将棋日誌 |
作成日:2000-01-16 最終更新日: |
将棋とのおつきあいの日誌です。インターフェースは 柿木義一さん (homepage2.nifty.com)の、 Kifu for flush を使っている。
2010年6月26日、将棋大会に参加した。今回も一部棋譜を掲げる。
今回は私を含めて4人参加した。 総当りで、3 回戦いすべて勝ちだったが、最初の勝ちは相手の二歩によるものだ。 二歩のあと指し継いだ結果は負けだった。 2回めの戦いを掲げる。
2009年6月28日、将棋大会に参加した。今回も一部棋譜を掲げる。 Kifu for Flash を使っている。
今回は5人参加。総当りで、1回戦勝ち、2回戦負け、3回戦負け、4回戦勝ちだった。 最後の4回戦の奇跡を掲げる。
最初は1回戦、Dさんとの一局。作戦がうまくいかなかったようだ。
2007年3月24日、将棋大会に参加した。今回は棋譜を掲げる。
最初は1回戦、Oさんとの一局。熱戦で、結果は私に幸いした。
2回戦は強敵Dさんとの対決。私は下手で飛車落ち。 これも熱戦だったが、中盤から思い出せない。私が負けて、 優勝への道は絶たれた。
週刊将棋で、プロの中村亮介四段とアマの天野高志さんとの棋譜を見た。 天野さんは対振り飛車には棒銀一筋であり、 四間飛車を得意とする中村四段に競り勝った。 この棋譜を見て、対振り飛車棒銀戦法のことを考えた。
最近、対振り飛車で急戦を仕掛けるプロ棋士が少なくなっている。 渡辺明竜王や木村一基七段は、 昔は急戦派の雄であったが、最近は二人とも穴熊を好んで指している。 急戦の気配りがたいへんなのだろうか。 今急戦で戦っている棋士は、棒銀の加藤一二三九段、 鷺宮定跡の青野照一九段、棒銀の飯塚祐紀六段など、少数なのではないか (青野九段も、最近急戦をしているようには見えない)。
そんなことを考えて、久しぶりに対振り飛車棒銀を指してみることにした。 おそらく20年振りではないか。 インターネット将棋で有名な将棋倶楽部24に入った。
最初の局は相手が居飛車である。こちらは角道を止めて矢倉を指向したが、 飛車先をすぐに伸ばされたので矢倉をあきらめ、 向かい飛車に振った。 私は居飛車党だから、振り飛車のさばきが苦手である。結局雑な指し方で負けた。 次の局は、相手が四間飛車だったので、棒銀を試してみた。 相手は古典的に42角から53角の構えをとった。 棒銀が捌きづらい形だが、むりやり1筋の歩交換から絡めてみた。 しばらく盤面右側でごちゃごちゃした戦いが続いたが、 棒銀が振り飛車の左銀と交換になったので、これで戦果を上げたと思い、気楽に指してみた。 すると結構厚く指せることがわかった。 角を敵陣に打って馬を作ったり、5筋の歩を切って金底の歩で固くしたりと、 戦いながら自玉を固める方法で最後はだいぶ差をつけて勝てた。 ただ、神経を使う場面が穴熊やミレニアムより多いのは確かだ。そうそうは使いたくない。だから、 加藤九段や天野さんは偉いと思う。(2005-07-05)
以前、中小企業診断協会の将棋大会でめろめろだったことを書いた。あれから半年経ち、 9月25日に将棋大会があった。前回ほどではないにしろ、適当に気合を入れた。 今回も計7人、前回の D さん、N さんを始め、常連の A さん、K さん、S さん、 今回初参加の O さん、そして私である。最初はトーナメント戦で優勝、準優勝を決め、 その後で、トーナメントで対戦していない人とのリーグ戦を行なった。
トーナメント戦では、最初の S さんに勝ったものの、次の D さんには負けた。 D さんは角換わり腰掛銀が好きというので、その土俵で戦いたかったが、 いかんせんほとんど知らない。特に、私は後手だったので主導権が取りにくい。 結局角換わりを受けたが、私は棒銀に出た。途中まではいい勝負だったが、 やはりかなわなかった。
