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■ミステリの歴史■


6.1870年代の探偵小説

(3)アンナ・カサリン・グリーン(承前)

――『リーヴェンワース事件』について


 アンナ・カサリン・グリーンの処女作『リーヴェンワース事件』(1878)は、どういう話なのか。簡単に紹介しておこう。

 ニューヨークの富豪リーヴェンワース氏が深夜、自宅の書斎で殺された。彼は二人の美しい姪と暮らしていたが、彼女たちは性格が正反対。メェリイ嬢は派手好みで、リーヴェンワーズ氏の遺産をすべて継ぐことになっている。エリナー嬢は淑やかで信心深いが、遺産は全くもらえない。事件の前の夜、二人の姪とリーヴェンワース氏の間に何かいさかいがあったらしい。しかし、メェリイもエリナーも、家族の名誉にかかわることだと、秘密を語ろうとしない。

 エリナー嬢に心を奪われた青年弁護士レイモンドは、エベニザー・グライス警部と協力して事件を調べ始める。素人探偵が警察に協力して捜査するのを、作者はグライス警部の口を通して、こう説明する。

「私は何をどうしようとも、自分を社交界の人間と見せかけることに成功したためしがありません。私は紳士を装うことができません。仕立屋や理髪師も駄目です。私はいつも見破られてしまいます」
 彼がひどく落胆した様子なので、私は内心の心配にもかかわらず、微笑を禁じ得なかった。
「私はダンスや顎ひげのことをよくわきまえているフランス人の従僕を雇うことすらしたのですよ。しかし、すべては徒労でした。最初に私が近づいた一人の紳士は、私をじろじろ見つめました。私がいうのは、本当の紳士という意味で、いわゆるアメリカの伊達男のことではありませんよ。」(原百代訳/東都書房版p70)

 グライス警部は、ルコックと異なり、変装が苦手な探偵なのだ。上流階級の秘密を探るのには、真の紳士の協力が必要である、と理解していた。この素人探偵とプロの探偵の協力関係を、中島河太郎は解説で、「弁護士の知り得た事実を、解釈してみせる探偵の存在を明白にした点は、やはり一つの功績であろう。」と評価している。もっとも、A・E・マーチによれば、当時のアメリカで「有能な警察官がグライス探偵のいうようなハンディ・キャップに苦しまねばならなかった、とは信じられない」(『推理小説の歴史』)とのことだ。グリーンが属していたブルックリンの上流社会がそうだったのか、もしくは「彼女が自国の警察官について全く知識を欠いていたため、ガボリオーとかバルザックとかデューマ等から得たフランス警察官の社会的地位に関する印象を、そのまま自己の作品の上に反映させたのではないか」(同前)と思われる。

 しかし、グリーンは父親が刑事弁護士だっただけあって、法律や警察捜査の手続きには、正確な知識を持っていたようだ。本書でも、法廷場面が重要な位置をしめる。やがて、謎の美男貴族が現れ、小間使いが失踪する。

ここに登場する男性たちの、上流婦人に対する尊敬の念が克明に描かれている。侵すべからざるものという観念があるため、審理も捜査もなかなか進捗しない。この令嬢たちが自分の知っている事実を率直にぶちまけ、また奉公人らも主家の人々への忠実以上に、真実を尊重するなら、事件捜査は順調に進行することだろう。ところが、名誉を重んじ、忠実を尊ぶこれらの人々が、すべて事実を秘し隠しているのだから、ある意味では始末に負えないのである。 (中略)令嬢の秘密結婚などの意外な謎が伏在していて、家庭内の秘事の錯雑した様相が展開される。(中略)さらに第二の死体が起こるなど、前半の退屈な詠嘆調を脱して、大詰への追いこみの手腕は凡でない。最後の犯人究明にしても、いささか芝居じみてはいるが、意外性の効果を十分心得ている。(中島河太郎/解説)

