
 スパッタ速度を上げる方法として、反応性のガス雰囲気中でスパッタエッチングをおこなう、集束イオンビームアシストエッチングと呼ばれる手法がある32、33)。装置としては次項で述べる集束イオンビームアシスト蒸着に用いるものと同じものを用いる。その原理は、必ずしも明らかにされているわけではないが、基板表面に吸着した反応性ガスと基板表面の原子が反応し揮発性の化合物になり熱脱離あるいは物理的スパッタリングにより取り除かれる過程により主に説明される。Cl2ガス雰囲気中で35keVのGa+ビームをSiおよびGaAs基板に照射し、Siの場合でガスアシストのない場合と比べて5倍、GaAsの場合10倍のエッチング速度が得られたことが報告されている。また、再付着の影響はないが、エッチング速度は、ガス圧、ビーム電流密度のほか、走査時間(特定の部位に対する照射時間、照射間隔)の影響を大きく受ける34)
 集束イオンビームを利用したマスクレスエッチングは、非常に自由度の大きな微細形状加工ができることが特長で、マイクロマシニングに応用されている。マスクリペア、IC修正、IC断面加工については後述する。主な応用例としては、半導体レーザーの端面加工を20keVのGaビームでおこない、効率に対する影響は小さいという報告35)、2μm厚のステンレス板を25〜30keVのGa+ビームを用いて切り抜き、切り抜いたものをSi基板上に載せ、再付着を利用して接着した報告36)、走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy)の探針先端を20keVのGaビームを用いて先鋭化加工をした報告37、38)などがある。変わった応用としては、ダイヤモンド薄膜を成長させる前のSi基板に25keVのGaビームを用いて直径が0.1〜0.3μm程度の穴をあけ、ダイヤモンド成長の核にするという報告39、40)がある。

(4)集束イオンビームアシスト蒸着

 有機金属ガス等の気体雰囲気中でレーザー、電子、イオンなどのエネルギービームを照射すると、ガスが分解され、蒸気圧の低い成分が照射部位に堆積することは、局所的なCVD(Chemical Vapor Deposition)として知られ、1980年代はじめより研究がおこなわれてきた41〜43)。この技術は集束イオンビームにもただちに適用され、集束イオンビームアシスト蒸着法(英語ではFocused Ion Beam Induced Deposition:FIBIDと呼ばれる)が集束イオンビームを用いた成膜技術として確立された44)。レーザーと比較して、励起ビームサイズが小さいために、より微細なパターンが描画できることが期待された。
 集束イオンビームアシスト蒸着法に用いられる装置は、20〜50keVのGa+専用機にガスの供給系を取り付けたものを用いる。初期にはターゲット全体をガス供給用のチェンバーで覆う方式もとられたが、通常は図1−3に示すように、ビーム照射部位に近接した微細管を用いて、ガスを供給する45)。これにより、真空チェンバー全体での真空度をある範囲に保ちつつ、照射部位周辺のみを〜100Pa程度のガス圧にすることが可能となる。

 

図1−3.集束イオンビームアシスト蒸着法に用いる装置例45)



