更新日 2005.05.02
Enchanting Pleasures
(ジャンル:ロマンス、歴史もの)
著者:Eloisa James
邦訳:なし
おすすめ度:★★★★★


背景 時は19世紀初頭、場所はイギリス・ロンドン。
あらすじ ガブリエルは生まれ育ったインドを発ち、父親と別れてイギリスへやってきた。親同士が決めた婚約者のピーターと結婚するために。

ガブリエルの父は宣教師としてインドに渡ったイギリス人だが、その後貿易商に転じ、インドに永住を決めている。妻は出産時に亡くなり、家族は一人娘だけ。そのガブリエルを、旧友デューランド子爵の息子と結婚させることに決め、一人で船に乗せて送り出したのだ。

一方ピーターは、華やかなロンドンの社交界での生活が気に入っており、結婚したくないというのが本音。最初は嫌がっていたのだが、子爵家の跡継ぎを作るためには結婚しなければという両親の説得に負け、しぶしぶ承知する。

実はピーターは次男。長男であるクイルという独身の兄がいる。本来ならば当然長子のクイルが先に結婚して跡継ぎを作る義務を負うのだが、クイルにはそれができない事情があった。
クイルは数年前に事故に遭い、一命は取り留めて普通の日常生活に支障はない程度に回復したものの、深刻な後遺症に苦しんでいたのだ。その後遺症とは、「あること」をするとその後三日間、激しい偏頭痛と嘔吐で起き上がることもできないというものだった。
その「あること」とは――激しい腰の動き。
つまり、クイルには「激しく腰を動かす」ことができず、それは必然的に、跡継ぎを作れないというわけなのである。

ガブリエルは港に降り立った。そこへ船が着いたという知らせを受けたクイルがガブリエルを迎えに現れた。知らせが届いたときピーターは留守だったため、家にいたクイルが代わりに迎えに来たのだ。
クイルはガブリエルを一目見た瞬間、その柔らかな唇にキスし、豊満な身体を抱きしめたい衝動に駆られる。だがもちろん、彼女は弟の婚約者。理性で衝動を抑え、ガブリエルを連れ帰った。

帰宅して初めてガブリエルに会ったピーターは、インド生まれの彼女の質素な身なりや、彼女の陽気なおしゃべりが気に入らなかった。ピーターは社交界一のおしゃれな男で、ロンドンファッション界のリーダーと目されていたし、社交界の中をうまく立ち回って王子と懇意になるまで上り詰めてきた。そんなピーターにとって、伴侶となる女性は上品で慎みがあり、もちろん服装も一級でなければならなかったのだ。それに、豊満な身体もピーターには不満だった。妻に娶るなら、もっとほっそりした優雅な女性であってほしいと思っていた。
ピーターはガブリエルを上等な仕立て屋に連れて行って、ファッショナブルなドレスを作らせ、ドレスが出来上がるまでは彼女をパーティなどに同伴しないと宣言する。

交際範囲が広く社交的なピーターは屋敷にいることも少なかったが、クイルはほとんどの時間、在宅していた。彼は事故以来、父親からは一人前の跡取り息子とは認められておらず、クイル自身事故後しばらく出歩けなかったこともあって、株の投機を仕事とするようになっていたのだ。
クイルはガブリエルのおしゃべりに驚かされながらも、それが不快とは感じなかったし、ピーターと違って彼女の身体に魅力を感じてもいた。共に屋敷で過ごすうち、クイルは何度か自制心を失って彼女にキスしてしまう。ガブリエルも、自分の婚約者はピーターであり、自分はピーターを愛しているんだと考えながらも、クイルとのキスにうっとりしてしまう。

ついにドレスが出来上がり、ピーターは彼女をパーティへ連れて行く。だが、踊り疲れてバルコニーへ出たときにガブリエルがキスをねだっても、ピーターは形ばかりのキスをするばかり。
食事となりテーブルについたが、胸の大きく開いた着慣れないドレスにガブリエルの動きはぎこちなく、笑ったはずみでドレスが肩から落ちて胸をはだけてしまう。ピーターはショックで動くこともできなかったが、とっさにクイルが自分の上着をかけて彼女を隠し、そのままパーティから連れ出して馬車に乗せる。恥ずかしさと自己嫌悪に泣く彼女をクイルは抱きしめ、再び情熱的にキスしてしまうのだった。

ピーターは、両親のため一度は結婚を承知したものの、どう考えてもガブリエルとでは結婚生活を続けられないと考え、兄に相談する。すると、クイルは「じゃあ俺が結婚する」と言う。ピーターは兄の身体を心配するが、クイルは大丈夫だからと答える。元はといえば、クイルが結婚できないと言うからピーターが婚約したといういきさつがあるので、クイルが結婚するのだったらピーターにとっても何の不満もない。兄弟は互いに納得する。
クイルは情熱的にガブリエルに求婚し、彼女も承知する。
ところが、それを報告しようとした矢先に、父親である子爵が倒れ、余命いくばくもないという事態に陥る。父の存命中に結婚しようと、家族は子爵のベッドのまわりに集まり、二人はそこで結婚する。盛大な式を夢見ていたガブリエルにとってはさびしいことではあったが、場合が場合なので文句を言える立場ではない。二人が司祭の前で結婚の誓いを立てると、間もなく子爵は息を引き取った。

結婚はしたものの、子爵の死とそれに伴う葬式などで、しばらくの間二人っきりになることもできない。が、やがて家族は落ち着き、夫の死を嘆く母親はヨーロッパへ旅立つことになる。母親思いのピーターも同行することになり、ようやく新婚のクイルとガブリエルは二人の時を過ごせることになる。

