勉強いやだ


 きょうもシュウちゃんはいいました。

「あーいやだ。勉強いやだ」

「そんなに勉強がきらいか?」

と、おじいさまがききました。

「きらい。勉強しなくていいところへ行きたいな」

「どこの国へ行っても子どもは勉強しているよ」

「じゃあ、チョウやハチになれば?花から花へ楽しく飛んでミツをなめていられる」

「勉強するより虫になりたいのか」

「なりたい。なりたい。遊んでいたい」

「こまった子だなあ」

「ねえ、おじいさま。どうしたら虫になれる?」

「子どものころ、よくチチンプイプイといって遊んだものだが、役に立つかなあ」

「それなあに?」

「おまじないだよ。チチンプイプイというと柳生十兵衛や宮本武蔵になれた。自分にもどるときには、アジャラカモクレンフーライマツキューライソテケレッツノパというんだ」

「ほんと?やってみていい?」

「いいけれど、テケレッツノパをわすれるなよ。もどれなくなるとたいへんだ」

 シュウちゃんはまじめなかおになり大声でいいました。

「チチンプイプイ、虫になれ!」

 そのとたん、あらふしぎ、シュウちゃんは虫になりました。


「シーッ、じっとして、うごいてはいけないよ」

 ささやく声がしました。シュウちゃんは

そっとあたりを見まわしましたがだれもいません。

「いましゃべったのだれ?」

「シーッ、しずかに。カマキリがいるんだから」

 シュウちゃんがじっとしていると、とつぜんサッと何かがうごきキキキキという悲しい声がきこえました。

「ああ、ヒグラシがつかまった。かわいそうに。じっとしていなかったせいだ」

「きみはだれ?」

「ナナフシだよ。きみのすぐそばにいるんだが、見つけられるかな」

 シュウちゃんは目をこらしてあたりを見まわしましたが生きもののすがたはありません。

「わからない?じゃ、すこしうごいてあげる。よく見てろよ」

 頭の上の小枝の先がわずかにうごきました。

「あれ!枯れ枝の先っぽだと思っていたら、生きものだった。すごい!」

「おどろいた?だろうなあ。カマキリに見つからないのに、きみが見つけるわけがない」

「いつもかくれんぼしてるの?」

「遊びじゃないんだ。カマキリも鳥もうごくものをつかまえるから、じっとしてかくれてるんだ。かくれるのが下手なきみを仲間にすると命がなくなる。どこかへ行ってよ」


「ああおなかがへった。何か食べたいなあ」

 シュウちゃんはうろうろ歩きまわりました。

 ミズヒキの実をはこぶアリに出あいました

「それおいしいの?」

「あたりまえだ」

「どうしてここで食べないの?」

「そとで食べるような、ぎょうぎのわるいことはしない。うちに運んで倉庫に入れて、みんなで考えて分けるんだよ」

「運んだあとは遊ぶの?」

「遊ぶことなんてないよ。また食べものをさがしにいくんだ」

「どうしてそんなに?」

「たのしいからさ。働いていればいろいろなことをおぼえる。たくさんのことを知りたいと思わない?」


 ツユムシを食べるカエルを見かけました。

「それおいしいの?」

「ふむ。おまえもうまそうだな」

 シュウちゃんはあわてて逃げました。

「ぼくの食べものはどこにあるんだろう」

 バッタをくわえたヒヨドリを見ました。

「あぶない、あぶない。あんなやつに見つかったら命がない」

 シュウちゃんはチョウを見つけました。

「ね、ミツをすうってどうすればいいの?」

「あなたの口じゃむりね。みんなじぶんの口の形で食べものをきめているのよ。チョウだって舌のながさでミツをすう花がちがうんだから。あなたはミツをすう仲間には入れませんよ。あなたが食べられるものをじぶんでさがすのね」

