なぜ国立大学を受験できないの?!

『週刊金曜日』に掲載

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のロケット発射以後、これと無関係な在日朝鮮人 の子供たちが暴力と陰湿な脅迫にさらされている。制服のチマ・チョゴリを着た女生徒 が傘で殴られたり朝鮮学校に脅迫電話がかかるなどの事件が起こり、学校も私服通学へ の一時的な切り替えや集団登下校などの自衛策に追われた。だが事態は女生徒が日本人 男性から「お前は朝鮮人か。最近はこういう服装(私服)で通学しているのか。」と朝 鮮学校生で確かめられたうえで「お前、刺されるぞ」と脅かされる事件にまでエスカレ ートした。
 根底に在日朝鮮人に対する偏見や差別感があっての事件である。こうした状況を産む 背景の一つに「制度的な差別」とも言えるの朝鮮学校の卒業生が国立大学を受験出来な いと現状があるのではないか。

日弁連の勧告
 今年2月、日本弁護士連合会は当時の橋本首相と町村文相に対して「朝鮮各級学校の みならず、いわゆるインターナショナルスクールなど日本国に在住する外国人の自国語 ないし自己の国及び民族の文化を保持する教育に関して重大な人権侵害があると同時に 子供の権利条約など関係条約違反の状態が継続している」として、「学校教育法第1条 の各学校と同等の資格を認める処置をとる」などの早急な改善を勧告をした。同時に各 国立大学学長宛てに「人権侵害の是正のため、朝鮮高級学校及び各教育水準を確保して いるインターナショナルスクールの卒業生に対して、受験資格を認め」る要望書を提出 した。
 現在4年制大学では公立57校中30校が、そして私立では431校中、早稲田や慶 応と言った有名大学を含む220校(97年9月現在)が朝鮮高級学校(高校に相当) などの外国人学校出身者の受験や入学資格を認めている。しかしひとり国立大学だけが 入学はおろか、受験すら認めていないからである。
 学校教育法にいう大学入学資格は「高等学校を卒業した者若しくは通常の課程による 12年の学校教育を修了した者、又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の 学力があると認められる者」とされている。だが各種学校に分類されるこれら外国人学 校の卒業生でも自大学で実施する入学試験に合格しさえすれば「(高校卒業)と同等以 上の学力があると認められる者」として、公立及び私立大学は入学させている。文部省 の指導は無視する形だが、大学の授業に着いていける否かを判断するのが入学試験だと の認識に基づいている。
 一方文部省からは受験生の学力を問題とする声は聞こえない。ただ出身校が「1条校 」でないことだけを理由として朝鮮学校など外国人学校の受験生を排除してきた。しか も「学校教育法1条の枠外の学校出身者は国公立私立を問わず基本的には大学、大学院 の受験資格はない。大学に資格を判断する権限はない」との立場を崩さず「今後重ねて 指導していく」と強硬な態度を取り続けている。その結果が朝鮮高校などの卒業生が国 立大学に受験出来ないという状況が今日まで続いてきた。
 「何も国立大学に合格させてくれと言っているのではありません。生徒に受験の機会 を与えて欲しいと言っているだけなのです」と東京朝鮮中高級学校で高3生の学年主任 を務める申成均先生は言葉にやりきれなさをにじませる。「もし子供が国立に行きたい というと、都立高校の定時制との掛け持ちや大学入学資格検定(大検)を取るなど大き な負担が掛かります。」と顔を曇らせた。

朝鮮高校の受験生
 現在朝鮮学校は朝鮮大学(東京都小平市)を含んで全国に140校あり、その内75 校が初級で52校が中級、そして高級は12校あり、総数で約2万人の生徒が通う。そ の一つを訪ねた。東京の北区にある東京朝鮮中高級学校は中学と高校にあたる6学年で 約1000名の生徒がいる。夏休みにもかかわらず蒸し暑い中を高校3年生の生徒たち は学校に足を運んでいた。受験に備えて学校側が用意した夏期講習のためである。予備 校や塾の講習に行くもの自由だが、学校の講習は無料でもあり大勢の進学志望者が顔を そろえた。高校部はこの春に新校舎が完成し普段は真新しい教室に机を並べているのだ が、ここには冷房設備がない。「補助金がないから全額寄付で建てた校舎です。とても 冷房までは望めません」と先生が苦笑いを見せる。
 日弁連は先の勧告書で「外国人の学校の振興助成に関する立法処置がなされるまで、 少なくとも私立学校振興助成法によるのと同等以上の助成金が交付されるよう処置をと るべきである」と述べる。付随の調査報告書によると、概算で朝鮮学校など外国人学校 の生徒の保護者に対する助成は「1条校」の私立学校のそれの10分の1に満たないの である。その結果、保護者は高額負担を強いられ、また教職員は犠牲的な献身性を発揮 せざるを得ないのである。それでも現状では学校運営は苦況に立たされている。「著し く不利益、かつ不平等な扱い」を受けていると同報告はいう。
 教師たちはせめて夏期講習だけでもと、冷房の入る中学校用の旧校舎の音楽室や応接 室を受験生の夏期講習の教室にあてた。その広過ぎたり、狭すぎたりの「仮教室」に数 学の解説や英語の文法を説く朝鮮語が響いていた。
 来年に受験を控えるA君も国立大学志望だ。中学生のとき読んだ原子力に関する本や 、アインシュタインの著作で物理学に興味を持ち、将来は学者の道に進みたいという。 多くの生徒が朝鮮大学に進学するがA君は朝鮮大学から物理学者への道は閉ざされてい ると思って高1から既に国立受験の準備してきたことと、また親に経済的な負担はかけ たくないといいうのが国立大の志望理由だ。そのために彼は高校一年のときには朝鮮学 校と都立の通信制高校とを掛け持ちで通った。いわゆるダブルスクールがだ、相当ハー ドな日課だ。
朝鮮学校も基本的には日本の学習指導要項に沿ったカリキュラムで授業 が進められる。ただし「国語」が朝鮮語で「外国語」の英語の他に日本語の授業が週に 3時間ないし4時間ある。文部省が進める週休2日制にする余裕などない程詰まったカ リキュラムが組まれている。そしてクラブ活動の盛んなことも昨年サッカー部が帝京高 校と都大会の優勝を争ったことで有名だ。
 A君も体操部にも汗を流す毎日の中で月に約2回、日曜日に通信高校のスクーリング にも通い、毎月のレポート提出も怠らなかった。しかし物理学の学者になるとの目標を 早くから掲げた彼は、できれば大学受験資格を得るためだけに続けるダブルスクール状 態から抜け出したいと大検の勉強も独力で進めた。そして見事に高校1年生にして11 教科の試験をパスして大学受験資格を手にした。「高校1年生のときは正直言って辛か ったです。部活をすると、どうしても通信高校のスクーリングに出るのが難しくなって しまったから」と振り返る。「双子の兄弟がいるから学費のこともあるし」と経済的理 由を国立大の志望理由にあげる彼は塾に通うこともなく通信添削を自学自習で受験準備 を進めている。