リーグ戦は2局、K さんとO さんと指した。2局とも負けた。結局1勝3敗であった。 前回とほとんど同じ題をつけなければならなかった。悲しい。
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| Dさんとの将棋(便宜上先後逆)。先手私は▲2一飛と打ったが、 △5一角がぴったりで、以降は勝負所がなかった。局後の検討では▲8一飛がまだましだったようだ。 | Oさんとの将棋(便宜上先後逆)。先手私が角の捕獲をもくろんで▲3八銀と打った局面。 後手の△3六桂を軽視していた。以降▲4九銀△2八桂成と進み、 飛車を取られてはこちらの勝てない将棋になった。△3六桂には▲1八飛と寄り、 △1七歩成は強く▲1七同飛として、飛車の成り込みを見る手がよかったように思う。 |
半年前、中小企業診断協会の将棋大会で準優勝したことは既にここに書いた。 2004年3月27日、同じ中小企業診断協会の将棋大会があり、普段にもまして気合を入れて出場した。 将棋の部は計7人で戦われた。 強豪の D さん、強敵の N さんは相変わらずであり、 他の出場者の方々も手強い方ばかりだ。 さて、優勝者を決めるトーナメント戦の初戦でAさんと対戦し、負けてしまった。 2枚落ちの上手で戦ったのだが、押さえ込むような将棋にしないといけなかったのに、 なんだか8五飛戦法のように桂馬がかっ飛ぶ指し方になってしまった。これではいけない。 リーグ戦に回ったが、Tさんにも二枚落ちの上手で負け、 さらには、先のDさん、Nさんにも(平手で)惨敗した。
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| Dさんとの将棋(便宜上先後逆)。先手私は▲6六銀と上がったため、 △7九角の痛打を浴びた。局後の指摘で、▲7四角という手があることがわかった。 山田定跡に対する大山の角打を思わせる。 | Nさんとの将棋(便宜上先後逆)。後手が4七のと金を5七に寄せてきた場面で、 先手私は▲7九角と打った。これには対局者のNさんや観戦していたDさんも度胆を抜かれたようだ。 しかしこの勝負手もむなしく、△8六歩以下、的確に寄せられてしまった。 |
思えば、意気込みが空回りしていたのだと思う。将棋倶楽部24で毎日指していて、 それだけでも過剰な投資である。さらに、力の入り過ぎたことをしていたのだ。
これではお笑いである。だいたい、優勝か準優勝するつもりで臨んで、 スピーチにこんなことを盛り込もうと思っていた。そんな邪念が、 2勝4敗という成績に終わったのだ。
実は、私がふだん使っているコンピュータでは、 3月24日からどういうわけか将棋倶楽部24の画面が出なくなってしまった。 Javaアプレットが起動できないのだ。これは、もう将棋倶楽部24には参加するなという、 神のありがたい思し召しなのだろう。本来のサイト運営に徹することにする。
今日も一局だけ指した。私の後手で、相掛かり。相手が私の横歩をやたらと狙ってくる将棋で、 なかなか角道を開けずに頑張っていたが、根負けして角道を開けた。その後妙なねじりあいとなったが、 手得をしていた私のほうが模様がよかったようで、その後手間取ったが勝てた。 角を序盤で交換する将棋は神経を使うが、これはこれで面白いことが分った。 (2003-03-25)
今日も一局だけ指した。私の先手で、後手がゴキゲン中飛車模様。 初めて「丸山ワクチン」対策をして、角をお互い手持ちにしたにらみあいになった。 二転三転の後、最後に逆転して勝った。諦めないということがよかった。 (2003-03-24)
