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■ミステリの歴史■


3.イギリス 1850年代〜1860年

(1)センセーション・ノヴェル


 ポーによって生み出された「探偵小説」は、当時の読者に実際に受けたのだろうか。『娯楽としての殺人』には、次のようにある。

 ポーは私信のなかで、大衆は彼自身がより価値のあるものとかんがえている仕事よりも推理的な小説のほうを好むようだと何度もこぼしている。それだけではない――彼はしばしば編集者や出版者との取引のときに、推理ものが人気があるということを利用していたのである。さらに三つの探偵小説のうちふたつまでが、アメリカ文学がひくくみられて、ほとんど海外に紹介されることのなかった時代に、海の向こうでの評価がたかく、再版もされたのだ。

 探偵小説は、いまだ「探偵小説」と呼ばれていないうちから、大衆的人気があった、というわけである。しかし、それは著作権という概念が明確な形をとっていない時代において、ポーにはメリットをもたらさなかった。

 海外から押し寄せる複製品に苦しめられる一方で、「モルグ街」や「黄金虫」などの人気は、ポー自身の作品の複製も促すことになった。それらの作品は、彼の承諾なしに他雑誌に掲載され、故に正当なる富をもたらす代わりに、資本家を肥やすことになった。オリジナルテクストの正当なる評価は、そのコピーによって阻まれたのである。(『『ポーと雑誌文学』p57)

 しかし、エラリイ・クイーンは『クイーンの定員』のなかで、「今日では信じられないかもしれないが、ポーの推理の物語は同時代の作家たちをおもしろがらせなかった。このことは次の事実が証明している。ポーの短編集 Tales 刊行以後の十六年間に、アメリカでは探偵小説を一編でも収めた本は、ただの一冊も刊行されていないのだ!(注1)と述べている。ポーの作品は人気があった。しかし、それに追従してただちに「探偵小説」が次々と書かれることはなかった。ポー以降、探偵小説的な作品が最初にあらわれるのは、1850年代のイギリスである。ただし、まだそこにはポーの影響は見られない。イギリスの最初の「探偵小説」は、ニューゲイト・ノヴェルから続く犯罪を扱った文学の流れから生じる。

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 「1850年代の文学界はディケンズの作品が支配していたが、彼は事実上刑事部のパトロン兼PR係をもって自認して」(『天の猟犬』p88)いて、1850年から53年にかけて雑誌《ハウスホールド・ワーズ(家庭の言葉)》に、警察の業務全般や刑事の捜査についての記事をいくつも発表する。さらに1852年から書きはじめた『荒涼館』に、「英文学における最初の重要な探偵」と言われるバケット警部を登場させた。

 チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の『荒涼館』は、イギリスで1860年代から70年代に流行したセンセーション・ノヴェルの先駆的作品とされる。「センセーション・ノヴェル」という名称が1861年から使われたため(『ヴィクトリア朝の緋色の研究』p106)、ウィルキー・コリンズの『白衣の女』(1860)、ヘンリー・ウッド夫人の『イースト・リン』(1861)、メアリー・エリザベス・ブラッドンの『レディ・オードリーの秘密』(1862) あたりからはじまるとされているが、『荒涼館』も以下にあげるようなセンセーション・ノヴェルの特徴をもっており、そのひとつと見なしてもいいようである。

 センセーション・ノヴェルは、1820年代頃まで流行ったゴシック小説の支流のひとつとされている。しかし、ゴシック小説がロマンティシズムをかきたてる中世の外国を舞台としたのに対し、センセーション・ノヴェルは同時代の国内を舞台にする。犯罪を題材にしている点は、1830年代のニューゲイト・ノヴェルとも似ているが、ニューゲイト・ノヴェルが犯罪者を中心にした下層階級の生活が描かれているのに、センセーション・ノヴェルでは上流階級をめぐって物語が展開する。

(センセーション・ノヴェルは)それ以前のゴシック小説やニューゲート・ノヴェルがあつかったものを、ヴィクトリア朝中期の大衆の好みと雑誌連載の条件に合うようにしたものといえる。(中略)ちょうどその前身ともいえるゴシック・ノヴェルがなによりもまず恐怖心を煽ろうとしたように、読者の激しく、しかもたいていは単純な感情を煽りたてることを意図したのだ。さらにこの異常趣味は、実話と時の話題への関心、そしてまさにその時代の雰囲気をつくりあげようとする意図と結びついた。(『天の猟犬』p106)

