ミステリの歴史/フロント・ページへ  ポーにいたる道(2)

ホームページへ


■ミステリの歴史■


1.ポーにいたる道

(1)探偵小説の濫觴

――知恵と力と勇気の子


 探偵小説(ディテクティヴ・ストーリイ)の起源をどこにもとめるか、というのは、論者によっておおきく二つにわかれる。ジュリアン・シモンズの『ブラッディ・マーダー』(1972) はこれを以下のように的確にまとめている。

探偵小説の成立は警察機構が組織として整備され、捜査能力を発揮できるようになってからだとみる一派に対し、いや、それよりはるかに古く、すでに聖書やヴォルテールの著作などに謎とその合理的解明の具体例が見出せると主張する一派だ。前者の考えだと、エドガー・アラン・ポーが探偵小説を創始したことになり、後者の場合は、そのルーツが遠く古代の史書までさかのぼる。(p37/新潮社版・以下同)

 ヘイクラフトは『娯楽としての殺人』(1941) の中で、探偵小説をヘロドトスや聖書などのなかに「発見」してしまうのは、部分と全体を間違えた結果だと戒め、「あきらかに探偵(ディテクティヴ=刑事の意味も含む/引用者注)というものがうまれるまでは探偵小説というものもありえなかったろう(し、事実なかった)」とした。(注1)

 もちろん、探偵小説はポーが作り出したものであることに間違いない。しかし、あらゆる独創的なものがそうであるように、探偵小説も何もないところから突然に生み出されたわけでないのも確かである。独創的なものが生れる背景には、生れるまでの流れがあったはずである。いわば、胎児の時代、いや、受精前の時代だろうか。ポーが創始した探偵小説にいたる道を確認しておくことは、探偵小説の発展史をたどる上で有意義に違いない。

 あるいはこうも言える。ポーにいたる道を確認する作業は、ポー以降の探偵小説の発展史を逆にたどる行為であって、ポーから現代までの流れの線をポー以前に補助線としてのばす作業となり、ポー以降の流れをどうとらえるか、ということと不可分である。


 A・E・マーチは推理小説が生成していく過程を詳細に論じた『推理小説の歴史』The Development of the Detective Novel (1958)(注2)の中で、推理小説に「欠くべからざるものは、頭を働かして考える分析的な推理による謎の解決である」とした。

 ドロシー・L・セイヤーズは著名なアンソロジー Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror (1928) の序文(以下「犯罪オムニバス/序文」と記す)で、こうした「分析的な推理による謎の解決の物語」=探偵小説の源流として、イソップ物語グリム童話『トリスタンとイゾルデ』にあるエピソードをあげ、アンソロジーの「探偵小説の濫觴」の章に、以下の四編のエピソードを収録した。(注3)

 「スザナの物語」「ベルとドラゴン」それに「ヘラクレスとカーカスの物語」は、ハヤカワ・ミステリの『名探偵登場1』(1956) にも収録されている。最初の二編は若き賢者ダニエルが知恵を用いて、長老や祭司の邪なたくらみを見抜くというもの。三編目では、半人半獣の怪物カークスがヘラクレスからのがれるため、偽の足跡を利用する。いずれも知恵を用いて危機を脱出したり罪なき者を詭計から救いだす、という物語である。

 セイヤーズと同じように、初期の探偵小説アンソロジーに付されたジャンル史概観は、おおむね似たような例をあげている。E・M・ロングは Crime and Detection (1926) の序文で上記の『経典外聖書』とヘロトドスに触れ、S・S・ヴァン・ダインが本名のウィラード・ハンティントン・ライト名で編纂した The Great Detective Stories: A Chronological Anthology (1927) の序文(以下「傑作探偵小説/序文」と記す)には、セイヤーズがあげた例のほか、『千夜一夜物語』やチョーサーの『カンタベリー物語』などをサンプリングする。また、A・E・マーチの『推理小説の歴史』には、カロン・ド・ボーマルシェの『セビリヤの理髪師』(1775)の一エピソードに探偵小説的な興味があることに言及し、またボーマルシェ本人も、まるでホームズのように、舞踏会で置き忘れられた外套からその持ち主の女性のプロフィールを推理したと紹介している。

 一方、中国には裁判判例読物である『棠陰(とういん)比事』(1207) があり、これが十七世紀に日本に翻訳されて好評を博し、類似の裁判物語がいくつか書かれながら、大岡政談へとまとまっていく。これらにも、的確な証拠と判断で事件の真相を明らかにする探偵小説的な要素がないわけではない。

 博文館の《世界探偵小説全集》(1929-30) は日本で最初に編纂された系統的探偵小説全集だが、その第1巻は田内長太郎・田中早苗編の『古典探偵小説集』(1930) で、すでに触れた『経典外聖書』からヘロドトス、イソップなどに加えて、『棠陰比事』『本朝桜陰比事』『今昔物語』などの挿話が収録されている。1冊すべてがポー以前の作品で編まれている、たいへんめずらしいミステリ・アンソロジーである。(注4)

