ミステリの歴史/フロント・ページへ  <M・E・ブラッドンその後のコリンズ

ホームページへ


■ミステリの歴史■


3.イギリス 1850年代〜1860年

(5)ウィルキー・コリンズと『月長石』


 ウィルキー・コリンズに戻ろう。

 『月長石』(注1)について語るときに必ず引用されるのは、T・S・エリオットの「最初にして最長、最良の現代イギリス探偵小説(modern English detective novels)」(注2)というほめ言葉だろう。そしてたいていの場合、「最初」と「最長」については意見もわかれるが、「最高」については、誰しも認めるに違いない、とつづく。たとえば、ヘイクラフトは『娯楽としての殺人』のコリンズの項をこうしめくくる。

この作品の無数の愛読者たちは、九十二才の老法律家オリヴァー・ウェンテル・ホームズのつぎの判定に同意するだろう――「ここに最高のものがある」

 ドロシー・L・セイーヤーズも「犯罪オムニバス/序文」で最大限の賛辞をおくる。

あらゆる点を考慮に入れて、『月長石』はおそらくこれまでに書かれた探偵小説の中で最もすぐれた作品である。その視野の広さ、すべてを緊密に組み立てた完璧性、人物描写の多様さ手堅さなどと並べてみると、今日の探偵小説は薄っぺらで機械的に見える。人間の手が作るものに完全ということはないが、『月長石』はその種のものが近づきうる最大限まで完全に近づいた作品である。

 ジュリアン・シモンズだって負けていない。『ブラッディ・マーダー』にはこう書かれている。

構想の独創性といいプロットの整然たる展開といい、『月長石』こそ物語作家の技倆が完璧に発揮された傑作だと認めざるを得ないだろう。(中略)たとえばサマセット・モームがスパイ小説ではなくて探偵小説を、それも彼の最良の形式で書き上げたとしたら、『月長石』と肩を並べる作品が生れたことだろう。

 ここまで誉めちぎられる作品も少ないだろう。

 なるほど、『月長石』が傑作だということはよーくわかった。しかし、それは探偵小説として評価されているのか。つまり、探偵小説に特有の面白さにおいて傑作といえるのか。そもそも、この作品は純粋な探偵小説なのか。セイヤーズは、もちろん、そうだ、というに違いない。シモンズも、次のような文を読むと、同意見だろう。

(読者は)パズル構成の比類なき巧妙さと、波瀾万丈のストーリーを語り聞かせて飽かせぬ叙述とを結びつけた数少ない犯罪小説のひとつを読んでいるとの想いに駆られるに違いない。パズルの解明は完全なフェア・プレーである。

 小池滋も『白衣の女 III』の解説「最悪にして最後?/ウィルキー・コリンズと推理小説」で次のように断言する。

『ムーンストーン』は、本格派探偵小説の必要条件をほとんど完全に満足させている。お暇な読者はS・S・ヴァン・ダイン大博士の制定した「二十条の憲法」でも、ロナルド・ノックス大僧正の下し給うた「十戒」でも、何でもよいから、それらに照らしてこの小説をテストしてみるがよろしかろう。まず十中八、九までは合格するに違いない。一見オカルトや超自然を持込んでいるように見えながら、最終的解決はそれに頼っていないし、犯人は実に意外な人物だが、ちゃんとはじめから登場している。つまり、完全なフェアプレイで読者に挑戦しているのだ。

 だから、ウィルキー・コリンズこそ本格派推理長篇小説の模範、その正道に位置するものと結論しても、誤りではない。

 これに反してレジ・メサックやダグラス・トムスンなど『月長石』を推理小説(=探偵小説)として認めない一派がある、と創元推理文庫版『月長石』の中島河太郎の解説にはある。

ダグラス・トムスンも忘れがたい感動の書だといいながら、推理小説としては首をかしげている。推理小説としてなら捜査が第一の標準にならなければならないが、カッフ部長刑事の捜査は重大な錯誤を演じ、見当はずれに疑っている。クラシックな小説に属するべきだというのである。

 この対立する見方について、フランソア・フォスカは推理小説であるが、「過渡的」な推理小説だという仲裁説をとっている。二人の恋人同士がある誤解から遠く離れてしまうといった感傷的なドラマに、探偵行為が溺れているのは、当時でも古臭く、喜劇じみた感傷小説だという。その欠点にもかかわらず、カッフの尋問はなかなか巧妙で、事件の解決だけを与え、説明しないで読者の頭を解決のために働かせる方法から見て、りっぱな推理小説だと認めている。