だが、クイルには後遺症がある。それを告白されたガブリエルは心配するが、クイルは、三日間苦しい思いをすることになろうとも、妻への思いを抑えきれず、ついに二人は結ばれる。
だがやはり後遺症はやってきた。三日間の間ほとんど食べるものも受け付けず、頭痛と嘔吐に苦しむ夫の姿を見て、ガブリエルは二度とこのような結果を招く行為はしないと心に決める。
回復したクイルはまたガブリエルを抱こうとするが、彼女は夫のためを思って、「あんなことしたくない」と強く拒絶する。だが同時に、回復法を求めてさまざまな薬屋を訪ね歩き、また、インドで知り合った薬草使いにも手紙を出して助けを求める。
けれどもクイルは、薬は絶対に使わないと拒否した。今までいろいろな医者に相談もしたし、母親はガブリエルと同じように、数々の薬を手に入れてはクイルに試させた。だが医者のアドバイスは役に立たなかったし、母親に飲まされた薬で逆にひどくなったこともある。クイルはこの症状を治す手段はないと決め付け、ガブリエルの買い集めた薬も捨ててしまう。

そうしているうちに二人の間も段々冷えてくる。クイルを愛するようになったガブリエルには、それが我慢できない。そして一計を案ずる。「クイルが、腰を動かさなければいいのよ」。
自分に冷たい態度をとるようになってきたクイルを誘惑し、ベッドに誘うことに成功したガブリエルは、自分のプランを夫に話し、クイルもしぶしぶながらその実験を承諾した――クイルは動かず、ガブリエルが上になって動くのだ。
実験は見事成功し、クイルは全く気分が悪くならなかった。
けれど翌日、クイルは自制が利かなくなり、また自分が上になって動いてしまう。そして予想通りの結果となった。
またもや苦しむ夫を見て悩むガブリエルのもとに、インドの薬草使いが訪ねてきた。彼女は薬を要求したが、わけを聞いた彼は断った。薬を使うかどうかは本人が決めることで、クイルが拒否している以上、黙って飲ませるのはだめだと言うのだ。けれどもガブリエルは承知できない。夫がこれ以上苦しむのには耐えられないと懇願し、二回分の薬を処方してもらう。
クイルに言えば拒否されるのは明らかなので、ガブリエルはこっそり飲み物に薬を混ぜて飲ませ、その夜夫をベッドに誘う。すると薬は見事に効き目を顕し、翌朝になってもクイルはなんともなかった。
だがそれには当然の報いがあった。症状の出なかったクイルは、ガブリエルが黙って薬を飲ませたことを知り、夫を欺く妻は信用できないとなじる。非難されたガブリエルは、衝動的に残ったもう一回分の薬を飲む。
これは成人男性に適量となるよう処方された薬であり、小柄な女性であるガブリエルには量が多すぎ、彼女は昏睡状態に陥る。自分を苦しみから解放しようと必死だった妻の気持ちに思い至り、クイルは後悔する。が、彼女は昏睡から覚めない。薬を処方した薬草使いも、これに対する解毒剤はない、あきらめるようにとクイルに言う。だがクイルは……。
感想 「腰を激しく動かすとひどい偏頭痛に襲われる」という、なんとも気の毒な男性の話。必然的に、ベッドの上で何をするとかどんな動きをするとかいう話になるのだが、それがあっけらかんとしていて、エロチックというより非常にユーモラス。ガブリエルがとにかく素直で無邪気で、夫を治そうと必死になる姿が可愛らしくほほえましい。

主人公の二人は、決して理想的で完全な健康体の美男美女というわけではない。クイルは事故の後遺症で脚を引きずることもある男性で、馬にも乗れない。ガブリエルはあまりやせていない(細身を好むピーターから見ると「太っている」と分類される)。
また、二人の性格はかなり違っている。クイルは口数が少なく、ぶっきらぼう。ガブリエルは上流社会には似つかわしくないくらいよくしゃべる陽気な女性。
けれど、そんな二人が惹かれあう様子はとても好感が持てる。

無口なクイルが、ガブリエルに求婚するためにシェークスピアを引用して情熱的なセリフを口走るところなどユーモアたっぷりで、げらげら笑ってしまった(そういえばガブリエルも笑っていた)。
ガブリエルが到着早々紅茶をひっくり返して、思わず執事のせいにしてしまうところとか、パーティで笑いすぎてドレスがはだけるところとか、面白い場面が頻繁に出てくる。

ロマンス小説が成功か失敗かは、読者がヒーローとヒロインを愛せるかどうかに尽きると私は思っている。そしてこの作品では、私は見事にクイルに恋をし、ガブリエルを愛した。だから当然の帰結として、★5つという評価を与えたい。

また、ストーリーはこの二人のことだけではない。
ガブリエルが船旅で一緒になった少女フィービー、その叔母で養親となったエミリー、エミリーをめぐる二人の男性、インドの王子などさまざまな登場人物がそれぞれの物語を展開する。
ガブリエルを振る(そして振られる)立場にある弟のピーターも、決して悪人ではなく、たまたま彼女と合わなかっただけだ。ピーターの性格なら、なるほど彼女とはやっていけないなと納得できるし、そういうストーリー運びがとても自然で、作者のうまさを感じさせる。

この作者の作品は初めて読んだが、著者HPによると、これはPleasures三部作の第三作だそうである。
ただし、amazon.comの書評などを見ていると、本作が一番の出来らしい。
とはいえ、機会があれば前二作も読んでみようと思う。