 シュウちゃんをのこしてチョウは飛んで行きました。


「そんなになき叫んでいると、おなかがすくでしょ?」

 シュウちゃんがアブラゼミにききました。

「そしたら、こうして木のしるをすうの」

 セミは口から管を出し、とまっている木にさしこんでしるをすいました。

「べんりだね。飛びまわって食べものをさがさなくていいんだ」

「そんなひまはないから」

「いそがしいの?」

「おおいそがし。こうして叫んで、すきなあいてを呼びよせ、タマゴをうんで、死ぬまで一週間しかないの」

「遊ぶひまはないの?」

「あるはずないでしょ。五年間も土のなかにいて、すこしずつ大きくなり、やっと明るいところへ出たところ。時間をむだにはできない。もう、どこかへ行って」


「あれ?水の中におしりをつっこんで何をしてるの?」

「タマゴうんでるの」

「ええっ!水の中に?」

「知らないの?トンボは水の中でうまれるのよ」

「あかちゃんのせわはどうするの?」

「トンボは水の中に入れない。あかちゃんは、水の中でひとりで生きてゆくの」

「魚じゃないのに?」

「そう。メダカや小さい虫を食べて大きくなるの」

「だれにも助けてもらえないのに?」

「そう。ぜんぶじぶんで考えて、じぶんの力で水から出てトンボになるの」

「たいへんだなあ」


「おい、ちょっとまて」

 とつぜん声をかけられてシュウちゃんはおどろきました。

「おまえ、見たことのないやつだな。どこから来たんだ?」

「えーっと」

「あやしいやつだ。仲間かどうかテストのため『コンクール』に出てもらう」

 林の中のひろばには、たくさんの虫があつまっていました。

 さいしょにコオロギが出てきました。前ばねをふるわせて美しい音をかなでます。

 つづいてキリギリス、クサヒバリ、そしてスズムシが、美しい音楽をきそいました。

 カンタンは草の葉にぶらさがり、はねをひろげてしずかな音をかなでました。カネタタキはにぎやかにうたいました。

 ナキイナゴが出てきました。ふるわせる前ばねはありません。うしろ足のももの内がわをはねにこすりつけて音をかなでます。

「よし、つぎはおまえだ」

「ぼくは歌をうたいます」

 シュウちゃんは『シンデレラのスープ』をうたいました。

「なんだいその発声は」

「『かぼちゃ、かぼちゃ』のところ、どうもリズムがちがうな

「ときどき音程がくるうじゃないか」

「コンクールがだいなしだ」

「こんなに下手では、とても仲間には入れられない。どこかへ行ってもらおう」


「同じ形のタイルをすき間なくしきつめるとき、一点に集まるタイルの数が一番少なくてすむ形は何でしょう」

 先生が出したもんだいに、「はい」とおおぜいの生徒が手をあげました。

 シュウちゃんには答えが分かりません。さされた生徒が答えました。

「正六角形です」

「その通り。正方形だと四枚、正三角形だと六枚もいるのに、正六角形なら三枚ですみます」

 先生の説明を聞いてもシュウちゃんには分かりません。

「ね、どうして?」

「しょうがないね。これで分かるかな」

 先生はこくばんに図形をかきました。


「この正六角形のあつまりから、おもいだすものは?」

「ハチのす」

「そうだろ?正六角形はハチのくらしのきほんだ」

「どうして四角や三角ではいけないの?」

「少ない材料で、いちばん丈夫で、広いへやが並ぶうちが作れるのが正六角形だから。それに美しいだろう?そう感じないかな?分からない?そうか。となると、きみは、生まれたときからこの形の中でくらしている仲間ではないな。どこかよそへ行ってください」

