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■ミステリの歴史■


3.イギリス 1850年代〜1860年

(7)「刑事の回想録」


 「犯罪実話読物の系譜」の項でも述べたように、ウォーターズの『ある刑事の回想録』(1852米版/1856英版)以降、世紀末にかけて、英国では「刑事の回想録」と銘打ったものが多数出版された。これらは現職または退職した刑事が書いた「実話」と称し、多くはいくつかのエピソードを連ねた短篇集のスタイルで世に送り出された。主人公の警察官は「ヴィドックの変装術の誇張と、リッチモンドの人情味プラス中産階級的倫理遵守とを結合したもの」(『天の猟犬』p100)で、「おもに中産階級の人びとからなる読者層の価値観を反映する特性を備えた大衆の英雄として」(同、p106)描かれた。

 この種の「刑事の回想録」の類がどれだけ出ていたのか、はっきりしたことは分からないようだ。これは、もともとがイエローバックのような読み棄てられることが前提の本として出版されたため、現存する本がきわめて少ないためであるらしい。『クイーンの定員』よれば、

これら「暴露もの」は驚くほど人気を得、文字どおりくたくたになるまで読まれたあげく、地獄の辺土(リムボー)へと消えていった。今日では五十たらずの書名が知られているだけである。

この種の作品を比較的詳しく解説しているジョン・カーター(注1)の「探偵小説収集」(『推理小説の美学』所収)でも、「ずらりと作品名を並べ立てて、抜きんでているような人はほとんどいない。」とされている。

 主な作者名と題名を挙げると、以下のようなものがある。(ただし、ジェイムズ・マクゴヴァンの作品が同種のものなのかどうか、疑問はある。)

 上記のいくつかのエピソードはE・F・ブレイラーのアンソロジー『ヴィクトリア朝の探偵小説の宝箱』A Treasury of Victorian Detective Stories (1979)に収録されている。(作品案内)

 また、この他にトム・テイラー(1817-1880)の『仮出獄の男』 The Ticket of Leave Man (1863)は、メロドラマ(演劇)だが、刑事ホークショーと悪漢ドールトンの対決が描かれ、正体を隠していた刑事が最後に変装を解いて「おれは刑事ホークショウだ!」と名乗りをあげ、観客を驚かすシーンが大うけだったという。こうしたメロドラマにも、1860年代の刑事ものの流行を見ることが出来る。

(これらの)初期の事件記録型の物語は語り口がぎこちなく、最低限のプロットや構造しかなく、人物の性格描写は皆無だった。さらに、探偵たちは今日の読者が当然予想するような捜査技術をほとんどもたず、陳腐な質問をくりかえし、かなりの幸運に助けられて事件を解決した。(『女探偵大研究』)

 とはいうものの、ある程度は当時の警察捜査の方法を再現していたようであるから、こうした「実録型事件簿小説」Casebook Fiction を警察小説 Police Procedural の先祖という見方をすることも、決して不可能ではない。マイケル・E・グロスト Michael E. Grost によるWebサイト A Guide to Classic Mystery and Detection では、一方の始祖にポーをおき、一方の始祖にウォーターズをおいて、それぞれ別の系統樹を描き出している。いわゆる「推理の物語」と「捜査の物語」の違いということなのだろう。ウォーターズのほうは、ガボリオーやニック・カーター他のダイム・ノヴェル作家を経由してハードボイルド(私立探偵小説)や警察小説へと至る道、というわけだ。これはこれで、ひとつの見識といえるだろう。

 なかでもグロストは、「実録型事件簿小説」のガボリオーへの影響を強調している。英国のセンセーション・ノヴェルが上流階級の犯罪事件を扱いながら、探偵役に職業探偵=刑事を使わなかったのに、ガボリオーの主人公が刑事である点に注目する。変装する刑事というキャラクターの原型がヴィドックにあることは間違いないが、ヴィドックからルコックへと発展する中継点に、これら「刑事の回想録」を置くわけだ。『推理小説の歴史』には、「アレキサンドル・デューマは、イギリスの警官の活動状況を知らせるため、ウォーターズの「一刑事の思い出」をフランス語に訳させ、パリで出版させた。」とあるから、この説も充分に説得力をもつ。

 さて、このような「実録型事件簿小説」の中にも、ポーの影響はあらわれはじめる。グロストによれば、フォレスター・ジュニアはある作品で感嘆をこめてポーの名を出し、『私立探偵の告白』の1話である "Arrested on Suspicion" には、明らかに「盗まれた手紙」と「黄金虫」の影響が見られるという。また同じくフォレスター・ジュニアの『女探偵』の1話 "Unknown Weapon" では、探偵役のミセス・グラッドン(注2)が、事件解決に向けて殺人のあった夜のタイム・テーブルを作成する。「全編にわたってミセス・グラッドンの捜査の方法論はあきらかに論理的、合理的なものである」(『女探偵大研究』)。

 さらに、チャールズ・マーテルの『ある刑事の手帳』の1話、「首を吊られて――ある告白」"Hanged by the Neck: A Confession" は「デュパン並にエキセントリックな人物で、まったく個人的な(しかも厭世的な)動機から、殺人事件に関わっていく探偵紳士を登場させている。またこの小話は、いきなり探偵=犯人かと思わせておいて、その裏をかく展開が用意され、短編の範囲で可能な物語の面白さへの工夫がこらされていることがわかるのである。」(『探偵小説と多元文化社会』p41)じつは、この「首を吊られて」は『クイーンの定員』の#6にノミネートされているトマス・ベイリー・オルドリッチの『狂乱』Out of His Head (1862) の1エピソード「舞姫」の原型であると、グロストは指摘している。「舞姫」は(どうやら狂人であるらしい)主人公が、向かいのアパートに住む踊り子の殺人事件にからむ話で、クイーンによれば探偵小説の進展のために次の三つの寄与をはたしているという。

 グロストと『探偵小説と多元文化社会』の短い紹介を読むかぎり、この寄与のうちのふたつは、オルドリッチではなくチャールズ・マーテルに与えられなくてはいけないだろう。

 センセーション・ノヴェルがブームになった一方で、ほぼ同時代にこれらの「実録もの」も多数の読者を獲得した。このふたつの小説群の読者層が同じだったのかどうか、はっきりしない。複雑なプロットを有するセンセーション・ノヴェルが比較的高い教育層に読まれ、単純な筋立ての実録型事件簿小説は低い教育層に受けた、という想像は可能だが、それを確認することはできなかった。しかし、犯罪をめぐる物語が19世紀英国の幅広い層に好まれたことは間違いない。

 実録型事件簿小説は、その一部はポーから影響をうけ、また全体としてガボリオーへの流れをつくったということで、探偵小説史の1850年代から60年代をつなぐ作品群として重要である。これらは「大衆文化のひとつのパターンとして栄え、ビクトリア朝の民衆が、探偵物語なら何でも争って飛びついた事実を、はっきり証拠立てている」(『天の猟犬』p99)のだが、逆にいうと、こうした物語群が消費されることによって、来るべき「シャーロック・ホームズの時代」が受け入れられる下地が作られていったということもできよう。


(注1) イギリスの出版人、書誌学者。同名のアメリカ作家や火星の大元帥と混同してはいけない。 (本文に戻る)

(注2) 初の女性職業探偵。ただし、『ある婦人刑事の経験』が1861年に出版されていれば、こちらのミセス・パスカルが初代女性刑事になる。 (本文に戻る)


■作品案内

■今回の主な参考資料


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