 ヘイクラフトも似たような意見を述べる。

『月長石』にはたしかに探偵小説の要素が素晴らしく支配的であるが、さきのガボリオーと同じくコリンズも真に新しい形式をつくりあげるには一歩たりなかった。彼がしたことといえば、本質的には、探偵事件を中心テーマとして精巧な諸要素をくみあわせ、当時のやりかたを満載した小説をかいたということである。ちょうど当時の他の作家が、愛とか復讐とかのモティーフで三層甲板の巨船のような小説を統一したのとおなじである。(中略)文学の新しいタイプを作りあげたというよりも、むしろ既存のものに探偵テーマをおしこんだのだった。この黄色いダイヤの盗難のなりゆきの話しは、(中略)この小説の全体にとってはただの部分にすぎない。(中略)コリンズの探偵は劇の主役ではなく、ただの傍役にすぎない。

 江戸川乱歩はヘイクラフトのこの意見にたいし、『海外探偵小説 作家と作品』の中で、「こういう考えにはそのまま賛成しかねるが、邦訳は原作から探偵小説的な部分だけを抜き出したようなものだから、原文を読めば、或いはヘイクラフトのように感じることになるのかも知れない」と注記している。当時はまだ抄訳しか出ていなかったのである。

 上記の意見のくい違いの原因は、「(純粋な)探偵小説」のとらえかたに起因すると思われる。言葉をかえていえば、「探偵小説に特有の面白さ」を何に求めるか、の違いである。『月長石』を「過渡的な探偵小説」という場合、「過渡的でない探偵小説」とは、あきらかに黄金時代の作品である。黄金時代の探偵小説を「完成品」と考える人には、『月長石』はいくらフェア・プレイに徹していようと、合理的な解決がなされようと、意外な犯人がいようと、それ以外の夾雑物が多すぎる作品と見えるだろう。また、探偵小説には魅力的な登場人物や細部の描写、心理の綾などのいわゆる小説的な要素も不可欠なのだと考える人には、あるいは黄金時代の探偵小説の先をも見ようとする人には、『月長石』はそのままで、すぐれた「探偵小説」となるだろう。

 ヘイクラフトが言うように、コリンズはが「文学の新しいタイプを作りあげたというよりも、むしろ既存のものに探偵テーマをおしこんだ」のは間違いない。しかし、「ここで改めて言う必要もあるまいが、コリンズ自身一度も自分の小説を「探偵小説」とか「推理小説」とか呼んではいないし、おそらくそんな特別なジャンルを作ることすら考えていなかったろう。彼は自分の作品をただ、小説、と考えていたのだ。(小池滋/前出)」そして、「コリンズの時代においての「傑れた小説とは、スリルに満ちたもの」であった」(T・S・エリオットのエッセイより/『ブラッディ・マーダー』)。

 『月長石』は傑れた小説であるが、同時に、傑れた探偵小説でもある。カッフ部長刑事の推理は的外れで、彼はただの傍役にすぎない、という意見にたいしては、この物語の探偵役はカッフではなく、フランクリン・ブレイク青年だといっておこう。また、記述者が変わることによる巧みなミス・リードはクリスティの有名長篇を想わせるテクニックがなされている。そしてなにより、この長篇は小説の細部にいたるまで、ダイヤモンド盗難の謎とその解決、という主題のために構成されている、ということである。つまり、ポーの「構成の原理」、文学作品は結末(=主題)を見すえて、作品のあらゆる要素が結末に向かって効果的に配置・構成されなくてはならない、という命題に則っているのだ。宮脇孝雄のすぐれたイギリス・ミステリ史『書斎の旅人』では、コリンズをこう述べている。

コリンズが洞察の人ではなく、メカニズムの作家であったという指摘はそれなりに正しいと思う。『月長石』を現代の読者が読んで不満に思うのは、あらかたの登場人物がその性格の一面だけを強調されていることである。しかし、構成は巧みで、通読すると、精密な設計図を一枚一枚ながめていくような印象を与える。(『書斎の旅人』p68)

 しかし、性格の一面だけを強調された登場人物たちの、なんとまあ魅力的なことか。この小説に登場する愉快な狂信者クラック嬢のように、多少の悲鳴など気にせず、ドアの隙間から押し込んででも、『月長石』をあらゆるミステリ・ファンに読ませたくなってくるのである。隙間から押し込むには、いささか分厚すぎるかもしれないが。


(注1) よく指摘されるように、この作品に出てくる「ムーンストーン」は月長石のことではなく、インドの謎めいた黄色いダイヤモンドにつけられた固有名詞なので、これを「月長石」と訳すのは間違いである。したがって、この作品を『ムーンストーン』と記述する論文も多いが、ここでは馴染みのある邦題を使用することにする。正確ではないにしろ、人口に膾炙した邦訳題名は、尊重すべきであると思っている。また、この作品が邦訳された頃は、カタカナのみの題名に違和感があったため、違うのを承知であえて「月長石」としたとも考えられる。 (本文に戻る)

(注2) 原文は『ブラッディ・マーダー』の原書によった。なお、これは1928年に出たワールド・クラシック文庫版『月長石』の序文のにある。 (本文に戻る)


■作品案内

■今回の主な参考資料


TOPへ  <M・E・ブラッドンその後のコリンズ

ミステリの歴史/フロント・ページへ

ホームページへ