 知恵で謎を解く、あるいは知恵で危機を脱するというこのような物語は、多くの神話や民話に見出せる。それに犯罪がからむ場合も、けっして少なくはない。フレイドン・ホヴェイダは『推理小説の歴史はアルキメデスに始まる』(1965) で(日本で独自につけられた題名にあるように)、アルキメデスが金と銀の王冠の違いを物理法則によって見出す過程にも探偵小説的な要素がある、と一種おどけて書いている。こうした物語の中に探偵小説の起源を求める、という見解は、1920年代にはある程度、一般化していたといえよう。

 これらポー以前の「探偵小説」のなかで、多くの本が重要なものとしてあげるのは、ヴォルテールの『ザディグ』Zadig (1747) の中の「犬と馬」のエピソードである。このエピソードだけなら、『ミニ・ミステリ傑作選』(創元推理文庫)や『クイーンの定員 I 』(光文社)にも収録されているため、気楽に読むことが出来る。

 ザディグという知恵のある青年が、見もしなかった犬と馬の特徴を状況証拠から言いあてるという一挿話は、たしかに、賢者ダニエルの機知と比べて、はるかにデュパンやホームズの推理に近いものといえるだろう。実はこれはヴォルテールの創作ではなく、シュヴァリエ・ド・メイリ作「セランディップの三人の王子の冒険旅行」(1719) から引用で、さらにそれ以前のアルメノの「サレンディッポの三人の王子の旅」(1557) が手本となり、千夜一夜物語にもその原型があるという。ジュリアン・シモンズによれば、「ヴォルテールの真の狙いは理知の威力を示すことではなくて、世の非理知的な人士を相手にするうえで、理知はむしろ不適格な能力であることを明らかにしたかった」(『ブラッディ・マーダー』p38)ということだ。しかし、ヘイクラフト―クイーン篇のミステリ里程標リスト The Haycraft-Queen Definitive Library of Detective-Crime-Mystery Fiction はこの『ザディグ』を第1番とし(注5)、また英米で発表されたミステリ関連小説を網羅したアレン・J・ヒュービンの Crime Fiction IV: A Comprehensive Bibliography, 1749-2000 が『ザディグ』の英訳版出版年からはじめていることなど、探偵小説の起源のひとつをここにもとめることは、ある程度認知された見方となっている。

 これは後年になって「発見」された見方ではないようだ。小倉孝誠の『推理小説の源流』(2002) にはフランスにおけるポーの受容を述べた章に、ゴンクール兄弟の日記(1856年7月)の一節が引かれている。「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」などが含まれる短篇集を読んで、「ザディーグが予審判事に、シラノ・ド・ベルジュラクがアラゴの弟子になったようなものだ」と感想を述べている。つまり、同時代から、ポーの手法の一部がザディーグを彷彿とさせることは指摘されてきたのである。

 ジュリアン・シモンズはこういう傾向は「そこにパズルの存在を見つけようとしているにすぎないのである。言うまでもなく、パズルは探偵小説にとって不可欠の要素であるが、しかし、それが探偵小説そのものではないし、この分野全般におけるパズルの重みは比較的小さい」(『ブラッディ・マーダー』p37)とする。

 では、探偵小説を特徴づける他の要素とはなにか。それはセンセーショナリズム(扇情主義)である。ポーにおいて合致した理知と扇情のうち、扇情的な要素の直接的な祖先は、18世紀に発生したゴシック小説だろう。そのゴシック小説の流れにある作品のうち、犯罪と探偵行為をあつかったウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(1794) は、探偵小説の源流のひとつとして多くのミステリ史であげられている。

 そこで、次はゴシック小説と『ケイレブ・ウィリアムズ』について考えてみたい。


(注1) エリック・アンブラーは『あるスパイへの墓碑銘』(1938) の1951年版のあとがきでヘイクラフトのこの言葉にふれて、スパイは紀元前からいたが、スパイ小説は近代にならないと出てこない、と嘆いて(?)いる。 (本文に戻る)

(注2) 邦訳は雑誌《宝石》に22回にわたって連載された。第6回まで妹尾韶夫訳。訳者の死去により、残りは村上啓夫訳となる。 (本文に戻る)

(注3) セイヤーズのこのアンソロジーの全内容は、次のWEBサイトで確認できる。【本棚の中の骸骨】「読物と資料のページ」のセイヤーズ編 『探偵・ミステリ・恐怖小説傑作集』 (本文に戻る)

(注4) 同種のものでは、ピーター・ハワース Peter Haworth が編纂した Classic Crimes in History and Fiction (1927) という先例があり、『古典探偵小説集』はこれを原本にして、東洋の例を付け加えたものかもしれない。下記の「作品案内」を参照。 (本文に戻る)

(注5) 『クイーンの定員 I 』の解説には、ヘイクラフト―クイーン篇の里程標リストで「探偵小説の曽祖父と呼ばれている」とあるが、正確には「曽曽祖父 Great-Great-Grandfather」。「探偵小説の曽祖父」は『ケイレブ・ウィリアムズ』に捧げられている。ちなみに「探偵小説の祖父」はヴドックの『回想録』。 (本文に戻る)


■作品案内

■今回の主な参考資料


TOPへ  ポーにいたる道(2)

ミステリの歴史/フロント・ページへ

ホームページへ