 『リーヴェンワース事件』には、犯行現場の図面が挿入されている。ガボリオーの『ルコック探偵』にも、足跡付の犯行現場の図があったが、屋内の部屋割りと被害者の位置が、犯人の行動を推測する手掛りになっている点で、進歩が見られる。ただし、死体の人型シンボル図はまだない。また、レイモンド弁護士は、事件を調べる過程で出てきた疑問をリストにまとめる。焼かれた手紙の断片から、全体を推理していく過程も出てくる。被疑者に恋をするナレーター役の青年弁護士は、ワトスンやヘイスティングズの先駆者といえるだろう。のちに探偵小説の典型的な小道具やプロットのうちのいくつかは、グリーンの処女作において、すでに取り入れられている。

 このグリーンの先駆的試みをA・E・マーチは『推理小説の歴史』(1958)のなかで、こう評価している。

われわれは彼女の作品の中にはじめて、その後五十年間イギリスで書かれた大多数の推理小説の原型を発見し得るのである。(中略)
この「レヴンワース事件」で、アンナ・カサリン・グリーンは単に探偵を主役として活躍させるとか、新しいプロットの構成を定型化してみせただけでなく、その後の推理小説ではめずらしくなくなったとはいえ、当時においてはまだ充分新しかった人物、出来事をこの処女作に取り入れ、その推理テーマを生彩づけたのである。例えば、遺言状を書き直そうとしたとたん殺される金持ちの老人とか、図書室の中の死体とか、死因や死亡事件に関する細かい医学的証拠とか、検死官の死因調査とか、専門家の証言とか、弾道学の大家による銃の鑑定とかがそれだが、ほかにも、ミス・グリーンは、犯行現場の見取り図の作成や、のちに「ライゲートの大地主」の中でシャーロック・ホームズの注意をとらえたのと同じような、引き裂かれた手紙の再生をさえ、この作品に取り入れているのである。(村上啓夫訳)

 江戸川乱歩の『海外探偵小説 作家と作品』のグリーンの項は「二十世紀著述家辞典」からの引用だが、そこにはこう書かれている。

彼女はアメリカの探偵たるものは、神秘の世界に右往左往することなく、凡て法規に従って行動すべきだと考えた。又、殺人犯人は、良心の呵責に耐えかねて、自らその罪を暴露するように描くべきだと考えた。 (中略)グリーン女史はこう書いたことがある。『探偵小説の最大の要件は、新味のある筋のもつらせ方によってプロットを面白くすることであり、誰も試みなかったような意外の筋の展開を示すことである。一つ一つ謎が解けて行って、遂に快い驚きを伴うクライマックスに達しなければならぬ。クライマックスが読者を失望させるようなものであってはならない』(田中潤司訳)

 トリックや推理ではなく、プロットの妙により、謎が快い驚きとともに解かれることが、探偵小説の要である、とグリーンは理解していた。これは、コリンズやガボリオーからはじまった長篇型探偵小説のひとつのタイプであり、この時代の「探偵小説」とはこれであった。そしてこのタイプの探偵小説は、後の黄金時代にも廃れることなく続いていく。

 こうして、『リーヴェンワース事件』は当時のベストセラーとなったのだが、探偵小説史的には、先駆者のひとりとして取り上げられるものの、あまりよい評価は与えられていない。なにせ、ジュリアン・シモンズは『ブラッディ・マーダー』の中で、その成功の理由は「当時のアメリカでは、探偵小説と呼べる作品がほとんど書かれていなかった」からだと言うぐらいだ。他の史家の評価も、総じて低い。

 『探偵作家論』(1931)でダグラス・トムスンは、こう断じる。

女史のなだらかなペンから生まれた小説に就いては、ここに述べる必要は殆んど無い。批評が既に全体的に彼女を好遇して来たのだ。彼女も、ビクトリア風のメロドラマと探偵小説的な興味とを巧みに結合させる事には、決して成功を収めたとは云えない。これは主として彼女が余り立派な探偵ではなかった為だ。(略) 『レヴンワース事件』も決して一流の探偵小説では無い。その探索は極めて初歩の物であるに過ぎない。その筋も手が附けられなお位に引き伸ばされていて、そのメロドラマと来たら、不自然に誇張された作品の標本の様なものだ。(広播洲訳/中島河太郎の解説より孫引き)

