| 更新日 2005.06.26 |
| When He Was Wicked (Bridgerton Family Series) |
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| (ジャンル:ロマンス、歴史もの) | |
| 著者:Julia Quinn | |
| 邦訳:なし | |
| おすすめ度:★★★★☆ |
| 背景 | 19世紀初頭のイギリス・ロンドン。貴族社会。 |
| あらすじ | マイケル・スターリングは当代きってのハンサムでプレイボーイ。社交界の女性の注目の的で、数々の女性を愛人にしてきた。 だが彼は満たされていなかった。どれだけ多くの女性と付き合おうとも、彼の心を占めていたのはたった一人の女性。他の女性とベッドインしながらも、頭の中では彼女を思い描くのだった。 いくら恋い焦がれようとも、彼女とは決して結ばれない運命。その女性とは、フランチェスカ・スターリング。マイケルとは兄弟同様に育ったいとこであり親友でもある、キルマーティン伯爵ジョン・スターリングの妻だったのだ。 ジョンの結婚式の前日に初めてフランチェスカに会った瞬間、一目で彼女を愛してしまったマイケルは、彼女への思いを心の底深く沈め、以来夫妻の親友という役回りを完璧に演じ続けていた。 ――俺はこのまま一生結婚もせず、愛を封印したまま彼女のそばで生きていくんだ―― ところがある夜、世界が一変した。 ジョンが急死したのだ。 ジョンと深い愛情で結ばれていたフランチェスカは、ショックのあまり流産してしまう。 そしてマイケルは、親友だったいとこを失った悲しみとともに、罪悪感に苛まれる。 ――フランチェスカがほしいと叶わぬ望みを抱いたことはあるが、決してこんなことを望んだのではない。……それとも、望んだのだろうか。俺が、ジョンなどいなくなればいいと願ったのか? 天がその望みを聞き届けてくれたというのか? 俺がジョンを殺したのか?―― 最愛の夫を失ったフランチェスカは、自分たち夫婦の一番の親友であるマイケルと悲しみを分かち合いたい、マイケルとともにジョンを悼み、慰め合いたいと思う。マイケルも当然それに応えてくれるだろうと信じていた。 だがマイケルは、罪悪感のあまりフランチェスカの顔を見ることもできない。 ジョンは他に兄弟もいず、相続人となるはずの胎児まで失ってしまったため、爵位はいとこであるマイケルに譲られることになった。しかしロンドンにいて伯爵の務めを果たそうとするなら、マイケルはフランチェスカの住む、伯爵の屋敷に住まなければならなくなる。フランチェスカは伯爵の未亡人なのだし、マイケルが他の女性と結婚しない限り、彼女が伯爵夫人なのだ。 マイケルはそんなことには耐えられない。口実をもうけてインド(当時のイギリス植民地)へと旅立った。 4年間、マイケルはインドにとどまった。その間フランチェスカは伯爵夫人として、ロンドンで屋敷を切り盛りしていた。 マイケルとて一生インドにいるわけにはいかない。いつまでも伯爵としての務めを放っておくわけにも行かず、帰国を決めた。 一方フランチェスカは、ジョンの死を嘆く気持ちに変わりはなかったものの、「子どもがほしい」という気持ちを募らせていた。ジョンとの間の赤ちゃんは流産してしまった。子どもを持つためには再婚しなければならない。愛する男性はジョン一人であり、他の男性を愛することは不可能だしそんなつもりもない。ただ、一緒にいて不快でない、穏やかな温かい気持ちを持てる男性と結婚し、子どもを生んで育てたかった。それでフランチェスカは半喪の服を脱ぎ、鮮やかな色のドレスを着て再び社交界に出て行った。 マイケルが帰国したのはそんなときだ。 マイケルは、4年たてば彼女への気持ちも薄れているのではと期待して帰ってきたのだ。 けれども彼女に会った途端、それが間違いだったことを悟った。 何も変わっていない。彼女への愛はすこしも変わっていなかった。そして、再会によって彼の愛はいっそう募っていく。 ジョンが生きているときにはマイケルを夫の親戚・親友としか思っていなかったフランチェスカだが、再婚を考えるようになって初めて、マイケルを男性として意識するようになる。 だが、それは「正しくない」ことだとフランチェスカは思う。 ――子どもを持つために便宜的に結婚するならいいけれど、ジョンとは兄弟同様であり一番の親友、ジョンがこの世でもっとも信頼していたマイケルとなんて。それは許されない。ジョンに対する裏切りだわ―― だがフランチェスカもいつしかマイケルに惹かれていく。そしてある日、二人はとうとうキスを交わす。それは想像した以上に甘いキス…… 罪悪感に耐えられなくなったフランチェスカはロンドンを離れる。そしてマイケルは…… |
| 感想 | フランチェスカを深く愛しながら、その気持ちを封印し振舞うマイケルの健気さ。ジョンの死を悼み、罪悪感に苛まれ、それでも彼女への愛を捨てきれない心の葛藤。「正しくない、だめだ」と思いつつもフランチェスカを心から追い出すことができないその愛情の純真さ。 それがマイケルの魅力であり、この物語全体の魅力でもある。 "wicked"(邪悪な、不道徳な)をタイトルにしながら、これは非常な純愛物語である。 ベッドシーンなどかなり濃密だが、それでも「いやらしさ」を感じさせないのは、この作者のうまさだと言わざるを得ない。行いがwickedであればあるほど、美しい心、純粋な愛が浮かび出るというしかけなのだ。 フランチェスカも然り。生涯愛するのはジョン一人と心に誓っているのに、それに反してマイケルに惹かれる自分に気づく。いけないことだと思い彼を避けようとするのに、心は満たされず、いつしかマイケルを求めてしまう。 二人の、行きつ戻りつする心の揺れが細かに描写され、読んでいると温かい気持ちで二人を応援したくなってしまう。 これを読んでいて、最近読んだ別の小説を思い出した。時代設定や場所、主人公の立場などシチュエーションは全く異なるが、やはり深く愛し合った夫婦の一方が亡くなり、残された一人が、この二人と非常に近い関係にあった相手と愛し合うようになる、という話である。 ところがそちらの小説では、本書にあるような「葛藤」が全くといっていいほど見られないのだ。 あれだけ深く愛し合っていたはずの夫婦なのに、片方が死んだら簡単に次の相手と結ばれてしまい、互いに亡くなった者に対して罪悪感など抱いた様子もなく、あっさりと現実を受け入れる。「あんたたち、ちょっとは悩んだら?」とツッコミを入れたくなるくらい。 濃いベッドシーンは物語の進行からは必然性を感じさせず、不自然で不快感さえ覚えさせる。「ロマンチック」からは程遠い小説だった。 (よって、わたしのホームページでは「おすすめ」の対象にならず、取り上げない。) 同じ素材をあつかいながら、作者の力量によってこんなにも違うのかと驚くほどだったし、その小説を読んで蓄積したフラストレーションが、本書を読むことで解消された。 酸化した油を使ったしつこく不味い料理の後に、一流のシェフの手になるすっきりした味わいのデザートを食べて、悪い油が中和された、というところだろうか。 読後感さわやかな一級品である。 シリーズものの中の一冊だが、前後の作品との独立性が高いようで、私はまだこの一冊しか読んでいないが、特に違和感を覚えることもなくすんなりと入っていけた。 機会があればシリーズの最初から読みたいと思っている。 |