当時はイギリス文学史上でも力強いリアリズムの流れたはじまったところで、エインズワースその他のメロドラマ調歴史ロマンス作家、つまりスコットの後継者たちは大衆層の読者にはいぜんとしてうけていたが、かつて人気を博していた教育ある読者層からは見放されていた。そのかわり、小説は一般にますます同時代の、しかもイギリス国内の出来事を問題にするようになり、今、ここで起きていること、ふつうの人びと、それも特に中産階級の人びとの苦しみや不安、敗北や勝利を扱うことが多くなっていた。(『ヴィクトリア朝の緋色の研究』p110-111)

 センセーション・ノヴェルの筋立ては、どのようなものだったのだろうか。

ミステリー仕立てで複雑、その上姦通、重婚、遺産の横領、謎の失踪、出生の秘密、そして何よりも遂行されたか、企てられたか、あるいは容疑をかけられただけか、いずれかの殺人がからむ「強烈に」ドラマチックな状況を盛りこんだものでなければならない。これが大衆の好みだった。

 それ以前の三文恐怖小説(ペニー・ドレッドフル)や(これから見る)大衆メロドラマと同じように、センセーション・ノヴェルにおいても殺人はごく親しみやすいものとなっていた。ひと昔のゴシック小説では殺人は非現実的な出来事だった。サルヴァドール・ローザの絵を想わせるロマン主義的な風景を背景に物語は展開し、その舞台設定と同じように殺人もロマン主義的、いいかえれば、一般読者の経験とはかけ離れたものだった。それが今やその「非現実的な」出来事は「慣れ親しんだ」状況に移され、一世代前の下層階級の読者同様、中流階級の読者はふたつの世界の良いとこ取りをするようになったのだ。(中略)センセーション・ノヴェルの作者たちはベルグレイヴ・スクエアの堂々たる正面玄関の裏にひそ恐ろしい秘密や、田舎の大邸宅の溜池に隠された血みどろの殺人を暴き出し、ゴシック小説的スリルを1860年代のイギリスに移しかえたのである。(『ヴィクトリア朝の緋色の研究』p108-109)

 また、『荒涼館』におけるマニング事件、『月長石』におけるコンスタント・ケイト事件のように、センセーション・ノヴェルには現実の犯罪事件から想を得ているものも多い。

警察の捜査が重要な役割を果した、同時代もしくはほぼ同時代の犯罪事件を小説に翻案することによって、センセイション小説家たちはロマンスと実話をもっとも満足のいく形で混ぜ合わせることに成功した。(『天の猟犬』p107)

 現代の犯罪を扱うこと、田舎の大邸宅などの上流階級を舞台に犯罪がおきること、それに警察の捜査が重要な役割をはたすこと。これらの点から、黄金時代のミステリへと通じるひとつの流れを見ることができよう。しかし、センセーション・ノヴェルにおける犯罪は、刑事事件というよりは、狂気、窃盗、私生児、近親相姦、処女性の喪失などの上流階級の「罪深い秘密」とでもいうようなものが多かったようだ。したがって、

センセイション・ノヴェルで犯罪だけをあるかったものはめったにないし、センセイション・ノヴェルを文字どおり「犯罪小説」とよぶことはできない。たしかに、ミステリーの雰囲気に満ちているという特徴はもっているが、謎めいた犯罪はそうした雰囲気づくりをするためのひとつの要素にすぎない。(『天の猟犬』p108)

 こうした中で、ディケンズは『荒涼館』において、個人的にも親しかった実在の刑事、フィールド警部をモデルにしてバケット警部を創造する。ジュリアン・シモンズにいわせると、「バケット警部は、推理操作による捜査活動で特別に目立った功績をあげたわけではないが、俊敏でいながら思いやりのある人物として描かれ、後世になっても犯罪捜査に携わる警察官のモデルとなったのである。」(『ブラッディ・マーダー』p69)


(注1) のちにクイーンは、この文章に「わたしたちが知るかぎりでは」をいれ、感嘆符は省略するように、とコメントしている。 (本文に戻る)


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■今回の主な参考資料


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