更新日 2005.07.10
In a Heartbeat
(ジャンル:サスペンス)
著者:Elizabeth Adler
邦訳:なし
おすすめ度:★★★☆☆


背景 現代のアメリカ。
あらすじ エド・ビンセントは不動産業で財を成した実業家。だがその私生活は謎に包まれている。

今、エドは自家用セスナでニューヨークのラガーディア空港に降り立ったところだ。これから緊急の商談を一つ済ませたらサウスカロライナ州チャールストンの自宅に戻るつもりだった。
だがそれは叶わなかった。セスナから足を踏み出したとたん、4発の銃弾が彼を襲ったのだ……。

薄れゆく意識の中で、エドはある女性のことを思う。
「ゼルダ、君はどこにいるんだ? やつらは俺を殺した。次は君が危ない……」
昏睡状態に陥る前に、エドはほんの一瞬意識を取り戻す。「誰がやった? 犯人は誰だ?」友人の医者が尋ねる。だがエドは、頭にあったただ一つの名前を口にする。
「ゼルダ」

マルコ・カメリアはニューヨーク市警(NYPD)殺人課の腕利き刑事。エド・ビンセント襲撃事件を担当することになり、医者から「ゼルダ」のことを聞く。
――そいつが犯人なのか。その女が。ゼルダを探さなければ。

意識不明になったエドの病室に女性が駆け込んだ。カメリアが尋ねる。「あなたは?」
「ゼルダよ」

ゼルダ、本名メルバ・メリデューは容疑者として連行される。彼女は容疑を否認し、エドと出会ったいきさつを話した。
――偶然迷い込んだエドのキャビンで殺人を目撃し、自分も殺されそうになった。エドが命を狙われていると知り、自ら警告に行ったのが初めての出会いで、その後愛し合うようになった。「ゼルダ」とは彼がメルバに、作家フィッツジェラルドの妻ゼルダに因んでつけたニックネームだ。

カメリアは彼女の話を信じ、二人で犯人を探すことにする。
犯人の動機をさぐるためエドの過去を調べようとするが、エドが故郷だと言っているテネシー州ヘインズビルには、ビンセントという家族が住んでいた記録がない。
彼は嘘をついていたのだろうか?――途方に暮れる二人。そこへある老婆から連絡が来る。エドのことを話したいというのだ。
そこで二人は老婆から、驚くべきエドの過去を知らされる。

だがそこからは、犯人のヒントは得られなかった。捜査は振り出しに戻る。

一方、ゼルダの留守宅を監視する男がいた。彼女がキャビンで目撃した殺人犯だ。
エドの暗殺失敗に焦った彼は、まずは目撃者を消しておこうと、ゼルダの家に忍び込む。そこにはゼルダの娘と、留守番役の友人がいた。魔の手が忍び寄る……

二人は助かるのか? そしてエドは昏睡から覚めるのだろうか、それとも意識を取り戻さないまま死んでしまうのか? 犯人は、黒幕は一体誰だ?
感想 正直に言おう。
サスペンスとしてはお粗末。二流、いや三流である。

だいたい、この実行犯のドジぶりはなんなんだ。間違った相手を殺すわ、銃撃の的ははずすわ、子供や犬に反撃されてあわてて逃げていくわ、の失敗続き。黒幕は実は大物なのだが、その大物に雇われたヒットマンとしてはあまりに質が悪い。大物さん、かなりケチった?とツッコミをいれたくなる。

それからマルコ・カメリア刑事。NYPD殺人課の切れ者にしては、捜査にてこずりすぎ。後半で明らかになる大物黒幕も、考えてみればもっと早くに、怪しいとして浮上してもよさそうな立場じゃないですか? 全然気づかなかったなんて、鈍くない?

謎の女「ゼルダ」。ゼルダって、エドとメルバの間でだけ通じる、秘密の呼び名でしょ? じゃあ、メルバが意識不明の恋人の病室に駆けつけて、警官に「あんた誰?」ときかれて、「私ゼルダ」って答える? ふつう、本名を言うでしょう?
彼女がゼルダなのか? それとも別なのか? と謎が深まるなら面白いけれど、あっさり本人が現われて名乗ったら、全然謎ではありません。「ゼルダ」という名前を使わせている効果がない。

で、カメリア刑事が彼女の話をすぐ信じてしまうのもどうかと思うのだが(エドは意識不明なのだから、彼女が嘘八百を並べ立ててる可能性もあるのだ)、まあそこは目をつぶるとして、彼女の言うことが本当なら、彼女は犯人の目撃者。だったら犯人が口封じに来る可能性も充分考えられるわけで、それなら彼女やその家族の身辺警護くらいしておくべきでは。それに気が付かなかったなんて、やっぱり敏腕刑事とは言いがたい。はっきり言って、マヌケ。

そもそも、デカって二人組じゃないの? 私がこれまで見た数多くの映画やテレビドラマで、捜査を担当するデカは絶対コンビだった。ジョン&パンチ、スタスキー&ハッチ、ハリー・キャラハン(ダーティ・ハリー)とその相棒たち、リーサルウェポンのリッグス&マータフ……と数え上げればキリがない。どうしてカメリアだけひとりなんだろう。いや、物語の進行上は彼に相棒がいるとちょっと困るのだが、でもやっぱりひとりはおかしい。物語の都合に合わせた、ご都合主義としか思えない。


……などなど、欠点を挙げるとどんどん出てくる(まだまだある)。
だから、サスペンス小説としては★3つどころか、1つあるかないか、というところ。

じゃあ、何故★3つか。
ひとつだけこの小説で気に入ったところがあり、大負けにまけて3つに昇格させたのだ。
それは、このカメリア刑事が「ゼルダ」に恋してしまうというところ。
彼には愛する妻も娘もいる。家庭生活に不満を感じたこともなく、幸せに暮らしてきた男だ。
それが、この、最初は容疑者、実は被害者の恋人である女性を愛してしまうのである。
彼女もそれに気づき、彼女自身、彼に気持ちが傾いていく。
もちろんゼルダはエドを心から愛しており、カメリア刑事と行動を共にしているのも、エドの過去を調べることで犯人を突き止めたい一心からなのだが、それでもエドを失うのではという不安を慰めてくれる相手としてカメリア刑事を頼ってしまう。
お互いに、こんな気持ちを抱くべきじゃないと頭ではわかっていながら、そして妻を、恋人を心底愛していながら、それでも互いへの気持ちは募っていき、かなり危険な領域に……
カメリアはイタリア・シシリー島からの移民の息子。「アル・パチーノみたい」とゼルダは言う。まるで映画「シー・オブ・ラブ」そのものだ(作者がそれを知らないわけはなく、だとしたら、この物語全体が、作者オリジナルというよりは、パクリなのかもしれない。「パクリ」という言葉が悪ければ、「アイディアを参考にした」と言い換えてもいいが……)。

というわけで、「なんだ、あの映画を参考にした二番煎じじゃないか」とは思いつつ、一人の相手を真剣に愛しながらも別の人間に惹かれていくという、フクザツな心の動きをまあまあ上手に描いていたので、この評価に落ち着いたという次第。