今日も一局だけ指した。実をいうと2局指しているのだが、 最初の1局は私が勝ちそうな場面で相手が中断してそのままになってしまったのだ。 後の1局は、私が負けた。見事にまかされた。 (2003-03-23)
なぜか頭が重い。大したことをやっているわけでもないが、 きのうの将棋のやりすぎがいけないのもかもしれない。 今日は一局だけ指した。
私が先手。7六歩、3四歩のあと、2六歩とした。横歩取りになるかもしれないが思ったら、 案の定め8四歩ときた。それから横歩取り8五飛の戦型になった。 その後私の単騎の桂跳ねがおかしく後手ペースとなったが、終盤即詰めを決めて逆転勝利となった。
終了後しばらくして相手は退出したので感想戦は行なわなかったが、 たまたま観戦に来ていた方とおさらいをして、その後将棋界のことをすこしチャットした。 慣れると面白いものだ。 (2003-03-22)
最近、将棋について考えることが多くなった。以下、結論がないまま考えたことを述べてみる。 最近、プロの将棋で相振飛車が増えている。その理由であるが、 今から1年前ほど前だろうか、羽生の「最近一番興味がある戦型は相振飛車だ」 という発言が大きいと思う。そういえば、今日のNHK杯決勝(羽生対久保)もそうだった。
将棋倶楽部24で鍛えてみる。最初は私が先手で、四間飛車で穴熊。 相手は1筋の4四角から3三桂で端を狙ってきた。 一度千日手になりかけたが、相手が打開してきた。その打開の結果私が銀得になった。 しかし、相手から穴熊玉頭に殺到され、ピンチを招いた。 結果は穴熊特有の「次に王手がかからない形」を活かし、相手玉に詰めよを書け続けることができて辛勝した。
第2局も私が先手で、四間飛車で穴熊。相手は6四銀からの速攻。 1歩得になったものの、飛車をさばかれ苦戦した。しかしなんとかこちらの速度が優り、勝った。
第3局は私が後手で、相矢倉。私が早囲いを目指したのに対し、相手が玉の囲いもそこそこに攻めてきた。 私は玉の上部を開拓しようとしたが、失敗。無惨にも負けた。
第4局は引き続き私が後手。相手の四間飛車に対して穴熊を考えたが、 相手が藤井システムを取ってきたので、ミレニアムに変更した。 中盤からは多少私がいいと思っていたが、実際は互角だったのかもしれない。 終盤は私がぐずり、相手の桂打が自玉の詰めよであることが見えず、自玉が頓死した。
第5局は同じく私が後手。私の四間飛車で相手が居飛車、相穴熊となった。 難しい勝負が続いたが、途中で相手側が回線中断のため、無勝負となった。
第6局は私が先手。私の四間飛車穴熊に対し相手が居飛車舟囲い棒銀となった。 舟囲い特有の戦いながら固められる中盤に焦ったが、 相手玉頭からの攻めに切り替えて勝つことができた。
だいたい私の負けパターンは次の通りである。
要するに、弱いのだ。(2004-03-21)
1年半前、中小企業診断協会の将棋大会で優勝したことは既にここに書いた。 その後2回は都合がつかず、 今日久しぶりの出場である。 今回も強敵の N さんがいる。また、初参加で強豪の D さんもいる。 他の出場者の方々も手強い方ばかりだ。 さて、優勝者を決めるトーナメント戦ではなんとか勝ち上がって、 決勝で D さんと対戦した。 D さんは強い。強いわけはここでは明かさないが、強いのが当然なくらい強い。 勝つことが第一であれば、相手を正当に評価しないといけないが、私は既に飲まれていた。 しかし、盤上では最善を尽くした。私の勝ち筋もあったようだが、最後で読み抜けていて、 最後は詰んでしまった。 その局面をなんとか後日並べられるといいが、最近忘れっぽいからここには掲載できないような気がする(2003,9,27)。
後記:案の定、並べられなかった(2004-03-27)
