日記(1990年5月)

作成日: 2009-09-23
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便宜上表題を入れた日があります。

1990-05-12

八重洲の練習.珍しく飲みには行かず,紅茶の専門店(サーモピレー)で計画を練る.

注:「サーモピレー」はお茶の水にあった(現在はない)。私はよくニルギリを頼んでいた。

1990-05-13

13日,へやの掃除など.

1990-05-14

Y研あり.

八重洲初代指揮者の T さんと飲む

1990-05-15

昔の八重洲の指揮者であったTさんが一時帰国しているので飲みに行くことにする. 言いだしたのはDさんで,ほかにSuさん,Iさん,Kさん,Tさん,Siさん.総勢8人.楽しい話をいろいろ伺うことができた.

1990-05-16

K氏と彼の仕事仲間だったO氏と飲む. 2軒行ったが帰り道を全く覚えていない. とにかく最寄駅までたどり着いたのが不思議なくらいである. 途中,稲毛海岸辺りで何度も吐きそうになったくらいだ.

注:K氏はピアノ仲間。

1990-05-17

やっとこの機械が帰ってきた.久しぶりに日記を書く.10:30:06 PM

注:この機械とは、当時日記を書いていた Macintosh SE のこと。 販売先にお願いして SE/30 に換装してもらうことにして、 これが戻ってきたことを指す。

1990.05.19

この機械を出す前にバックアップをとっておいたのだが, それらのバックアップがみな読めない.どうなっているのだ.9:40:44 AM


高岡で開かれた相棒の結婚式に出席する

9:30:59 PM 90.05.21

一昨日の夜に部屋を出た.Yの結婚式が高岡であるからである. 寝台車は初めてであったが,思ったとおり窮屈であった. その翌日(即ち昨日)朝に高岡につく. ぜひとも氷見線に乗っておこうと思ったが始発までに1時間以上ある.待合室で時間を潰した. 30分ほどで氷見についた.電車はがらがらである.

注:Yは私の学生時代の実験室の相棒。氷見市出身。

まず看板を見てから小高い山(朝日山)に行ってみることにした. 途中道に迷った.諦めて引き返したら道順がある.駅から行くとないのに国道からずれるほうにはあるというのはどういう訳だろう. まあとにかく見つけたので昇ってみる.漁港の方は見晴らしがいい.一方山の方は木が(山が)邪魔してみえない. Yの実家は**というところであることを電話帳で確認した (ちなみにこの**という地名の変換が一発ででできたのは単に偶然であったようだ). どうも駅周辺にはなさそうなのですごすごと高岡に帰る.

10時頃に大きな書店を見つけ(地下から3階まで本がある)地形図をあさったところ, 氷見のかなり奥の方であったことがわかった.(5万分の1地形図の)氷見は諦め,高岡を買った. 実際**の彼の実家の辺りは##に近い所のようだが,(##という地名はこの辞書にある!)##は石川県であるためか,見つからなかった.

さて土曜日は慌てて出てきたため,式場の道順を書いた紙を見つけられないままに来てしまった. 例のごとく電話帳で探し,それから駅の案内板で検討をつけ,確認できたのが10:40分頃. 歩いて荷物をおいてある駅に戻ったのが11時少し前.慌てて駅のトイレで着替えて11時5分. ちんちん電車の3つめの駅で降りて何とか11時半頃であった.K先生といくつか話をする. 披露宴ではK先生も話をしたが,相当あがっていたようだ.

注:K先生はYと私の研究室の指導教官。

その前の媒酌人の「新郎は…**学科を優秀な成績で卒業され…」には笑ってしまった. さんざY1さんやNさんと笑いあったねただからであった.Y1さんに罪はない.

注:Y1さん、Nさんは職場の同僚。Nさんは割合早くに結婚されたのでだが、そのときの媒酌人もやはり 「新郎は…優秀な成績で卒業され」といったので、おかしかったのだ。それをY1さんが何度もネタにしていた。

小生は友人代表ということで前に進まされてネクタイピンをもらってしまった.まあよい. ネクタイピンは今まで一つも持っていなかったので (正確に言えば昔持っていたのをすぐになくして, 今あるのは鋏む形でなく穴をあける形の赤十字社のネクタイピンである) ありがたいことであると受け取った.

新郎は最後に感謝の言葉を述べる談になったときに感極まって泣いてしまった.こういうところが好きである.

帰りは白山4号に乗ることにする.上野までほぼ6時間座ったままでいるというのも疲れる.

部屋についたのは午後11時20分頃.すぐに寝る.

今日は年休にするかも知れなかったが,特に疲れたわけでもないので会社にいく. 帰ってきたら宅急便が二箱届いていて,ぎっしりとほとんど食物が入っていたのには驚いた. 特に驚いたのが大きさがほぼA3版で厚さが3センチほどある巨大な鯛の形をした蒲鉾. そのほかに数え上げれば切りがないが止めておこう.その中の一つである赤飯と焼き海苔の一部はさっそく食った.

11:08:06 PM 90.05.23

巨大な鯛の蒲鉾は昨日T氏と二人で食った.今日も一人で食ったらそれだけで飯を食おうとする気力が失せた.実際夕飯(ハンバーグ)は食わなかった. Mac用のThink Cをハードディスクの中にいれた.まだきちんとしたプログラムは書いていない. どこからか蝿が飛び込んできたがいつのまにやら消えた.牛乳を2/3リットルほど飲む.

7:23:30 PM 90.05.24

玄関に保険のおばさんとねえさんが二人いて若い衆を食い物にしようとしている.私も付きまとわれた.

今朝千葉に行ってこの機械をグレードアップしたときの代金を払ってきた. 三和銀行には初老の行員がいて親切に機械を使った払込みの方法を教えてくれた.しかし彼らは出世競争に負けてあのような役をしているのだろうが,なぜ腰が低いのだろうか.

9:54:50 PM 90.05.25

やっと大きな蒲鉾は平らげた.しかし小さな蒲鉾がまだある.そしてスーツをやっとクリーニングに出す.

7:44:43 AM 90.05.27

昨日は午前中に大学祭のピアノを聞いて,午後は八重洲に行く.夜は王将で飲む.八重洲の話題になった(後略)。

9:12:12 PM 90.05.27

隣の部屋ではさっそくクーラーを回している.小生の部屋は幸か不幸かブレーカーが落ちたまま直らないので使えない.

6:13:30 AM 90.05.29

昨日は冷蔵庫にあった残りの米焼酎を飲む.その勢いで麦酒1リットルと蒲鉾1枚をたいらげ,さらにその勢いで本屋に出かける. 本屋ではCマガジンと「記号論への招待」を買う.さらにその勢いでラーメン屋ABCに行き, タンメンを食う.大分酔っ払ってしまった.なぜに酔っ払ったかと言うと,記号論について考えはじめてしまったからだ. 私の結論では,記号とは物理モデルで表せないものである,ということである.

10:11:48 PM 90.05.30

昨日の夜は宴会(送別会)があった. 今日はのどが乾くがビールは我慢しよう. C言語で少しこの機械を使ったニューラルネットのプログラムをかく.実はこれを書いた後ビールを飲んでしまう.

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MARUYAMA Satosi