ちょうのみつ



花穂は買うものをきめました。

〈きっと、おばあさまも喜んでくださるわ〉

でも、スーパーへ行く道をしりません。

〈だいじょうぶ。バスで行けばいいんだ〉


とちゅうで、花穂のバスに黒い長い服をきた女の人が乗りました。

〈おばあさまよりずっとお年よりみたい〉

花穂は席をゆずることにしました。

「おや、どうもありがとう。いい子ね」

黒い服のお年よりはとても大きな鼻をうごかして「うふふ」と笑いました。

スーパー前につきました。花穂が降りようとすると運転手さんがいいました。

「おじょうちゃん。きっぷは?」

「四さいの子どもはいらないんでしょう?」

「おとなといっしょの時はいらないけれど、ひとりの時はいるんだよ」

「じゃあ、これでおつりをください」

「だめだよ。おもちゃのお金なんて」

困った花穂のうしろから声がしました。

「わたしがいっしょに降りますよ。うふふ」

花穂はお年よりとスーパーに入りました。

「買うものはきまっているの?」

「おばあさまのお見舞いに持ってゆくもの」

「感心な子ね。どの棚にあるか分かるかな?」

たくさんビンが並ぶ棚の前にきました。

「どれがチョウチョウのミツか教えて」

「チョウのミツ?それは売っていないよ」

「でも、チョウは花のミツを吸うでしょう?」

「チョウにはミツをためておく巣がないの。ミツはチョウのお腹にはいるだけ」

「そうなのか。困ったなあ。どうしようかな」

「どうしてチョウのミツが欲しいの?」

「おばあさまが病気なの。おかあさんが何を持って行っても食べたくないんだって。かわいいチョウのミツなら食べられると思って」

「いい子だね。じゃあ、おばあさまのために、じぶんでミツを集めることだね」

「わたしやってみる。どうやって集めるの?」

「うっふっふ。チョウになるしかないね」

お年よりの黒い服のそでに包まれた思ったら、花穂はもうチョウになっていました。


明るい春のひざしをあびながら花穂は空にまいあがりました。

〈花がたくさん咲いている野原へ行こう〉

でも、町がどこまでも広がっていて野原なんかありません。小さい川が見えました。川原に少し草が生えていてカタバミ、シロツメグサ、ヒメジョオンなどの花が咲いています。シジミチョウの仲間が集まってミツを吸っていましたが、花穂の口が大きすぎて吸うことができません。ある家の庭にはユリやフリージアが咲いていてアゲハチョウの仲間がミツを吸っていましたが、花穂の口がみじかくてミツまでとどきません。山へ行けば花があるだろうと花穂は思いました。

花穂は、高速道路に沿って山の方へとびました。道路の真ん中の植え込みのタンポポに向って下りてゆくと、とつぜんびゅうっっとものすごい風が通り過ぎて何かにぶつかりそうになりました。スピードをあげて走る自動車です。「ああびっくりした」

気をつけてみると高速道路のあちこちにチョウの仲間が倒れています。車がまきおこす風にまきこまれ地面やガードレールにたたきつけられたのです。一直線に飛ぶタテハチョウはフロントガラスにぶつかっています。

山の近くの林道には、アリが黒いヨットの帆を引くように羽を運んでいました。カラスアゲハが道路のくぼみにたまった水を吸っているうちに車にひかれたでしょう。

山はみどりに包まれていましたが、近くで見るとスギやヒノキばかりで、林の中はくらくて花は咲いていません。

花穂はさらに高くとんで明るい尾根にでました。一面に草原が広がっているように見えたのはゴルフ場でした。花穂の口ではミツが吸えないチューリップが植えてあるだけ。

花穂は長い時間をかけて入笠山へとびました。たどりついた山の上はレンゲツツジの花の色にそまっていました。

でも、そこは人でいっぱい。頂上の近くまで道路がつき、みんな車でやってきたのです。

「わーい、チョウチョウだ」花にとまった花穂をみつけた男の子が手をのばします。花穂はあわててにげました。

〈ミツを集めるって大変なんだなあ〉

花穂は林の向こうへとんでゆこうとして、とつぜん何かにつかまり動けなくなりました。

「わあっ。くもの巣だ。だれかたすけてえ」

くもの姿の恐ろしさに花穂は気を失いました。


やがて気がつくと、花穂はスーパー前のバス停のベンチに、手に小さなビンをぎって腰をかけていました。そのビンにはってあるシールには、花穂にも読めるひらかなで「おみまい。ちょうのみつ」と書いてありました。

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