 シュウちゃんはミツバチの学校からおい出されました。


 おなかをすかせたシュウちゃんは、甘いかおりがするのに気づきました。大きな木のみきからミツのようなしるが出ています。これならシュウちゃんにもなめられそうです。

 よろこんで近づくとたくさんの虫があつまっているのが分かりました。

「すごいや。カブトムシやクワガタがたくさんいる。大きくてつよそうで、ちょっとこわいけれど、おもいきってしるをなめよう」

 大きな虫からできるだけはなれてシュウちゃんはしるをなめました。

「あまりおいしくないけれど、しかたがないなあ。ほかに食べられるものはないし…」

 そのとき、大きなこえがきこえました。


「やあ、すごい。こんちゅうがいっぱいあつまってるぞ」

「よーし、ぜんぶつかまえよう」

 大きな虫かごをかかえた人間がふたり、かたはしから虫たちをとらえはじめました。つよそうなカブトムシもクワガタも、カミキリムシも人間にはかないません。

「おや、これはなんだろ。めずらしい虫がいるぞ」

「ふうむ。こんな虫ははじめて見るな」

「かえってしらべてみよう」

 シュウちゃんもとらえられて虫かごにほうりこまれました。

「たいへんだ。どうしよう。助けて…」

 叫んでみても人間にはきこえません。

「そうだ、もとにもどらなくちゃ。えーっと、なんだっけ。もどることばはなんだっけ…」

 シュウちゃんは、おじいさまに教えてもらったまじないのもんくをわすれてしまったのです。


「いつまだたっても、もどってこない。きっと、まじないをわすれてしまったんだ」

 おじいさまは交番に行きました。

「えっ、虫になってもどらない?けいさつをからかってはいけないよ。虫のそうさくはしません」

 おじいさまは新聞社へ行きました。

「『たずね人』の広告は出しますが、このへんなもんくのかいてある『たずね虫』はのせられません。だいたい虫が新聞をよみますか?」

 おじいさまはポスターをつくって、町のあちこちにはりだしました。

『私の虫をさがしてください。これまでどこにもいなかった虫です。かわった虫を見つけた方はおしらせください。おれいをさしあげます』


「この虫、ずかんにのってないよ」

「うむ。インターネットで虫のサイトをいくらしらべても出てないなあ」

「これはきっと新種だよ。ぼくらが発見したんだ」

「新種とみとめられれば、ぼくの名前がおりこまれるかもな」

「それはずるい。ぼくの名前だよ」

「いや、これはぼくが見つけたんだぞ」

「まてまて、まずホントの新種かどうか、はっきりしてからの話じゃないか」

「そうだな、しらべてもらおう」

 ふたりは大学の虫の研究室へ行くことにしました。


「ほほう、これはめずらしい。どこで見つけましたか?」

 虫の博士は目をかがやませました。

「もっとよくしらべる必要がありますが、きっと新種の発見ですぞ!」

 話はたちまち研究室にひろまり、大学中にひろまりました。

 学生のひとりが友だちにいいました。

「『虫をさがして』のポスターが出ていたね。その虫じゃないかな」

「きっとそうよ。電話してあげたら…」


 しんせつな学生からの電話をうけたおじいさまは大学にかけつけました。

「これは私の孫です。どうぞ私にかえしてください」

「何をおっしゃるのですか。きちょうな、めずらしい虫ですぞ。わたすわけには行きません」

「虫ではありません。人間です。シュウイチロウという男の子です」

「あなたは頭がどうかしたのではありませんか?」

 ふたりのおし問答ははてもなくつづき、おまわりさんが呼ばれ、妙なことをいうおじいさまを診察するためにお医者さんも来ました。テレビ局や新聞社の人も来ました。


「とにかく、やらせてください。それでダメだったら私はだまってかえります。大学に何のソンもないでしょう?」

「そのような非科学的なことに協力できません。きちょうな虫がいなくなってはこまります」

「それはしかたがないでしょう。そのような虫はいなかった、というだけのことですから」

 テレビ局や新聞社の人が口々にいいました。

「やってもらいましょうよ」

「まかせましょうよ」

「ホントに男の子だったらたいへんですよ」


「シュウちゃん、一回だけのチャンスだよ。しっかりきいてまちがえるんじゃないよ」

 おじいさまは、虫になったシュウちゃんに話しかけました。

 まわりは黒山の人だかりです。テレビ局のライトがあかあかとてらしています。

「アジャラカモクレンフーライマツキューライソテケレッツノパ」

 教えられたとおりにおまじないをとなえたとたん、シュウちゃんは男の子にもどりました。

 あたりはこうふんした人々の喚声でみちました。

 フラッシュがひかり、アナウンサーが大声で実況中継しています。

 

 シュウちゃんの前に何本もマイクがつきだされました。

「ホントに虫の世界に行ったのですか?」

「行きました」

「どんなようすでしたか?」

「みんなかしこくて、それぞれいっしょうけんめい生きていました」

「こまったことはありましたか?」

「何も知らないのでこまったことばかりでした」

「また、行きたいですか?」

「ウーン、行きたいけれど…」

「なにかもんだいでも?」

「ええ。こんど行くときは…」

「こんど行くときは?」

その前に、もっともっといろいろなことを勉強しておかなくては、とおもいます」

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