 集束イオンビームアシスト蒸着法の原理は、基板表面に吸着した原料ガスが、照射したイオンビームとの衝突、物理スパッタされようとする原子との衝突、局所的に加熱されることによる熱などにより分解し、揮発性の成分が脱離して金属成分が残留し、成膜されることで説明される46)。そのために、集束イオンビームアシストエッチングと同様、ガス圧、ビーム電流密度の他、ビーム走査の条件(走査速度、走査間隔)により、蒸着速度、成膜した薄膜の組成(純度)が影響を受ける。
 集束イオンビームアシスト蒸着法により成膜が報告されている金属には、金、プラチナ、銅、タングステンなどがある。金は、DMG(hfac)と呼ばれるガス(CAu:Dimethyl gold hexafluoro acetylacetonate)を原料とする。15keVのGa+ビームを用い、最小線幅0.5μm、生成率は4〜5atoms/ion、組成はAu:Ga:O:C=75:20:<5:<5で、抵抗率は500〜13000μΩcmが報告されている47)。また、同じグループが40keVのGa+ビームを用いて、室温と125℃まで基板加熱した条件で成膜をおこない、生成率はどちらもほぼ3atoms/ionであるが、室温では組成がAu:Ga:C=50:10:40で抵抗率が1100〜1400μΩcmであるのに対し、100℃では組成がAu:Ga:C=80:10:10となり100〜125℃において抵抗率が3〜20μΩcmとバルク(2.4μΩcm)並に小さな値となることを報告している48)。基板加熱の効果は、同じグループによる非集束Ar+ビームを用いた金成膜の実験による結果が集束イオンビームより先に報告されており49)、それによれば160℃においてはビームを照射していない部位においても熱分解のために成膜がおこなわれること、室温の成膜においては組成はAuとCが同程度であり抵抗率は10000μΩcmで断面観察をすると金の結晶粒が不純物の中で互いに離れたままで浮かんでいるのに対し、基板温度を上げていくと金の純度が上がり結晶粒同士が接して通常の多結晶状態になり、抵抗率もバルク並の値となることを示している。これらの報告においては、基板加熱の効果の原理については明らかにはされてはいないが、加熱による分解成分の離脱速度に対する影響と同時に、原料ガス自体の熱分解の寄与もかなり効いているものと思われる。
 プラチナの成膜は、原料に(MeCp)PtMeガス(Methylcyclopentadientyl trimethyl platinum)が用いられる。35keVのGaビームを用いた成膜により、最小線幅0.3μm、生成率〜2atoms/ion、組成がPt:Ga:C:O=46:28:24:2、抵抗率70〜700μΩcmが報告されている50)。プラチナの場合には基板加熱すると、原料ガス自体が基板表面に吸着しなくなるため、基板加熱による高純度化はおこなわれていない。
 銅の成膜も試みられており、原料ガスとしてCu(hfac)TMVSと呼ばれるガス(Copper (+1) hexafluoro acethylacetonate trimethylvinylsilane)が用いられる。25〜35keVのGaビームを用い、最小線幅は0.25μm、生成率は10〜30atoms/ion、室温における成膜では組成はCuとCが同程度、抵抗率は50μΩcm以上であるが、基板温度を100℃以上にあげると、純度は上がり、抵抗率がバルク(1.7μΩcm)に近い値に下がり、構造も金における報告49)と同様に不純物層のみられない多結晶となることが報告されている51)
 タングステンの成膜には、通常W(CO)6が用いられる。25keVのGa+ビームを用いて、生成率1〜2atoms/ion、組成がW:Ga:C:O=75:10:10:5、抵抗率150〜225μΩcmが報告されている52)
 そのほか、スチレン(C)等を原料とした炭素の成膜45)、TMOSと呼ばれるガス(Si(OCH):Tetramethoxysilane)と酸素の混合ガスを原料としたSiOの成膜の報告53)などがある。
 集束イオンビームアシスト蒸着法で成膜したパターンは、不純物を多く含み、電気的な特性がバルクとはかなり異なるため、その用途も後述するマスクリペア、IC修正などに限られている。特長、欠点等に関する議論は、本論分の主題である集束イオンビーム直接蒸着法との比較において、後の節でおこなうことにする。
 

(5)走査イオン顕微鏡および分析応用

 集束イオンビームを偏向電極で走査し、試料表面から発生する2次電子を検出し、CRT上で位置をデフレクタの信号、強度を2次電子強度で表示させると、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)像と同様な、走査イオン顕微鏡像を得ることができる。すべての集束イオンビーム装置にはこの機能が与えられており、最も基本的な機能である。装置自体の調整(ビーム径、ビーム形状の最適化)は、走査イオン顕微鏡像を見ながらレンズ電圧、ビーム軸補正電極、非点収差補正電極、アパーチャ位置、イオン源位置等を調整することによりおこなう。また、他の応用においても、試料表面の観察、加工部位の位置合わせ、加工の確認等で用いられる54)
 走査イオン顕微鏡による2次電子放出率は、走査電子顕微鏡と同様、試料表面の形状、元素、結晶方位、電位等に依存する。しかし、それらは走査電子顕微鏡と比較して、よりコントラストがつきやすいため、走査電子顕微鏡像とは異なる画像が得られる。たとえば、試料表面の段差部分をより明確にとらえることができる。また、絶縁物を観察するとき、チャージアップと呼ばれる表面に電荷が蓄積され表面電位が上昇する現象の影響がビーム位置におよぼす効果が小さいために、画像の変形が少ない。そのため、導電物で試料表面を被覆することが不要である。実用的な応用例としては、試料表面を全く前処理することなく、結晶粒の観察をおこなうことが可能であるため、半導体デバイスの金属配線層の結晶粒観察に用いられている55)。走査イオン顕微鏡の欠点は、観察時に試料表面をスパッタエッチングし、また試料に対しイオン注入するために、有意な観察はそれらの影響がでない程度の短時間に限られることである。
 走査イオン顕微鏡と同様に、試料上にイオンビームを走査し、2次イオンを測定すると、2次元的な2次イオン質量分析像を得ることができる。そのための装置は、2次電子検出と比較してかなり大がかりになり、2次イオンを効率よく集める光学系および質量分析器により構成される。質量分析器には、4重極交流電界を用いる形式と扇型電磁石による静磁界を用いる形式との2形式がある。図1−4に、4重極交流電界を用いた場合の装置構成例を示す56)。また、スパッタエッチングにより断面を作製し、試料を傾けて断面の2次イオン質量分析画像を撮ることも可能である57)。しかし通常、集束イオンビーム装置に2次イオン質量分析機能が組み込まれることはまれで、むしろ2次イオン質量分析装置に微小ビーム径イオン銃として、図1−1に示したような集束イオンビーム鏡筒が組み込まれる場合が多い。


 

図1−4.2次イオン質量分析をおこなう装置構成例56)

 

