戻ってきたツバメ

学校からの帰り道、友だちのしゅうちゃんと一緒に海岸に沿った防風林のそばを通りかかったところで大きな揺れが来ました。
最初は何が起こったのかわかりませんでした。何かに足を取られたようで歩けなくなりました。
なんだろうこれは、と思ったら、しゅうちゃんが叫びました。
「地震だよ。大きい」
「ひゃあ、こわいよ」
 思わずうずくまっていると揺れは次第におさまりました。
「大きな地震だったね。せいちゃん」
「こわかったよ。ひどく揺れた」
「急いで帰ろう」
「津波は大丈夫かな」
「そうだ。津波が来るかも」
 津波のことは聞いています。地震のあと、海の水が盛り上がって陸地に押し寄せ人も家も田んぼも押し流してしまうのが津波です。津波が来たら高いところへ逃げろと、何度も聞いています。海岸には津波を防ぐための高い防潮堤が作られています。海岸に沿ったこの地方は昔から津波におそわれたことが何度もあるからです。
「家に帰りたいよ」
「それより高いところへ逃げたほうがいい」
「高いところって?」
「磯崎山公園へ行こう」
 防風林から道路と鉄道をはさんで向こうに丘があり上は公園になっています。子どもたちはいっせいに丘に向かって駆け、坂道を登りました。息を切らせて登リついた頂きには33.1mの標高を示す三角点があります。そこからは防風林の向こうの海岸が見渡せました。
「あれっ、海の水が引いてる」
「津波のときは引くって聞いたよ」
「沖に白い波が見えるよ」
「あっ、こっちへ寄せて来る」
 それは思ってもみない出来ごとでした。波は海岸に近づくと盛り上がり、漁港の防波堤を飲み込み、高さ一〇米はある防風林を軽々と越え、丘の右下の集落を飲み込み、赤川をさかのぼって鉄道線路を断ち切り、寺や神社を飲み込んで水神沼を覆いつくしました。
 左手の先には学校がありますが、それは一の沢川をさかのぼって上平一帯の集落を飲み込んだ海の向こうに浮かんでいました。その時まだ学校にいた上級生五十数人が屋上に避難していたことはあとで聞きました。
「ぼくの家はどうなったろう」
「お母さんは大丈夫かなあ」
 泣きそうな顔をして我慢している二人に丘に駆け登ってきていた大人たちが言いました。
「津波警報が出て、みんなどこかへ避難したからきっと大丈夫だよ」
「家に戻ってもどうなっているかわからないから、避難所に行った方がいい。一緒においで」
 二人は大人たちと一緒に海岸と反対の道を下り、山手の小学校へ行きました。体育館には大勢の人が集まっていましたが、親に会う事は出来ず、磯浜の人たちは公民館の方に避難してると親切なおばさんが教えてくれました。
 体育館の床の上で毛布にくるまって寝た翌朝、二人のお母さんがそろってやってきました。
「子どもだけで高いところへ逃げてえらかったね。お父さんも無事よ。家は津波にやられてしばらく避難所暮らしだけど」
「お父さん、お母さんと一緒ならいいや」
 でも、大勢の人達が一緒に暮らす避難所の生活は辛いものでした。寒くて、ひもじくて、うす汚れて、先の見通しもなく、くり返して起きる余震におびえる日々でした。
 学校もこわれて使えなくなり、四月になっても新学期は始まりません。せいちゃんはこわれた家を何度も見に行きました。危ないから中に入ってはいけないと言われて、外からのぞくだけです。家の中はドロで埋まっています。
「電車の模型も流されてしまったかなあ」
 ある日、こわれた家の周りに動きがあるのにせいちゃんは気づきました。
「何だ?あ、ツバメだ。戻ってきたんだ」
 こわれて傾いた玄関上の軒の去年の巣に二羽のツバメが出入りしていたのです。
「周りがすっかり変わってしまったのに、良くここがわかったなあ。うれしいよ」
 山手の学校に間借りして新学年が始まり、しばらく行けなかったせいちゃんが次に見たのは、大きな口を開けてエサをねだる四羽のひなでした。あたりではガレキの片付けが始まっています。「大変だ、なんとかしなくては」
 次の日、せいちゃんは大きなダンボールをこわれた家の軒にぶら下げました。
「おねがい。この家をこわさないで。ツバメの巣があって四羽のひなが育っています。巣立ちまでそっとしておいて」 

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