将棋倶楽部24に溺れ続けている。 今日は次の局面を迎えた。最初は▲4四金であったが、それでは△5一玉と逃げられる。 やっとの思いで考えたのが▲5三歩であった。相手は△4五銀と逃げたが、 私は▲5二歩成として優勢と感じた。 以下端の飛車や香車も活躍できて、勝つことができた。
ついこの間の週刊将棋で、 奨励会の大平武洋三段がぶっちぎりの成績で四段昇段を決めたと報道されていた。 大平三段、おめでとうございます。 私は一度、西葛西将棋道場で大平三段に二枚落ちで教えて頂いたことがある。 私は普通二枚落ちでは銀多伝を用いるのだが、 このときは敢えて真部八段の著書の「新・駒落定跡」を 使ってみる気になった。この定跡では4五の位を下手は取らない。 上手に4四歩と指させてそこを攻める定跡である。 私がこの定跡を取ったことで、どうも大平三段を挑発してしまったらしい。 一応普通に囲って私がさあ攻めるぞという体勢をとった瞬間、三段は長考で4ニ銀右という手を指した。 これは辛い手である。下手に指しては切らされる、と感じた。そして、ここで長考するのは凄い人だ、 という感触を改めて抱いた。
このあと少しして開戦したのだけれど、うまく反撃された後は全くいいところなく敗れた。 大平三段の第一声は「なぜ4五の位を取らなかったのですか」だった。先に述べた事情は特に言わなかった。 そしていくつか私の悪い手を指摘した。非常に的確で、参考になった。 感想戦終了後、私は駒を片付けずに退席してしまった。後で大平三段が黙々と駒を片付けていたのを 遠くで見て、申し訳ないと心の中で詫びた。
某月某日指した将棋の一局面である。先手がわたしである。後手には歩が5つある。 私にはない。
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ここで私は自爆してしまった。 ▲5四飛 △同歩 ▲4三角 △同金 ▲同銀成 △同玉 ▲4四金 △同飛 ▲同角 △同玉 以下ほどなく私は投了した。
感想戦で相手は「ここで▲3三銀成がいやでした。 △同銀は▲2六桂で飛車が死ぬので△同飛と取るつもりでしたが、▲同角成 △同銀 以降、 飛車を打たれるので自信がありませんでした。」なるほど。この手順で、すぐ飛車を打たずに、 一度▲5四飛 △同歩 の交換をして▲3一飛を打てばこれは詰めよであり、攻めが続いただろう。
某日某道場にて、将棋を二局指してきた。どちらも相矢倉の難しい戦いだったが、 どちらも勝って通算8連勝となり、 この道場の規定により晴れて二段を名乗ることができるようになった。 下は一局目の終盤戦である。先手が私である。 中盤やりそこないひどい目にあったが、後手の最終手△8八歩が甘かった。 なんとか勝つ手段が出てきそうに思えた。 (△8八歩の代わりに、たとえば△8六飛があったかもしれない)。 私の玉は「ゼ」の状態であり、仮に△8九歩成が回っても、相手の持ち駒に金がなくなり 飛車の横効きが通ったままの状態であれば安心である。そこで、反撃することにした。
▲1一銀が一手スキである。相手は驚いたようだった。そこで△1二玉と引いてがんばったが、 ▲1四香 △1三歩 ▲同香成 △同角 ▲3五桂 △2二金打 ▲同銀成 △同金 ▲1三飛成 △同金 ▲同香成 △同玉 ▲3一角 △2二香 ▲1四歩 以下、寄せ切ることができた。
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この何ヶ月か、飛車を振って勝ったことがない。一方、居飛車の将棋は好調である。 振飛車も好きなのだが、もう私は飛車を振って戦えるだけの力がない。
某日、某将棋道場で3局指した。すべて勝てたのは自分が強くなったからだろうか。 特に、2局めの矢倉戦は堪能した。危ないところもあったのだけれど、いろいろなところから 火の手が上がってあちこちで戦いが起こるというのは矢倉戦の楽しみだと思う。