(6)マスク修正、IC修正

 リソグラフィーに用いるフォトマスクの修正は、加工速度があまり問題とはならないため、生産ラインに取り込まれ得る最初の実用的な集束イオンビーム応用技術とする試みがおこなわれた。フォトマスクは通常、ガラス基板とガラス基板上に成膜、パターニングされた厚さ〜80nmのCrにより構成されている。フォトマスクの欠陥には、透明であるべき部分が不透明になっている黒欠陥(opaque defect)と、不透明であるべき部分が透明になっている白欠陥(clear defect)の2種類がある。黒欠陥の修正には、20〜50keVのGa+ビームによるスパッタエッチングが用いられる。より早い時期にフォトマスク修正装置として定着したレーザーを用いたものと比べ、ビーム径が小さく、熱的な加工ではないためにより精密な修正が期待された54)。Cr層の除去という点では期待された精度が達成されたが、下地のガラス層へのGa+イオンの注入と、それによる光の透過率の低下という現象(修正部分が黒欠陥となる)が問題点として明らかになった。注入層を後でエッチングする手法も報告されている58)。白欠陥の修正は、当初はスパッタエッチングにより欠陥部分に微小なプリズムを作製してその部分の光の直進を妨げる様な手法も報告されたが54)、集束イオンビームアシスト蒸着法が出現すると、この手法によるCの成膜を用いるようになった45)。マスク修正に用途をしぼった専用装置もいくつかの商用機が発表されている。
 X線リソグラフィに用いるマスクは、Si基板とSi基板上に成膜、パターニングされた厚さが0.5μm程度のAuかTaにより構成されている。フォトマスクと比較して、パターニングに0.1μmという高精度が要求され、また金属の層が厚いために熱的な加工法に適さないため、レーザーを利用したフォトマスク修正装置では対応できない。そのため、集束イオンビーム技術を用いたマスク修正が期待されている。フォトマスク修正のときに問題となった基板への注入と損傷の効果は、X線の透過に対してはおよぼす効果が小さいため問題とはならない。黒欠陥の修正はスパッタエッチングによりおこない、白欠陥の修正はAu、W、Pt等の集束イオンビームアシスト蒸着によりおこなう。しかし、黒欠陥修正時には、加工厚みが大きいため再付着の影響を受けやすいこと、スパッタリング収率が結晶方位に依存することより生じるスパッタリング速度の場所による(結晶粒による)不均一といった問題点が明らかになってきた。また、白欠陥の修正においても、加工厚みが大きいことより生じる再付着、およびアシスト蒸着した膜中に不純物が多く密度が小さいために、もともとのX線吸収層の厚みより修正部位の厚みを大きくしなければならない(より大きなアスペクト比が要求される)といった問題点が生じる59)。X線リソグラフィー自体の研究とあわせて、修正技術を確立するためにこれらの問題点に対する研究が続けられている。
 スパッタエッチングと集束イオンビームアシスト蒸着を組み合わせれば、保護膜に覆われているICの配線パターンを修正することが可能である。すなわち、走査イオン顕微鏡機能により、配線位置を確認し、次にスパッタエッチングにより所望の配線パターンが露出するまで溝を作製する。配線層が露出したらスパッタエッチングによる切断、アシスト蒸着による接続あるいは電極形成をおこなうことができる。加工例として、CMOS( Complementary Metal - Oxide - Semiconductor)によるPLA(Programmable Logic Array)の配線の切断が1985年に報告された60)のを始めに、SiO上のAlパターン切断時に抵抗が20MΩ以上となる報告61)、集束イオンビームアシスト蒸着法によりSiOXを成膜し絶縁層として用いた報告62)等がある。次に紹介する断面観察ほどは実用化されているとは限らないが、集束イオンビームによるIC修正は、多層配線に対してはいくらか制限があるものの、ICの故障解析の手段として、半導体プロセスにおいて実用的な手法として定着しつつある63)

(7)IC断面観察、断面加工

 1980年代の終わりに、スパッタエッチングによりICの任意の位置に溝を掘り、断面を観察する手法が出現した63、64)。走査イオン顕微鏡により観察位置を確認し、スパッタエッチングにより溝を掘り、試料を傾けて走査イオン顕微鏡により断面の構造を観察する。機械的な研磨に頼っていたそれまでの断面加工と比較して、断面が非常に鋭利でありまた任意の位置で断面を加工することができるという実用上有利な特長を持つ。この手法は、故障解析の手段として提供されたが、実際にはむしろプロセスの確認用として(たとえば、貫通穴による層間配線の条件確認)半導体産業において有用性が認識され、大規模な生産ラインには必ず評価用装置として組み入れられるようになっている。集束イオンビームが真に実用的な手法として確立し、産業的に最も良く利用されている例であり、専用の商業機が供給されている。集束イオンビームに対して斜めに走査電子顕微鏡を組み込んだ装置も、商業機が供給されているが本質的な違いはない。
 観察したい断面に対して両側から溝を掘り、200nm程度の薄膜を残すことにより、透過電子顕微鏡に用いる試料を作製することができる65)。透過電子顕微鏡において、試料作製(観察したい領域の断面薄膜化)は最も難しい技術であるが、集束イオンビームを用いた走査イオン顕微鏡像による位置確認と溝加工は、試料作製の負担を大幅に軽減し得るため、集束イオンビームを用いた試料作製が急速に普及している。