 『娯楽としての殺人』(1941)でのヘイクラフトの評価はこうだ。

アンナ・カサリン・グリーンの小説が卓越した文学だとはだれにもいえない。彼女はだれかが評しているように、当時の感じやすい時代にうまく合ったのだ。そのスタイルは信じられないほど、近代的な基準からすればわざとらしいメロドラマ調であるし、性格描写はかた苦しい人為的なものである。だが筋は注意ぶかい構成の見本で、今でもなおすぐれたものである。この特長により、また先進者としての美点と人気にささえられて、彼女はアメリカの探偵小説の発展史にいなみがたい名誉ある地位をしめている。

 『探偵小説の歴史と技巧』(1937)でフランソア・フォスカは、こう述べる。

彼女の多産な文筆生活は、1878年に恐らく彼女の作品中最も卓れた作品である『リーヴンウォース事件』より始まっている。この話は非常に長い筋のもので、その文章は誇張と細心とが交錯している。作者は複雑な而も芝居染みた事件に真実性を与え、卑俗な感傷を生かして、この小説を作り上げている。(長崎八郎訳/中島河太郎の解説より孫引き)

 このフォスカの評を受けて、中島河太郎はこう解説する。

 この見方は本篇の特長をよく捉えている。殊に主人公の二人の令嬢についての描写や感情の起伏は、誇張しすぎてかえって生彩を欠いている。メロドラマ的構成に頼りすぎたため、令嬢たちの表面だけのかい撫でに終わってしまい、その性格や精神的相克を浮彫りにすることはできなかった。二人をとり巻く男性たちにしても、女性尊重の念は伝えられたかもしれないが、それ以上の懊悩煩悶は底の浅いものになってしまった。
 だが十九世紀後半の女性で、はじめて小説の筆を執った作者にしてみれば、当然小説の規範として、扇情的なメロドラマが浮かぶはずであった。作者は巧みに犯罪をからませ、紳士淑女の掟ともいうべきプライバシー尊重の線を貫き通した。たとえ冗漫や誇張という欠点はあるにしても、発端の事件から結末の解決まで、図式どおりの推理長篇を、この年代に早くも完成してみせてくれたのである。
 その点先に引いたトムスンの非難は、決して当たっていないわけではないが、制作年代を抜きにした注文であって、酷な感じがする。この年代に先蹤作品もほとんどないに等しいとき、事件の捜査を中心にした大長篇をこしられた力量はなんといっても特筆されるばきであろう。(東都書房版・解説)

 『現代推理小説の歩み』(1953)のサザランド・スコットは、もう少し積極的に評価する。

ことば使いは、やや誇張的であるし、筆調の感傷性も、いくらかオーバーであるが、プロットはしっかりしていて、念入りに仕あげられてる。また、副次的な事件は、中心テーマに、ほどよく織り込まれており、まやかし(レッド・ヘリング)は、今日の読者が読んでも、結構味わいがある。著者は、要点を明らかにする場合、ときに長い時間をかけすぎていることもあるが、とにかく、要点はかならず明らかにされているのである。心理学を利用している点、また、その体裁が現代推理小説のそれと心にくいほど似ている点は特に興味がある。(中略)「リーヴェンワース事件」は、推理小説通の書棚のなかに永久に保存されていなければならない作品である。(長沼弘毅訳)

 諸家がそろっていう「誇張しすぎた筆致」とは、例えばこんな具合である。

あたかも思いがけぬ一撃を受けたかのように、私はたじたじと後じさりした。なんたることだ! どれほど底深い恐怖と堕落が私の目前に展開されるのか! 気分が悪くなり、私は両手で耳を蔽い、その場に立ちすくんでしまった。(原百代訳/東都書房版p29)