今日は夏休み初日。御徒町将棋センターで4局指した。 最初は初段のガキ。後手のガキは升田式石田流で来た。私は駒組ですでに苦戦に陥った。 自陣にはスキが多い。飛車交換を強要された。苦戦を意識して自陣飛車を降ろしたが、敵はこの飛車をねらいに 1筋から攻めてきて、せっかくの自陣飛車が消されてしまった。こちらは9筋から攻めたが、敵玉のふところを 狭くしただけで大した戦果は挙げられなかった。仕方なく馬を作って長期戦に持ち込む覚悟をした。 しかし、敵の攻撃の緩和のため、せっかく作った馬も敵の生飛車と交換せざるを得なかった。 こちらは手持ちに飛車は2枚あるが、打ち込む場所がない。一方敵はうまく馬を2枚作り、しかもその2枚とも 私の玉を間接的に睨んでいる。私は敵陣にかかり駒を作ることができたものの、敵玉からの距離は遠い。 敵の攻撃はきつかったが、ぎりぎり反撃がうまくいき、なんとか勝てた。
少しだけ感想戦をしたあと、ガキに言った。「二手指し(一旦駒を動かしてからすぐに戻す所作)はいけない。 強くなれないからね。」勝てなくとも言えるセリフであったが、勝ったからこだわりなく言えたのだ。
これを含めて3勝1敗。3勝は居飛車、1敗は振飛車による。私は居飛車より振飛車が好きなのだが、 正確には居飛車対振飛車の戦いが好きだということである。相居飛車の戦い、たとえば矢倉とか空中戦は 苦手である。しかし、たまに指す矢倉や空中戦の勝率はいい。それに面白い(2000,8,8)。
きのうは久しぶりに将棋ML(メーリングリスト)の方々を顔を合わせた。私にとっては2年ぶりの オフラインミーティング(オフミ)である。 初顔合わせの M さんとお近づきになりたかったのが一番の目的で、あとはしこたま酒が飲めればいいと考えていた。
新年会は計6人。そのうち4人は昼から打っていたのだが、私は参加しなかった。残りの2人、S さんと 私は夕方からの参加だった。 さて、予定の時間と場所には誰もいなかったので多少迷った挙げ句、着いた会場には誰もいなかったので 不安だった。しかし十分足らずで残りの5人が来て安心した。
M さんを除けば前のオフミであったことがあるし、M さんも顔を(某将棋新聞で)見ていたり 現在他のMLでも活躍されているのを知っているので、 初めてゆえに感じる堅さはあまりなかった。
私の正面は、以前のオフミ合宿でコテンパに私をやっつけた S' さんだった。パチンコの話、コンピュータの話、 (たまたまこの6人はコンピュータやインターネット関連の仕事をしている)、そして将棋の話で盛り上がった。 そしておそるべきつまみと(日本)酒の消費量だった。この居酒屋のすべてのメニューを注文し尽くすのでは ないかと思った程だった。
そして最後に、お決まり(か)の連将棋となった。駒の蒐集家として有名な Y さんの持参になる一文字駒と 布盤だった。先手となった Y さん、S さん、S' さん、は Y さんお得意の初手5八飛から始まった。 先手の穴熊、後手(M さん、S''さんと私)の金無双(もどき)相振り飛車模様となった。 後手は序盤で望外の銀得となり、いろいろもつれたものの終盤は後手が優勢だった。 しかし、私の手の乱れが著しく終盤は大変になった。特に龍取りの角を5三龍と逃げた 手が悪く(9九龍なら次の6九飛が詰めろで勝勢)、先手の勝負手6五桂を喫した。ここで形勢が微妙になった。 そのあとは難しい戦いが続いたが、後手の寄せが速く、後手5六角で先手が投了した。
こう書いていて、ますます自分の将棋の弱さが露呈されてしまった。なさけない。
帰りは M さんと私とでお先に失礼するかっこうになった。 M さんの勤務先は有名なので、 社員の資質を聞いてみた。 有名な人は当然すごいが、有名でないがすごい人が多くいる、というのだ。伸びている会社は違うなあ(2000,1,16)。