資格を得るために浪人
 今春、朝鮮学校を卒業した姜文基君は「高卒」資格を得るため通信制都立高校の4年 に籍を置きながら予備校に通う。「一度朝鮮高校のときに習ったことを、また通信高校 でも繰り返す虚しさがあります。出来ればもっと新しいことを勉強したいけれどレポー トの提出もあるし、出席日数の問題もあるから休めません」と言う。彼はこの6月にプ ロテストに合格したくらい朝鮮学校のときからボクシングに「のめり込んだ」と言う。 その中で人間の筋肉や生理学に興味を持ち、スポーツ科学が勉強したいと順天堂大学を 第一志望に選んだ。以前この大学は朝鮮学校の出身者でも受験できたという。そのため ダブルスクールで高校卒業資格を取得する必要がなくなり通信高校は中退した。ところ が今年になってこの大学が高卒資格を要求してきた。仕方なく別の私大を受験したが、 急な志望校変更で失敗。結局浪人した今は本来の志望大学受験に備えて元の通信高校4 年に編入したのだ。
 また地方の親元を離れて兄と暮らしながら通信高校と予備校を掛け持ちする浪人生の 李明哲君は「志望が船舶工学で、東京周辺だと横浜国立大学にしかその学科がないから 」と、高校卒業資格の取得と受験勉強の並行を説明する。「取り敢えず大学へ」と漠然 と進学を考えていた彼は、修学旅行での北朝鮮への船旅で船の魅力に目覚め自身の進路 を決めた。彼も「一応」国立大を目指して朝鮮学校在学中に大検取得を目指した。しか し学校を代表する部活の一つのボクシング部選手として出場したインターハイが大検と 重なって断念した。文部省の指導に「平等じゃないと思う。入学させてくれと言うんじ ゃなくて受験させてというだけなんだから」とぽつり。

朝鮮大学生の京大大学院合格の波紋
 9月3日京都大学は鄭鎮洪さんの大学院合格を発表した。朝鮮大学(東京都小平市) 出身者としては初めてのケースだった。京都大学は出願資格について「本研究科におい て、大学を卒業した者と同等以上の学力があると認められる者」の項にあたるとして今 年3人の朝鮮大学出身者の受験を認め、その内の1名を合格とした。これは文部省が受 験資格なしとする朝鮮大学生が、学力的には大学院に通う実力を十分有していることを 京大が認めたことであり、また一方で文部省が問題としているのは受験生の学力ではな いことをあらためて浮き彫りにした。それでも文部省は「法解釈上、各種学校を出ただ けでは大学院の入学資格は認められない」と繰り返している。
 これについて9月18日衆議院文教委員会で社民党の保坂議員は、有馬大臣が東大学 長のときにはテンプル大学日本校の学生に対して門戸を開いたのだから、東大時代の立 場を貫いて欲しいと質問に立った。有馬氏は「文部大臣になりますと矛盾があるとつく づく認識せざるを得ない。」と述べ、「国際化の多様な状況を整理して、検討してみた い」とは言いつつも「わが国の大学、大学院は各種学校、外国人学校の受験資格を認め ていない。引き続き適切な指導をしていく。」との消極的な態度しか見せなかった。し かも今回受験を認めた京大とかつて有馬氏自身が受け入れた東大についても「高等教育 局長を通して指導していると聞いた」と文部省の大学への「圧力」を追認した形だ。
   一方「外国人学校卒業生の国立大学入学資格を考える国立大学教員の会」の田中宏一 橋大学教授たちは「日本に住む外国人が、自国の言葉、文化などを学ぶ権利が保障され ると同時に、能力に応じて等しく教育を受ける権利も保障されるべき」という点から京 大の受験受け入れと鄭鎮洪さんの合格を歓迎するコメントを発表した。田中教授は北朝 鮮のロケット発射に絡んでの「いじめ」について「文部省が政策的、組織的ないじめを してい現状では、朝鮮学校生へいじめをしている者に対して政府は何も言えない」と指 摘する。
 今年も東京朝鮮中高級学校からだけでも5名の生徒が東大、京大、一橋大など国立大 学受験を目指して大学入試センターへ試験の出願資格の確認を求める書類を各大学に提 出した。国立大学側からの確認がないとセンター試験すら受けられないからだ。「著し い人権侵害」を放置するか否かが日本の国立大学に火急の問題として問われている。

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