 現代の読者を辟易させるこうした筆致が、しかし、当時の読者には受けたのである。この過剰ともいえる登場人物たちの感情表現は、例えば無声映画の演技を思い起こさせる。グリーンの時代にはまだ映画は存在しないから、無声映画よりも前の時代の、大衆演劇が元になっているのかもしれない。事実、グリーンの作品は、この処女作をはじめ、何度か舞台劇となっている。そして、多くの大衆読物とおなじく、その時代でのみ受け入れられるものでしかなかった。それをミッシェル・スラングは「(彼女は)真の天才にも、安ピカの天才にも、欠けていた」と述べている。真の天才の作品は、時代を超えて生き延びる。また、あまりにもチープなものは、そのチープさゆえ、時代の象徴として珍重される。しかし、グリーンは「あまりにも勤勉で、あまりにも深刻で、息荒いメロドラマの伝統にあまりにも忠実」だった。当時の大衆読物の主流であるがゆえに、真っ当すぎたのだ。

 『リーヴェンワース事件』は、ガボリオーや、のちのドイルの長篇のような2部構成をとらず、物語の最後で犯人が判明する近代ミステリの構造を持っている。しかし、彼女自身が最も気に入っているという Hand and the Ring(1883)は、動機を過去の事件に求めるガボリオー型の物語となっているようだ。そういう意味でも、たしかに過渡期の作家であるのは間違いない。

 とはいえ、すでに述べたように、グリーンの作家歴は長期に渉っている。最後の長篇が発表された1923年は、クリスティとクロフツが登場した1920年より後であり、江戸川乱歩が「二銭銅貨」を発表したのと同年である。彼女自身は1935年まで生きたわけだから、黄金時代の主要作家の活躍を見届けたことになる。したがって、『リーヴェンワース事件』のみをもってグリーンを評価するわけにはいかないことは、もちろんである。

 ライト(ヴァン・ダイン)の「傑作探偵小説/序文」や『娯楽としての殺人』『二十世紀著述家辞典』などには、次のような作品が代表作として挙げられている。

 しかし、グリーンの作品は、彼女の死後、急速に忘れられていく。『リーヴェンワース事件』も1930年代に一度、復刊されているらしい(注2)が、東都書房版の世界推理小説大系が企画された1960年代には非常に入手しにくい本だったようだ。この大系にこの古典作品が収録された背景には、訳者の原百代氏と交流のあった一人の英国人女性の、テクスト入手までの並々ならぬ献身があった。そのため、この訳書は、その英国人女性ミス・リディア・ウィングフィールド・ディグビイに「心からの感謝をこめて」捧げられている。(注3)

 その後、1970年代からアメリカでも古典ミステリの再評価が盛んとなり、グリーンの作品も容易に入手できるようになった。1989年には Patricia D. Maida による研究書 Mother of Detective Fiction: The Life and Works of Anna Katherine Green も出版された。同書によると、1894年に出されたアーサー・コナン・ドイル卿からグリーンへのファンレターが残っているという。それには、ドイルが講演旅行でグリーンが住んでいたニューヨークのバッファローに赴くため、会合を提案しているらしい。(注4)世紀末ニューヨークの夕べに、この二人の楽しげな語らいを想像するのも、また一興であろう。

 アンナ・カサリン・グリーンはまた、『リーヴェンワース事件』を含め長篇11作(『世界ミステリ作家事典』では12作)に登場するエベニザー・グライス警部のほか、1897年から1900年までの長篇3作でグライス警部と共演する老嬢アメリア・バターワースと、短篇集 The Golden Slipper and Other Problems for Violate Strenge (1915)に登場する若い女性ヴァイオレット・ストレンジという二人の女性探偵を創造したことでも知られる。前者はミス・マープルの先輩であり、後者は少女探偵ナンシー・ドルーの原型になったという。

 しかし、それはまだ、のちの話である。その時代を扱うときに、改めて検証しよう。


(注1) 『傑作探偵小説』の序文で『密室の中』(1887)として挙げられた作品。原題がはっきりしないが、たぶんこれだろう。 (本文に戻る)

(注2) この作品は1936年に映画化されているから、それと関係しているのかもしれない。 (本文に戻る)

(注3) 「訳者による謝辞」というこの珍しいエピソードは、長谷部史親の「続・欧米推理小説翻訳史」[EQ1997年9月号]によった。 (本文に戻る)

(注4) この情報は、Michael E. Grost のWebサイト A Guide to Classic Mystery and Detection による。 (本文に戻る)


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